F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

リスクマネジメントの基本(生活リスクマネジメント第7回)

リスクに自覚的であることが必要。特に自然災害は起こるものと考えるのがbetter。

 

奈良由美子。リスクマネジメントの基本。リスクを論じる観点。リスクの様相と認識。今日からリスクの対処。管理するリスクマネジメント。低減する手法。生活者が主体的に実施する。
リスクマネジメントとは何か。定義や考え方。リスクと悪影響を小さくするプロセスアセスメント。実践であり学問でもあるが、企業経営の実践で。ルーツは2つ。10年代の第一次世界大戦に破れドイツが悪性インフレに。経営破綻からの防衛戦略。世界大恐慌でのコストカットの。経営学という観点から見て企業のリスクマネジメントの重要性を。ファヨール。リスクの多い職場を安全に。その軽々を踏まえて理論を。16年に著書を。企業経営に6つの活動が。生産、販売、財務、会計、保全、管理。この内の保全。今の言葉で言うリスクマネジメント。先駆性が。保全的な活動。企業の資産と従業員を保護。リスクマネジメント学の誕生には経営体が生き残るための深刻な必要性が。日本での導入。56年にハーバード・ビジネス・レビュー誌の論文がきっかけになり60年代からアメリカでリスクマネジメントが。60年代から紹介。保健管理の延長が当初だったが今は経営学の一分野に。様々な領域でも。行政や学校やNPO。生活の基本単位となる主体でも。ファミリーリスクマネジメント。賢い生命保険の入り方と。研究が発展した現代では家庭の科学的マネジメントに。ファミリーリソースマネジメント。リスクの例として病気による出費など。経済的リスクへの対応。家庭財務管理の一環。悪影響の生活のリスクマネジメントが研究。生活リスクマネジメント。悪影響を小さくする。安全安心を確保してよりよい生活に。
そもそもリスクマネジメントはどのような発想から。根本の考え方。将来の不確実で大規模な損害発生の可能性を現在の小規模なコストにに置換。必要十分なコストを掛けて合理的に行う。将来の現在の。不確実で確実で。大規模な小規模な。損害発生の可能性とコスト。具現化して損害を。将来のこと。不確実なもの。現実になると深刻になるかも。今の内にコストに置き換える。火災。今自分の家で萌えている訳ではないが損害は分からないが全焼や死亡につながるかもしれない。火災保険に入り保険料というコストを払う。火の元確認をするという手間をかける。将来のコストを現在のコストに。実は置き換え行動を日常でしているはず。実践例の整理を。コストという用語。コストがかかる。タダでは出来ない。金銭的だけではなく時間や努力。他の人との調整。管理にかかるコスト。財務的非財務。火災の損害を小さくする。火災保険に。耐震性補強工事。非常持ち出し袋の点検。話し合う。連絡網を作る。地域の人と役割を決めておく。様々なコストを動員して。
実際にどのようにリスクマネジメントを行うか。その前に。リスクマネジメントとリスクコミュニケーションの連関。リスクコミュニケーションとはあるリスクについて関係者が存在や形態や受け入れ可能性などのついて相互関連的な。生活経営の内部と外部。家族と住民や地方自治体など。客観リスクと主観リスクの違い。物理的なリスクそれ自体は客観リスク。心理的なものは主観リスク。しばしばズレが生じる。客観リスクに対し主観リスクが小さい場合。地震や津波は来ないと。良くない状態。客観リスクに対し主観リスクが大きい。ある産地の農産物について悪影響があると思いこむ。産地を避けることで風評被害という社会的問題に。関与する人の間で多様な時。客観リスクの情報共有と主観リスクを小さく。共考が必要。具体的人間活動だが作用点で異なる。リスクマネジメントは客観リスクを小さく。リスクコミュニケーションはズレを低減させる管理過程。車の両輪のように連関しながらリスク管理に資する。
リスクマネジメントプロセス。具体的活動過程。リスクや悪影響を小さく。そのための具体的手続。生活経営だけではなく様々な主体で。リスクマネジメントプロセスを含めたISO30001。国際的に統一した。09年11月に発表。組織が置かれた状況を認識してリスクトリートメント、対応を決定して実施。それぞれでコミュニケーションと監視が。導入の際の規範として定着する可能性。段階。第1段階分析。評価。リスク処理手段の選択実行。再評価。リスクマネジメントのサイクルはPDCAサイクル計画実施点検改善。PDSサイクル。再評価。実施のしっぱなしではなく再評価。分析や処理手段が妥当だったか許容可能なまでに小さくなったか。再評価して次に繋げる継続的なサイクル。各段階の中身。第1段階リスクの分析。発見同定。もれなく洗い出し量的に質的に見積もる。量的に。望ましくない結果の酷さや頻度。分析を。質的に見積もる。どのような要因と経過で発生して何にどのような影響が及ぶか。分析に関する具体的作業。どの作業でも情報を集め処理する。リスクリスト。リスク査定シート。リスクマップ、リスクマトリクス。作成して情報を用いる。第2段階。リスクの評価。影響の大きさを考え相対的重要性を認識。優先順位をつける。生活者の資源やリソースは有限。全てに手厚い対処をするのは難しい。頻度も強度も小さいリスクは重要性が小さく。逆も。頻度は小さいが強度が大きいリスク。その逆も。どうするか?何方を優先して対処する?経営体や組織の特性により難しい。現場の視点。経営の主体。損害が大きいリスクを。現場では日常的な業務の妨げになるものを。企業経営者と同じ視点に家庭は立つ。不可逆性。家族が居なくなると取り返しがつかない。人生に一度きりでも甚大な影響があれば優先してコストをかけることに。第3段階。リスク処理をして小さく。手段を考案し検討する。手段を選択する。損害発生の前と後を何方を焦点に。事前的管理と事後的管理。事前的管理は損害が発生しないよう悪影響が小さくなるよう。事後的管理。怒った場合の第2の対策。リスクの回避。関わりを断つ。飛行機に乗らない。問題点。回避が実行不可能。外出先でのテロを恐れて外出を禁じるのは不可能。トレードオフが発生する。別のリスクを負担する。新幹線の利用は鉄道事故リスクに。便益を失う。快適性や病気が治ることなど。便益などを考える。抗生物質を飲まない。化膿を抑える便益を失う。自動車を持たないことで回避は出来るが得られる利便性や時間の節約という便益を放棄。リスクの防止敬遠分散。頻度を減少。火の元確認。分散。資産を預貯金だけではなく株式や土地でも。リスクの事後的管理。リスクを0にもできない。存在が具現化した場合。リスクの保有と移転。損害を負担。リスクの保有には2種類。消極的保有。無知から結果的に保有。積極的保有。確認してあえて保有。リスクの保有では準備を行い損害の具現化では。貯蓄。リスクの移転。損害の負担を他者と共有。外部の資源で。保険。
生活者がリスクマネジメントの留意点。生活価値と経営の目的。コスト概念を。主観リスクの限界を。ゼロリスクを求めない。リスクマネジメントのあり方は生活者によって違う。何をリスクとして何を便益として。生活価値が深く関わる。生活において大事なものを何にするか。何を阻害されたなら安全安心が大きく失われるか。リスクマネジメント全体に家族の生活価値が関わる。合理的にリスクを管理するか。生活経営の目的を認識して。第0段階として。生活のリスクマネジメントに限らずあらゆる経営体に。何が重要であるかが出発点。本来あるべきでないリスクを見失うことも。リスク悪影響を小さくすることで生活の継続性を保つ。不安などの低減も。最近ではリスクマネジメントにもっと積極的な意味を。価値創造型リスクマネジメント。組織防衛から一歩踏み込み適切な管理をしてプラス面を高めて。成否が発展に結びつく。悪い事への後ろ向きではなくより良さにコミットする。不安の低減は生活の充実に。家族ぐるみのリスクマネジメント。教育的機能を果たす。
リスクへの対処の側面でリスクマネジメントについて。リスクコミュニケーションについて基本を。

 

 

要求。#アラン定義集未定義語

毎年度の8月末に日本の行政機構の各府省は内閣人事局に機構・定員要求を提出する。要するに部署やポストを増やしたい希望を出す(以前は総務省の行政管理局が差配していたが内閣人事局に権限が移った)。勿論その前の内閣総理大臣の大きな方針(令和3年度では7月7日に発出した)を受けてのことである。勝手に各府省が出している訳ではない。それから公務員の定員は極力増やさないようにしている(令和4年度では7221人増員する一方で業務改革などで6820人減らす)。例えば令和4年度には警察庁にサイバー局が新設されたり、外務省に2025年度万博の政府代表のポストが新設されたりする。日本の行政機構では概算要求はよく取り上げられるが、カネだけが問題になるのではないことは銘記されるべきだろう。

来年以降の成人式についての自治体の対応。

昨日は先に書いたが成人の日であった。今回迄は20歳になった人間に向けた(或いはそのうちに20歳になる)ものであった。ところが今年の4月1日から、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられることが既に決まっている(恐らくは撤回されないだろう)。それで来年からは成人式(或いはそれに類するもの)をどうするかは自治体にとり問題になる。成人年齢が引き下げられるので18歳を対象にする?しかし仮に成人の日に挙行するとなると、共通テストの直前になるので受験する新成人は大変である。それに来年に限っては20歳と19歳と18歳で成人になる人間が居るので自治体も大変である。或る自治体は日程を変えて祝うことを既に決定している(振袖の調達にも係るので)。また或るTV局が。大阪市と神戸市と京都市に聞くと、共に20歳で祝う予定であるそうだ。仮に新成人にもうじきなる方は、予め自治体に確認しておくと良いかもしれない(ただまだ決定してない所も多いかも)。まあ成人式(或いはそれに類するもの)というのも、無視する人間は一定数は居るだろうけど。私の浪人時代に二浪の人間は共通一次直前に成人式を迎えることになったのだけど、一様に無視したとのことである。まあ私も二浪したら同じ対応をしただろう。

アンドラゴジー(成人の発達と学習第7回)

あくまで理念型として2つの概念があると捉えておけばよいのかもしれない。

 

岩崎久美子。堀薫夫。アンドラゴジー。成人の学習を援助する技術と科学。成人に対する教授法。成人学習の考え方や教授法の基本を。教育老年学。成人教育の理論的研究や学習の場での実践での研究。アメリカの成人教育の古典を翻訳して紹介。アンドラゴジー。著作の多くは堀氏による翻訳が。
アンドラゴジーとは成人学習の教授法を指す。あまり聴いたことがない?アンドラゴジーの内容はこれから話すが。マルカムロールズが子供の教授法、ペダゴジーと対になる概念。ロールズのアンドラゴジーに焦点。アンドラゴジーのルーツはヨーロッパ。実際に成人学習で広く用いられたのはアメリカのマルカムロールズだが。アンドラゴジーという言葉はドイツの19世紀に大人の教育を説明する際に。ペダゴジーに加えて。アンドラゴジーを知ったのは60年代。おそらく成人学習の理論を体系化しようとして適切な統合的概念と。アメリカのアンドラゴジーは幅広く。アメリカでのアンドラゴジー論。アメリカの成人学習のリンデマン。「成人学習の意味」。成人の教育の特徴。アメリカで体系的に。成人生活は質的に異なる。生活の意味の探求。教育は生活である。成人教育は非職業適性格を。成人教育の重要な資源は学習者の経験に基づく。リンデマンを真の師と。アメリカで最初に概念を用いたのはリンデマンだが。その遺産を発掘したのがロールズ。元々はデューイの考えに基づく。相違点もあるが。ヨーロッパでの教育に影響を受けたのがリンデマン。成人に対するリベラルな教養主義的な教育。非職業的性格。労働と教養をつなげる教育。ロールズは職業教育や訓練の場において。現場主義や実用主義。アイデアをマニュアル化して手続論として展開。マニュアル的な面もある。非常勤指導者として雇用のためのプログラムの編成の仕事を。実践的な成人の生活に役立つ。研究者の関心は経歴に関わる。大学の学部入学から職場教育に触れる機会が。心理学の勉強をしていてフロムの自発性の問題を。アメリカの成人心理学を。人生後半の発達やエイジングの問題。繋ぐ理論はなにか、たどり着いたのがアンドラゴジー。アメリカから取り寄せて。修士論文から晩年に至るまで。84歳で亡くなるまで精力的に。ロールズ自身が成人学習のモデルに。初期の仕事として50代の70年に「アンドラゴジー対ペダゴジー」。ロールズの主著。改定された後を訳す。子どもの教育と対比的に捉えるのではなく相互に有効な場合がある。初心者向けのコンピュータ教育ではペダゴジーが有効。連続的。
アンドラゴジー。理論というより成人の学習者による6つの仮説の束。成人教育者として実践に関わり考えが深まる。成人学習者の自己概念は依存的なものから自己決定的に。子どもは成長の過程を経る。義務教育段階で一律に教育を。おとなになると自分の生活に責任を。自己決定的自律的に。自分の学習の管理を望む。自己決定的学習。成人学習者にはそれぞれのニーズと目的を。自己決定的に支援。成人学習の経験が学習の豊かな資源になる。学習に影響する。大人の学習に個人差が。学習スタイルなど多様。成人学習の場面では個人の背景に着目する。学習者自身が資源を有する。内省や推理力。既有知識や応用への支援が。知識の一方的伝達ではなく問題解決的な。相互支援も有効。経験の豊かさは場合によりマイナスに。先入観。新しいアイデアに気づかない。バイアスに気づかせ新しいものも。アイデンティティを形作る。無視されると経験だけではなく自分の人格が否定されると感じる。経験に配慮と尊敬が求められる。学習へのレディネスは発達課題の遂行に。準備状態。課題に対応するために必要なことを学ぶ。自覚して経験している場合。実際に効果があるように。職業人や親など多様な社会的役割を。学習ニーズをもたらす。発達段階の意識。学習目標を特定し適切な時期に学習し明確な計画が必要。学習への応用づけ。子どもは強化中心的。大人は生活中心や課題中心。有益である学習を重視。課題や問題に。動機づけを。現在の生活の課題や問題を解決。即座に適用できる実践的な。実践的な学び、制度的なもの以上にインフォーマルな。成人は外発的よりも内発的に動機づけられる。学びたいことだけを学ぶ。外発的な要因より生活の質が上がるなど内発的要因に。成人は学ぶ理由を知っておく必要が。適切に自分の目的に役立つものを。何故学ぶのか知る必要がある。考えていれば学習への動機はより強くなる。重要性を理解する援助を。6つの仮説は当てはまっている?これらの仮説では時間的見通しが応用の即時性が大事。学習への方向づけは課題達成中心的に。仮説に立脚してアンドラゴジーの違い。小学校の授業風景。社会の構成員として自立した社会人になるために標準化されたカリキュラムで教科の指導が。将来への投資。現実政策の課題の解決のために自分の意志で。討論、事例学習、シミュレーション、ワークショップなど。教授法も子供向けと違ってくる。子供と大人の学習は異なる。
成人教育学をアメリカで広めたロールズのエピソード。84年12月に東大教育学部に招聘。その場でロールズに質問。成人というが高齢者と分けて考えた方が良い?高齢者教育学があるべきでは?高齢者も包み込んだアンドラゴジー。高齢者には学習性が異なるのでは?内実は明確化されていないが。ハヴィガーストに会うことがあった。当時は研究者を日本に招聘し講演会をすることがよくあった。ハヴィガーストは良い考えと。発達段階や発達課題を提唱。高齢期を明確に区分しているから自然な考え。教育学の過度の細分化を警戒した?その後、高齢者教育学という考え方が。アンドラゴジーの疑問から。20代の青年と70代を同じ原理で説明してよいか。特性が異なるのではないか。勤労者と定年退職した人とは。生物学的違いを考慮する必要が。学習者の自己概念。高齢期になると依存的に。経験の量はあるが活用する点で困難が出てくる。高齢になると社会的役割が減少する。死への教育。古典や芸術を学びたい高齢者が増える。教科学習に近くなる。人生の統合。哲学的な学習が適する?高齢者教育学というのははやりではない。徐々に変化して学習を捉えるのが。教育老年学として変化を。高齢者は60代?アンドラゴジーの原理が適用される?アンドラゴジーは成人学習の一側面を捉える。講座を実施する際に指針として広く用いられる。教授技法に過ぎないのでは?方略なのか理論なのか。成人学習のあらゆる現場へのアピール力はあるが研究者は批判的に。実証的理論ではない。束があり立場により異なる分類が。アンドラゴジーが実証的理論ではないという批判。良い実践の事例を記述しているに過ぎない。大人のすべてが自己決定的ではない。自己決定的は事実か当為か。仲間による学習。学習理論か教育理論か。成人教育学の研究者は蓄積を活用できないという問題。対立的に論じているが、子どもにも成人にも当てはまる面が。経験は子どもにも貴重。相対する概念ではないのでは。子どもの教育の現場でも尊重信頼される雰囲気でアンドラゴジーを。大人でも未経験ならペダゴジーが。カリキュラム改革。生徒の関心事から出発。包括的考え方と新しい技術。継続的な自己開発のプロセスに関わる。子どもや成人は連続しており二分化出来ない。しかし体系的にモデルを提示したことは間違いない。アンドラゴジーの前提には成長欲求を。自発的な学習を。基本的に学習による人間の成長可能性に。人それぞれは人間中心の心理学が前提に。学習志向を持つ人。到達目標とするカウンセリング理論。ロジャーズなどの人間性心理学が前提。マズローでありロジャーズであり、彼らの考えが土台にある。自己実現という言葉はマズローが。自己実現という考え方はユングも。違いはユングはこころの痛みや葛藤を前提。マズローは高次に上がっていくことを。心の全体性を考えていたが具体的に自己決定学習の土台はマズロー。学習観においてはロジャーズを。アンドラゴジーを考えると高次の欲求を皆が持つとは限らない。主に白人男性学歴があり中流階級を前提にしている?大人の学習に光を当てたのは事実。持たざる人に学習機会を。格差是正のための教育に目を向ける。見過ごされた大人に学習機会を。大きく教育学の前進に貢献。社会的意義は大きい。成人教育学への貢献で。

 

成人の発達と学習 (放送大学大学院教材)

成人の発達と学習 (放送大学大学院教材)

 

 

 

生涯発達と生涯学習[第2版]

生涯発達と生涯学習[第2版]

  • 作者:堀 薫夫
  • 発売日: 2018/10/30
  • メディア: 単行本
 
教育老年学と高齢者学習

教育老年学と高齢者学習

  • 作者:堀 薫夫
  • 発売日: 2012/04/01
  • メディア: 単行本
 
生涯学習と自己実現 (放送大学教材)

生涯学習と自己実現 (放送大学教材)

  • 発売日: 2006/03/01
  • メディア: 単行本
 
教育老年学の展開

教育老年学の展開

  • 作者:堀 薫夫
  • 発売日: 2006/09/01
  • メディア: 単行本
 
生涯発達と生涯学習

生涯発達と生涯学習

  • 作者:堀 薫夫
  • 発売日: 2010/02/01
  • メディア: 単行本
 
成人教育の意味

成人教育の意味

 

 

推測。#アラン定義集未定義語

20年前くらいのことだけど、ようやく施設警備の50人ほどの事業所にTOPが使用するデスクトップパソコンが来た。ただWindowsのCD-ROMやらは付属してついてきたが説明らしきものは見受けられない。どうもこちらでセッティングはしないといけないと推測する。幸いパソコンオタクが居たので、彼と一緒にイチからWindowsのインストールなどをする。2時間かけてようやく終わらせる。ところが数日後に説明書が来て、どうも電源を入れればソフトウェアが起動するようにしていたという。要するに総務の怠慢である。まあ後から当該ソフトウェアを入れたので大過は無かったけど。ここで言いたいのは、20年前のWindowsパソコンの初期設定は特殊技能であったということである。まあ今もその要素はあるのかもしれないけど。

今年の成人の日と33年前の成人の日。

今日は日本で言う成人の日である。朝に阪急高槻市駅の周辺を歩いていたら、振袖姿の新成人を幾人も見かけた。今年の高槻市の成人式は二手に分かれて挙行されたようで、式自体も簡略化されている。

f:id:F-name:20220110143718j:image

よく見てみたら先着順各730人とか書かれている。恐らくは感染対策で、溢れても別の会場で中継で見ることは出来るようである。また無事に挙行されたようで何よりのことである。

私が成人式に出席したのは平成の最初の年の1月15日である。当時の成人の日は1月15日に固定されていた。ただ当時の時勢としては、8日前に昭和天皇が逝去されており、考えてみればよく祝ってもらえたものだなあと思う。まあ去年も今年もコロナ禍なので、新成人になるのも大変ではある。

総合失調症と家族支援の展開(家族問題と家族支援第7回)

未だに精神障害者について偏見があるのが実情。その中で家族への支援が必要になってくるのだろう。

 

南山浩二。統合失調症と家族支援の展開。統合失調症の人の家族支援。歴史的変遷。コミュニティケア。リカバリー志向の家族支援が。ゲストも。
専門家が支援介入。解決すべき問題。生活課題などの認定が介入の前提。妥当性の担保。焦点は当事者に。家族支援という眼差しは華族も。第一義的な支援と関連して必要性が。今日支援のあり方は変化が。地域のケアシステム。脱施設化。リカバリー志向へと。病気が治癒した領域であってもそうでなくても意味のある役割を果たすことを目指す。精神障害者の家族への支援。家族のケア能力へと大きく変化。専門家が家族をどのように捉えてその変化。眼差しの変遷。精神障害者とどのように関連付けられるか。
かつて統合失調症発症の原因が家族に。家族病院論。医療以外の諸現象が医療実践の対象に。医療化。家族病院論の登場は家族が治療の対象に。複数の議論が。病理に晒されることで自我形成がそがいされる。その前の精神医学は個人的な要因からだったが。家族病院論の家族の医療化。問題の所在を家族に。異常な環境に置かれた正常な反応と。スティグマを開放して家族に課する。社会的性格を持った問題を家族に封鎖。家族主義イデオロギー。正常な状態を前提。あるべき家族像が創設。性別役割分業を基盤としてパーソナリティの安定化や子どもの社会化。近代家族。隔離収容施設である精神科病院を批判し脱施設化運動。向精神薬の登場。不祥事の告発。精神科のケアに変化が。回転ドア現象が指摘。患者が入退院を繰り返す。地域ケアの強化が課題に。家族病院論は70年代以降支持を失う。相互作用が原因か結果か分からない。多くの研究で対照群との比較をしていない。特有の問題と断定できない。やんでいる家族システムを再構造化する臨床実践が効果がなかった。統合失調症の生物学的研究。異議申し立て。病院から地域社会への進展。発病した患者の退院後の経過、再発防止へと。地域生活を支える資源が必要。家族は地域経済を支える重要性。家族状況が。感情表出研究。魁はイギリス。敵意などの感情表出が。家族を対象とした心理教育プログラム。病院論的な眼差しからの家族の解放を。ラベリングの否定。一方で統合失調症を巡るスティグマの許容を。依然として相互作用に焦点を。理想とすべき家族像があると。近代家族の一定の機能を有するのを前提にしていないが、再び専門的支援の対象に。感情表出研究。あくまでも再発予防として。家族に責任を問う可能性が。環境が伴わない場合は同じ轍を踏む。日本でも統合失調症当事者にとり家族は身近だが、生活者としての家族としての支援を。家族が置かれた困難な状況に対する支援を。病院としての家族から生活者としての家族へと変遷。
更にリカバリー志向の実践が。日本でも実践が行われ始めている。リカバリー。家族支援においても。リカバリー概念。家族支援でのリカバリー。アメリカでは州立の精神病院を中心に生活環境が地域社会へと移行。ケアマネジメントが供給。新たな思想と実践。自己決定。パターナリズム。専門家の指示決定に従うべきと。専門家や当事者。パートナーシップ。地域社会で一定の社会的役割を果たし包括される。メンタルヘルス領域のパラダイムシフト。リカバリーは当事者の。80年代始めから。プロセスを。症状や障害ではなく人生の新しい意味と目的の創造。実践例。先駆的な諸実践。ビレッジISA。精神障害者を対象とした、生活支援等多面的な支援を統合的に提供。リカバリーは尊厳希望人生生活を回復。地域生活を具体化。焦点は人生や生活に。リカバリーには希望エンパワーメントの4つの段階が。従来の医学モデルのサービス。病状コントロールが。薬物の投与は最小限に。メンバーとスタッフの関係は成人間。本人に価値や自己決定。リカバリーの実践。対比。パラダイムシフトとも呼べる。コミュニティケアの時代。一員として包摂。必然的に当事者の人生に。従来の伝統的医学モデルを逆転。服薬すること自体は否定されないが、目標に障壁になるなら。当事者の自己決定や価値。仲間、ぴあである障害者のセルフヘルプ。概念の共有や資源の継続的供給。州政府の予算配分や献金など資金の裏付け。
リカバリー志向の家族支援。家族支援の照準は家族自身の人生の回復。第一義的なゴールの達成。家族の役割を低減する。固有のニーズと自己決定が尊重され家族は能動的。成人間の関係が。サービス供給。地域社会での供給。不安の増幅があればサービスの増強が。医療など包括的支援が。リカバリー志向の家族支援。固有な人生の存在。生活上の困難不安を解消。リカバリーを支援。とかく援助者としての家族が強調されがちだが、生活者としての。
家族支援の現在。アウトリーチサービス。端的に言って訪問。専門家が直接出向きサービスを。精神保健システムを地域ケアに転換しようとしていて訪問型に。アウトリーチの対象は当事者。しかしアウトリーチの支援メニューの家族支援。疑問の解消や直接的支援でケアの負担の低減など。家族支援の要素を。当事者の訪問サービス。アクトとアクト以外。ACT。精神保健福祉の領域。重度の精神障害が対象だがそれに限らない。重篤な精神障害者が支援を提供。マジソン市で始まる。効果が認められる。サービス提供の場は住居や地域社会。直接訪問して。24時間対応で柔軟なサービス対応を。スタッフ1人の担当も数を制限。主な前提。入院は急性期治療に限定。あくまでも生活の場は地域社会。アクトもリカバリー志向の援助。支援には自己決定が尊重。いわゆるストレングス視線。強み。能力や可能性。関心や希望が。それらを基調にして。
セルフヘルプグループ。同じ問題を抱える相互支援。限界を乗り越える。専門家も家族にとり重要な資源。参加者の自尊心や生活の回復を。存在意義が増す。一定の問題を共通項とする自主的参加。ピア同士が。アディクションなどの当事者家族の会。精神障害者家族にとっての意義。他者の存在。社会化される。我々としての。スティグマ。精神病イメージ。社会から孤立しがち。自身を肯定的に。それぞれの経験や問題を語り捉え直す。解決の営みを。経験知。ヘルパー原則。援助する人が援助される。専門家に支援を必要とするが経験知に基づき支援をなしうる。問題経験についての経験を深めエンパワーメントをもたらす。家族も援助者となりうる。従来の専門家の視点を変更。政策に関わったり審議決定に影響を。個々のセルフヘルプグループが広域的に結びつき改善要求など社会運動を。
京都ノートルダム女子大学の佐藤あつし先生。家族支援とは?精神疾患を発病されるとそばにいる家族もそれ以上に振り回され混乱する。家族も辛さが重なる。家族の人生も同様に大事。生き生きと生きる権利は本人や家族にも。両親兄弟姉妹配偶者子どもも大事にされる。何故家族支援が必要か。精神障害者へのケアはまだまだ不充分で家族に頼る。専門家では無いから知識がない。他人にそうだんするのも出来ずに孤立の中で。本人が治療に繋がったりしないし援助もはねつける。本人と家族一人ひとりをまるごとファミリー支援を。英国メイデン版。訪問家族支援。バーミンガムのメリデンファミリープログラムの研修グループ。訪問による。日本と違い支援が訪問中心に。多職種のチームが訪問して医療と支援の提供を。メリデン版の能力。世界で5000人以上が。ジャパンファミリープロジェクトでも。19年8月で55人の支援者が。訪問看護や相談支援。行政での支援を。特徴や効果。支援を受けた本人や家族から話を。重層的に。家族一人ひとりのアセスメント。病状を理解する。困ったことがあっても自分たちで解決していけるように。話し合いは無理?コミュニケーショントレーニングを。家族に応じて柔軟に提供。話し合いができるようになる。本人からは困っていることを助けてくれるようになったと、家族関係が良好に。自分の小さな夢や希望が叶っていく。自分らしく生き生きと生きることが出来る。精神疾患の再発率も低下。情報について。ジャパンファミリーワークプロジェクト。
家族への専門家の眼差しの変遷。コミュニティケアシステムの一員に。リカバリー志向に。家族が身近な支え手であるとすればある程度前提になるが、家族の死去は避けることが出来ない。

 

家族問題と家族支援 (放送大学教材)

家族問題と家族支援 (放送大学教材)

  • 作者:下夷 美幸
  • 発売日: 2020/02/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)