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飲酒問題の裾野拡大(精神疾患とその治療第10回)#放送大学講義録

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以上はピラミッドの頂点(アルコール依存症など)の話でしたが、底辺に位置する層についても補足します。

1. 若年者・女性・高齢者への広がり

かつてアルコール関連問題は壮年男性に特有と考えられてきましたが、近年は若年者や女性、高齢者へと裾野が広がっています。
特に飲酒の低年齢化が進んでおり、発達過程にある若年者の身体的・精神的健康への悪影響が懸念されます。また、若年の飲酒開始は非行や他の薬物乱用とも関連すると指摘されています。さらに、飲酒開始年齢が低いほど、アルコール依存症への移行が早まることも知られており、依存症予防の観点から大きな問題です。

2. 未成年飲酒と家庭の影響

未成年の最初の飲酒は、家庭内で親から勧められるケースが最も多いという調査結果があります。この事実は意外に思われるかもしれませんが、家庭での飲酒観が子どもの行動に与える影響は極めて大きいため、親世代の理解と適切な飲酒教育が不可欠です。

3. 女性の依存症リスク

アルコール関連の精神疾患患者数は依然として男性が多いものの、女性患者は年々増加傾向にあります。加えて、女性は男性より短期間でアルコール依存症を形成しやすいことが複数の研究で示されています。また、妊娠中の飲酒は胎児に深刻な影響を及ぼし、胎児性アルコール症候群(Fetal Alcohol Spectrum Disorders: FASD)として世界的に問題視されています。妊娠中の女性への配慮──飲酒を進めない、環境を整える──が重要です。

4. 高齢者と災害被災者のリスク

一人暮らしの高齢者が孤独感を紛らわすために飲酒量を増やすケースは少なくありません。超高齢社会の日本では、高齢者の多量飲酒が健康・社会問題として顕在化しています。また、東日本大震災など被災地では、生活基盤を失った人々が絶望感からアルコールに頼る例も報告されており、災害後ケアの一環として精神保健支援が求められます。

5. 社会的視点での取り組みの必要性

アルコール問題は個人の意志だけでは防ぎきれず、貧困や孤立、希望の喪失と深く結びついています。したがって、医療機関による早期介入や学校・職場・地域での予防教育、税制・価格政策といった公衆衛生的施策を含む社会全体での取り組みが不可欠です。

 

 

 

多量飲酒と依存症リスク(精神疾患とその治療第10回)#放送大学講義録

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健康問題に引きつけて考えると、お酒の実態はエチルアルコール(エタノール)という物質です。本稿では便宜上「アルコール」と呼びます。
純アルコール量換算で、1日あたり60グラム以上の酒類を毎日摂取する人を「多量飲酒者」と定義します。具体的には、生ビール500ml缶を3本飲む量にほぼ相当します。

この60グラムという基準を超えて摂取を続けると、体内でアルコールに対する耐性が増強し、いわゆる「酒が強くなる」状態になります。しかしこれは決して良いことではなく、耐性の増強はアルコール依存症への準備段階と考えられています。

かつて「酒に強いほど大人らしい」「男なら酒ぐらい飲めなければ」という価値観がありましたが、医学的にはアルコール耐性の増強は依存症リスクの上昇を意味し、まったく肯定されるものではありません。まずはこの点を正しく理解することが出発点です。

2013年の厚生労働省調査では、純アルコール換算で毎日60グラム以上を摂取する多量飲酒者は約980万人と推定され(男性785万人、女性195万人)、男女比はおよそ4対1でした。一方、同時期に医療機関でアルコール依存症と正式に診断された人数は約4万人に過ぎません。

実際には、アルコール依存症者は100万人前後存在すると推測されており、多くの依存症患者が治療の機会を得られずに放置されています。依存症は病識(自分が病気であるという認識)が乏しく、本人が治療を受けようとしないことが大きな障壁です。しかし、放置せず適切な介入を行うことが極めて重要です。

 

 

 

アルコール・薬物依存の社会コスト(精神疾患とその治療第10回)#放送大学講義録

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アルコールや薬物に関連する精神障害は、いまや大きな社会問題となっています。
アルコール依存症は古くから知られる課題ですが、覚せい剤やマリファナ、抗精神病薬など各種薬物依存は、ここ数十年で裾野を広げています。さらに近年では、ゲームやインターネットへの依存も急速に拡大し、“依存”は精神医学の極めて重要なテーマとなっています。

今回はまず、アルコールと薬物依存の基礎を学びましょう。


1. 日本における飲酒文化とその影響

日本では、酒が日常生活や人間関係の潤滑油として受け入れられ、飲酒に寛容な文化が形成されてきました。そのため、飲酒の害に対する認識が甘くなりがちです。

世界を見渡すと、たとえばイスラム教徒(2010年推計で約16億人)は宗教的理由から飲酒をほとんど行いません。イスラム社会にも問題はありますが、少なくともアルコール依存関連の問題はほぼ存在しない点が対照的です。

これに対し、日本や中国、韓国など東アジア諸国では、祝いの席で鏡開きを行うなど、積極的に酒を生活習慣に取り入れています。古くから「酒は百薬の長」と言われ、健康効果を期待する向きすらあります。


2. アルコール関連問題の全体像

アルコール関連問題は、軽度の「有害飲酒」から重度の「依存症」までスペクトラムを成しています。以下のようなピラミッド構造でイメージするとわかりやすいでしょう。

 
      ┌─────────────┐
      │ アルコール依存症 │ ← 最も深刻
      └─────────────┘
            ▲
      ┌─────────────┐
      │ 有害飲酒・健康障害 │ ← 肝障害、栄養失調など
      └─────────────┘
            ▲
      ┌─────────────┐
      │ 危険な飲酒行動   │ ← 飲酒運転、暴力行為など
      └─────────────┘
            ▲
      ┌─────────────┐
      │ 一般飲酒       │ ← 社会的リスクは小さい
      └─────────────┘
 
  • 一般飲酒:頻度・量ともに問題視されないレベル

  • 危険な飲酒行動:飲酒運転や暴力行為など、社会的リスクを伴う飲酒

  • 有害飲酒・健康障害:肝機能障害や高血圧、栄養失調など、身体的・精神的ダメージが生じるレベル

  • アルコール依存症:コントロール不能な飲酒欲求と離脱症状を伴う病的状態


3. 日本における社会経済的影響

厚生労働省の研究班報告(2008年データに基づく推計)によれば、アルコールの過剰摂取がもたらす社会的損失は年間約4兆円に上ります。その内訳の約7割は以下によるものです。

  1. 欠勤・生産性低下

  2. 飲酒運転を含む交通事故

  3. 暴力事件や軽犯罪などの社会的コスト

このほか、健康保険給付や医療費の増大、家族関係の摩擦といった問題も顕在化しています。

 

 

 

メタボ講義まとめ(健康長寿のためのスポートロジー第5回)#放送大学講義録

ーーーー講義録始めーーーー

 

それでは、本日の講義をまとめます。

  1. メタボリックシンドロームと糖尿病の増加
    世界的に肥満人口の増加に伴い、メタボリックシンドロームや糖尿病患者が急増しています。

  2. インスリン抵抗性の核心的役割
    これらの代謝異常の根底には、インスリン抵抗性が存在します。

  3. 異所性脂肪の重要性
    インスリン抵抗性の原因としては、内臓脂肪の蓄積に加え、筋間脂肪・筋内脂肪といった異所性脂肪の蓄積が大きく寄与します。

  4. 減量による代謝改善
    介入研究では、体重の約5%減量でインスリン抵抗性が改善し、特に肝脂肪や異所性脂肪(脂肪肝・筋内脂肪)が大幅に減少することが示されました。

  5. 健康成人にも起こるリピッドスピルオーバー
    非肥満者でも皮下脂肪組織から遊離脂肪酸が遊出する「リピッドスピルオーバー」が起こり、軽度のインスリン抵抗性や代謝異常を引き起こすことが明らかになってきました。

 

 

 

リピッドスピルオーバーと代謝改善(健康長寿のためのスポートロジー第5回)#放送大学講義録

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このように、健康診断で異常がない「健康成人」においても、わずかなリピッドスピルオーバー(脂肪組織からのFFA漏出)が認められると、次のような変化が生じることが分かりました。

  1. 肝脂肪の蓄積と筋肉のインスリン感受性低下

    • リピッドスピルオーバー陽性群では、肝臓に軽度の脂肪(Hepatic Fat Fraction ≈ 5–10%)が蓄積し、骨格筋におけるインスリン感受性も有意に低下していました。

  2. 血中脂質プロファイルの悪化

    指標 スピルオーバー陰性群 スピルオーバー陽性群
    中性脂肪(Trg) 約 90 mg/dL 約 120 mg/dL
    HDL-コレステロール(善玉) 約 63 mg/dL 約 55 mg/dL
    • スピルオーバー陽性群は、基準値(Trg < 150 mg/dL)に近づきやすく、HDL-Cも低下傾向にありました。

  3. 体脂肪率と体力の影響

    • 体脂肪率が約20%を超えるとスピルオーバーが起こりやすく、

    • VO₂max(最大酸素摂取量)が低い群でも同様にリピッドスピルオーバーが亢進しました。

  4. 有酸素運動による改善

    • 別の研究では、健康成人が3か月間の有酸素運動プログラム(週4 回、各45 分)を行うと、FFA漏出が有意に減少し、脂質代謝・インスリン感受性が改善したことが報告されています。


まとめ

  • わずかな体脂肪増加でも、東アジア人は皮下脂肪容量の限界を超えやすく、少量のFFA漏出(リピッドスピルオーバー)を生じる。

  • それに伴い、肝脂肪蓄積筋肉のインスリン感受性低下中性脂肪増加/HDL低下が起こる。

  • 体脂肪率20%未満の維持有酸素運動による脂質代謝改善が、リピッドスピルオーバー抑制とメタボ予防に有効と考えられます。

 

 

 

皮下脂肪過剰とリピッドスピルオーバー(健康長寿のためのスポートロジー第5回)#放送大学講義録

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東アジア人は、比較的軽度の体重増加でもリピッドスピルオーバー(脂肪組織から遊離脂肪酸が漏れ出る現象)を起こしやすく、メタボリックシンドロームを発症しやすいと考えられています。そこで、健康な成人において、どの程度リピッドスピルオーバーが起きるか調査した研究をご紹介します。


対象と方法

  • 対象:健康診断で異常が一切認められなかった成人50名

  • 評価項目

    • 脂肪組織インスリン感受性(Adipose Tissue Insulin Sensitivity, ATIS)を指標に、リピッドスピルオーバーの程度を判定

    • 体組成(皮下脂肪量、内臓脂肪面積)

    • 最大酸素摂取量(VO₂max)など体力測定

被験者をATISの高い群(スピルオーバー起こりにくい群)と低い群(起こりやすい群)に分け、比較を行いました。


主な結果

指標 スピルオーバー起こりにくい群 スピルオーバー起こりやすい群
皮下脂肪量 低め 高め
内臓脂肪面積 両群で大きな差なし 両群で大きな差なし
VO₂max(体力指標) 高め 低め
  • 内臓脂肪には両群で有意差は認められず、皮下脂肪が多いほどリピッドスピルオーバーが起きやすいことが分かりました。

  • **体力(VO₂max)**が低い群でもスピルオーバーが起きやすく、生活習慣の重要性を示唆します。


考察

  1. 皮下脂肪の蓄積限界
    皮下脂肪組織の容量には個人差があり、限界を超えると遊離脂肪酸が血流中に漏出しやすくなる。

  2. 体力の影響
    有酸素能力の低下は脂質代謝やインスリン感受性にも影響を与え、リピッドスピルオーバーを促進する可能性がある。

  3. 東アジア人の特徴
    皮下脂肪組織の拡張能が欧米人より低いため、より少ない体重増加でスピルオーバーが生じやすいと考えられる。


この研究は、メタボリックシンドローム予防のためには「体重管理」に加え、「皮下脂肪の過剰蓄積を防ぐこと」「体力向上による脂質代謝改善」が重要であることを示しています。

減量による肝脂肪改善と運動併用(健康長寿のためのスポートロジー第5回)#放送大学講義録

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それでは、筋肉と肝臓が減量によってどのように改善するか、研究結果をもとに見ていきましょう。


筋肉における変化

  • 被験者:体重約100→94 kg(−6 kg)の減量

  • 介入内容:主に食事療法のみで運動量はあまり変わらず

  • 筋内脂肪(Intramyocellular Lipid):¹H-MRSで測定したところ、痩せたにもかかわらずほとんど変化せず

  • 筋肉のインスリン感受性:グルコースクランプ法で評価したところ、減量前後で大きな改善は認められませんでした

※食事のみの減量では筋肉への脂肪沈着やインスリンシグナルの回復は限定的であり、筋トレなどの運動介入が併用されないと筋肉側の改善は難しいことが示唆されます。


肝臓における変化

  • 肝脂肪率(Hepatic Fat Fraction):減量前後で約40→24%へ、30~40%の大幅減少

  • 肝臓のインスリン感受性:グルコースクランプ法で評価したM値が、減量後に約2.4倍に向上

肝臓は内臓脂肪よりも先に脂肪が減少しやすく、わずか 6 kg の減量で肝脂肪が劇的に減少し、肝臓のインスリン抵抗性が大きく改善することがわかりました。


各脂肪部位の減少率比較

以下のグラフは、3か月間での脂肪量変化を部位別に示したイメージ図です。

 

全身脂肪量      :約12%減少  
皮下脂肪量      :約10%減少  
内臓脂肪量      :約20%減少  
肝脂肪率        :約35%減少  
筋内脂肪量      :変化ほぼなし  

 

  • 内臓脂肪は皮下脂肪よりも減りやすく、約20%の減少。

  • 肝脂肪はもっとも減少が大きく、約30~40%の減少を示しました。

  • 筋内脂肪は運動介入なしではほぼ維持されます。


結論

  • 肝臓:減量6 kg で肝脂肪が著減し、肝インスリン感受性が大幅に改善

  • 内臓脂肪:皮下脂肪に比べて減少しやすい

  • 筋肉:運動を伴わない減量では脂肪蓄積やインスリン抵抗性の改善は限定的

これらの結果から、メタボリックシンドローム改善には「適切な食事制限+運動(特に筋トレ)」の併用が重要であることが示されました。