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明治日本における西欧法の継受(法学入門第6回)

日本法の形成は突っ込んで勉強したいなと思う。

 

法や権利。無条件に西洋化した訳ではない。伝統的な社会通念を残している部分も。新しいものと古いもの。法の継受。ある共同体や国家が取り入れること。どのような法をどのような方法で、どこまで取り入れたか。
近代以前の法の継受。唐などの律令制を参考に。大宝律令。養老律令。律、刑事法。令、組織法。中央集権的な体制を作るため。治安の維持の為。官僚組織。67年の王政復古の大号令。新たな統治体制。モデルは太政官制。律令。可能にしたのは学問体系の存在。刑事法分野。明朝や清朝の律。吉宗のもとで中国法の研究。熊本藩による文書。仮刑律。熊本藩のものを踏襲。中国法が大きな役割。
中国との関わり、流通についても。西洋法の継受の経路。中国経由。漢語に翻訳されたもの。西洋諸国の政治や法体系。漢語で。林則徐。幕末期には更に。国際法。万国公法。留学生の派遣。幕府も倒幕勢力も西洋の知識の獲得に。伊藤博文。イギリスに渡る。西周。オランダのライデン大学。自然法、国際法、経済学。国法学。19世紀当時の西洋諸国の法概念。刑法典と刑事訴訟法典。刑事法の近代化に。国際公法の基本原理。西洋の法や制度、政治。断片的で不十分だったかもしれないが。既存の制度の枠組みで物を考えなければならない限界も。
明治初期の西洋法の影響。多様な外国法に影響を受ける。無条件に反映された訳ではない。オランダ法の継受。学問基盤としての蘭学。法概念の翻訳の試みはあった。19世紀中頃にはオランダの訴訟法の翻訳が試みられた。オランダ憲法典、裁判所法。江藤新平らによって参照され、71年以降に裁判所の形成に生かされる。オランダも19世紀初めまではフランス法が大方適用されていた。フランス法の大規模な継受に役立った。フランス法の受容。体系的な法典群として利用される。最新鋭。江藤新平ら。69年にはナポレオン法典を翻訳。六法の起源。概念そのものが日本になかったことも。フランス人を招く。ボアソナード。司法省の元で助言。法学教育。司法省の法学校で。81年の東京法学校でも。法典の起草。民法の起草。22年にわたる。お雇い外国人。歴史的沿革を踏まえた日本の事情を。天皇制。イギリス法。74年頃から、開成学校。穂積陳重。フランス。法は普遍的な自然法。イギリス。法の運用の際の基本原理。法は民族の歴史的なもの。民法典論争。ボアソナード民法。施行を巡って、施行断行を。イギリス法派。親族法などが日本の実態と乖離。商法典についても。不平等条約の改正を巡り、学派の間の勢力争い。継受する法の内容だけでなく、理論的根拠の問題。イギリスは判例法主義。法継受になじまず。ドイツ法学を取り入れる。ドイツ法の影響。ナポレオン法典は内容が古くなってきた。東京大学においてFrance派イギリス派が対立。憲法典を作るにあたってドイツ法が。天皇制を考えるとプロイセンの憲法が。伊藤博文が欧州に赴いて調査。為政者や法学者の目がドイツに。ドイツ法学全般の体系性が評価される。民法の再編纂作業。作業中のドイツ民法が参考に。パンデクテン方式。ドイツの理論が学説に影響。手続法にも重要。法典や法制度の形成。学説や法解釈による受容。日本法としての解釈や具体的運用。

 

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