68年は私が生まれた年。
50年台からの政治的対立、産業構造の変化がもたらしたもの。初等中等教育。教育の荒廃。教育課程。ゆとり路線への転換。高等教育にも変化。大学紛争。量的拡大が背景。団塊の世代。
団塊の世代。敗戦直後の昭和22年から24年。800万人の出生。膨大な子供の誕生。第一次ベビーブーム。社会構造と教育に大きな影響。右肩上がりの成長を身体化。過酷な競争。社会への不満。戦争による窮乏や価値観の変化とは無縁。「戦争を知らない子供たち」。心象風景に共感。大学は大衆化。エリート意識は持ち得なかった?組織制度への帰属意識が無い。見つける意思もなかった。共同体の解体。戦後の日本は管理社会化。抑圧する体制の象徴。60年安保、戦争を起こさない。戦争経験が無い団塊の世代。国家や民族にリアリズムを感じられず。戦争体験の有無で徐々に断層が拡大。
学生運動。全学連。分裂を繰り返す。民青。64年12月に民青系全学連など、大きく3つの全学連に。三派系全学連。火炎瓶を用いた闘争。学費値上げ問題。左翼運動が代表的。民族派学生組織も。大学紛争へ。68年1月東大医学部。5月全共闘。127大学で。東大紛争。医学部。安田講堂の占拠。機動隊との衝突。入試の中止。多くの大学でバリケード。アジ演説。
日本だけのものではない大学紛争。フランスやアメリカ。日本の特有の特徴。共産主義の影響。中国の文化大革命。毛沢東はカリスマ的。造反有理。暴力を正当化。学生数の急激な増加と大学の大衆化。大学数の急激な増加。都市への人口集中。幼少期と青年期の生活のギャップや戸惑い。アイデンティティの不安。社会の激変がもたらした心理状態。戦後民主主義の理念の内面化。現実の学校や政治への不満。アンビバレンツ。受験戦争。体制への反感。学費値上げや学生会館の管理権問題は契機でしか無かった。教授陣は体制側の機動隊に対応を、欺瞞。
中央教育審議会。大学に関して検討。行政措置では無理として立法を。69年、臨時措置法。過激派学生への世間の厳しい目。警察の力を借りることに支持が。12月以降紛争の数は減少。高等教育の量的膨張。大学の教育研究体制は古い。大学紛争の拡大と長期化は、管理運営と無関係ではない。71年の答申。四六答申。高等教育への要請。高等学校にも紛争が。69年の学校封鎖は75件。受験体制に組み込まれる学生生活への不満。政治的教養の育成を。
新左翼の一部は武装化へ。赤軍派。70年3月にはよど号ハイジャック事件。7月に連合赤軍。山岳訓練。72年のあさま山荘事件。犯人逮捕時の視聴率は89%。学生運動に厳しい眼差し。仲間間でのリンチ殺人。中東での日本赤軍。
若者の文化。フォークゲリラ。団塊の世代の関心も政治から遠ざかる。虚無感。75年の「いちご白書をもう一度」。大学紛争後の心中。
新たな教育改革へ。臨時教育審議会。