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セルバンテス『ドン・キホーテ』(ヨーロッパ文学の読み方ー近代篇第1回)

「ドン・キホーテ」という名前は皆が知っているだろうが、逆に言えば名前を知っているだけに留まる。読んでみたいと思う。

 

野谷文昭。セルバンテス「ドン・キホーテ」サンチョ・パンサ。巨人ともが30人ばかり。戦利品で裕福に。悪の種を除くのは神の意志。巨人ではなく風車。冒険にまるで通じていない。
今回は「ドン・キホーテ」。なぜ古典が?出版されたのは17世紀の初頭。ドン・キホーテは近代小説の先駆的小説で大きな影響を。ドン・キホーテが今日まで多くの読者を獲得したのがなぜかを。
前編と後編。騎士道物語のパロディ。無茶な冒険を。滑稽本。風車のepisode。馬に跨り風車に向かい突っ込んで跳ね飛ばされる。田舎貴族の紹介。独身で家政婦と一緒に暮らす。騎士道物語を読むことが趣味。実際にあったことと思い込み遍歴の旅に。旅の準備をする。最初は単独行動が。不都合なことがあると自己中心的に解釈する。考えることはどれも本で覚えたことばかり。落語に似ている。騎士道物語と重ねて解釈して英雄らしく聞こえるようにドン・キホーテと名乗る。ドンは貴族の敬称。従者が必要となるとサンチョ・パンサを誘い出す。ロシナンテ。作品の読者にはロシナンテのファンが沢山いる。主の無謀さに耐えているのが。元は駄馬だが。
対話の力。珍道中が始まる。妄想の中で。関係は対照的で絶えず衝突する。現実世界に居るのでツッコミを入れる。ドン・キホーテは気が短く危険な暴走老人。本人は物語に出てくる青年の騎士と思うフシがある。一騒動起こしては自分も痛い目にあう。叩きのめされるところで大笑い。暴力的場面が頻繁に出てきて通俗的過ぎると。残酷さは笑いの対象とならなくなる。内面が重視されて19世紀小説の先駆に。滑稽で残酷な物語を上品に。時代に因る読みの変化。顔を見たサンチョ・パンサが形容する。ロマン派的解釈。無学無教養のドン・キホーテが品の良い表現を使う?サンチョ・パンサは外見で情けない面、と言ったのではないか。滑稽小説という期待と符合。勿論1つの仮説。種々の対話の例。旅籠屋で夜中にドタバタを演じて叩きのめされる。ドン・キホーテとサンチョ・パンサの対話。眠っているのか。サンチョよ。サンチョは悲痛な声で。ここは魔法の城だった。あの世に行くまでは秘密に。誓うとも。他人の名誉を奪うのを何より嫌う。違うと。明日にでもばらしてしまいたい。ものをあれこれしまっておくのが嫌い。駄目にする。情に厚く礼儀をわきまえていると信じている。私にまたとない素晴らしい出来事が。姫君が訪れた。実に艶やかで美しい。何という頭の冴え。お前に伝えておきたいのは手の中に幸運が到来したのを妬んだか、魔法の城であるからか、姫君との最中に桁外れに大きい巨人の腕が現れ殴られる。ぶちのめして私を痛めつける。慮るに姫君は魔法陣で守られているので私が目当てではない。何故にまたとない素晴らしいことに?不幸という不幸の全てが降りかかるとサンチョ・パンサが。今から私があっという間に痛みが消える特効薬を。スペインは識字率が高くないはずで読み聞かせで味わった人が相当いるはず。耳で聞く音も素晴らしい。現実を虚構の物語に。同じ土俵で衝突はしない。サンチョが狂気や誇張壁に。
言葉の魔術師。様々な登場人物。階級や職業も様々な人が能弁に。活気をもたらす。戯曲家でもあるので会話を巧みに。苦い経験が役に立っている。伝記は謎が多いが。文才があるが生涯を通して不遇。家計を支えてレパントの海戦に参加するなど、左手が不自由に。帰りに海賊に捕まり5年間捕虜に。脱走はことごとく失敗する。帰国できるが様々な職につきトラブルに。挙句の果てには投獄される。執筆をしたが。
2人が食糧で食事をする会話。勇敢な騎士が口にするものではない。勘違いしているとドン・キホーテが。遍歴の騎士の名誉というのは食事をせずにいること。身近なものに限る。読んだ本は相当数に。どこにも遍歴の騎士が食事をしたとは記されていない。武士は食わねど高楊枝。当然ながら何も食べず用を足さないわけにはいかない。生涯の大部分を人気のない土地で料理人も居ない。粗末な食事を。好みを気にかける必要もない。遍歴の騎士道を逸脱してはならない。読み書きが出来ないから騎士道の規則が分かってなかった。干した木の実を入れておく。遍歴の騎士は木の実しか食べてはならないという訳ではない。食べられる野草を知っている。知識を使う日がやってくる。和気藹々と。慌てて弁解してるならサンチョが一本取っている。主従と言うより友人同士。対話を繰り返す内にサンチョは精神や正義などについて学んでいく。騎士道の信奉者になる。人間としてドン・キホーテを尊敬する。ドン・キホーテは妄想から解ける。ドン・キホーテのサンチョ化とサンチョのドン・キホーテ化。後編で一層ダイナミックに。2人は物語の中で弁証法的に成長。
異端の問題とパロディ。ことわざの偏在。サンチョが多くを披露していてハツラツとしている。より大きな世界へと精神活動を広げる。単なる脇役でなくなる。ことわざについては連発するが。サンチョは明らかにキリスト教徒。教養人であり当時はジャンルに人気が。人畜無害の騎士道物語が何故焼かれなければならないのか。スペインで印刷された騎士道本を。床屋は異を唱えるが、異端尋問の形式を。ドン・キホーテは教養を受け継ぐ。ゴスプレ。しかし知識に穴があり騎士が携帯する物を知らない、書かれていないから。宿代を踏み倒すepisode。本には出てこない。皮肉として現代にも通じる。パロディ化を試みるのは第一の作者。虚構の私を操るセルバンテス。異端とみなされないようカモフラージュ。
主従2人は道中様々な出来事に。それ自身が1つの小説に。短編として構成されたらしい。ドン・フェルナンドは好色な男で。紆余曲折の内に改心する。その間にドン・キホーテは山の中に。独立した短編が挟まれている。他にも恋愛物語が。悲観した若者は自殺するが相手は悪びれない。周囲は悪女扱いするがドン・キホーテは感心する。しかし関係性は殆どない。後編になるとセルバンテスのテクニックが。短編も全体との繋がりも。後編の贋作が出版される。前編は故郷の村に。真の後編の序説に。メタレベル。物語中の物語。メタフィクション。自意識の小説。たいへん手が込んでいる。2人の行動と結びつく。有機的に構成される。小説の進化。
読者がなぜ感動するのか。高度な技法を駆使。後編こそドン・キホーテ?しかし積み重ねがあってこそ。往々にして破天荒な行動に笑うが、その一方で理想主義に共感を。漂うペーソスが琴線に触れる。挫折に勝る理想主義の力。人生は滑稽だが素晴らしい。信頼する姿も感動的。ドン・キホーテ化したサンチョが冒険の旅に誘う。ユーモアとアイロニーを込めたリアリズム。ラテンアメリカの作家たちが受け継ぐ。
時代により読み替えられる小説を読む面白さを。

 

ヨーロッパ文学の読み方-近代篇 (放送大学教材)