-----講義録始め-----
老いによる変化に合わせて、自身の活動や生活への適応を変えていくことが求められてきます。例えば、バルテスは選択最適化補償理論(SOC理論)を提唱しています。この理論は、選択と資源の最適化と補償という3つを活用して適応するものです。バルテスは、ある著名なピアニストを例に、この3つの機能を説明しています。
ピアニストは、80歳の時のコンサートで、高い水準の熟練されたピアノ演奏の維持の秘訣を問われ、次の3つの方法を示しました。1. 楽曲を絞ること、2. その楽曲をより多く練習すること、3. 速いパートの前にスローパートを挿入して、後のパートが速く聞こえるようにすることです。
SOC理論で説明すると、1は選択であり、自身の能力を見極め、加齢に伴う能力の低下に合わせて活用できる能力を選択しています。2は資源の最適化で、選択した楽曲を何度も練習することで最適化しています。3は補償で、心身の低下に応じてそれを補う方法で対処しています。楽曲への工夫が、低下したスピードを補うものと言えます。
トルンスタムによる老年的超越理論は、他の多くの理論が「良いエイジング」を中年期の思想活動や現実を継続し持続させることと仮定しているのに対し、変化と発達を強調する理論的立場です。老年的超越の特徴は、次の3つの次元に分類されます。1. 宇宙的な次元:個人の枠から自然や宇宙という枠に考えを広げること、2. 自己の次元:自分中心の考えから解放され、身体的な衰えにも囚われなくなること、3. 社会と個人の関係の次元:人間関係や社会での役割の意味付けが変わり、価値観を再評価することです。
増井幸恵は、日本における老年的超越の研究動向を概観し、トルンスタムの指摘とおおむね同じですが、宇宙的な次元があまり現れず、自己の次元と社会と個人の関係の次元に関する内容が多いと指摘しました。そして、今後の課題として、老年的超越の3つの次元の文化の差異による再検討の必要性を挙げています。
他にも、1970年代に体系化された理論として、加齢に伴い役割喪失を少なくし活発に社会で活動を続けるという活動理論、高齢者が一定の時期に社会的活動から離れていくことが適応的だとする離脱理論、高齢者の変化は過去の経験と結びついているので、社会的活動や社会状況が変化しても一定の継続性を持ちながら変化していくという継続性理論などが挙げられます。