-----講義録始め------
「続いて、フリーランスで働く方々が抱える課題についてお伺いしたいと思います。
私は社会保障法の研究者ですので、フリーランスで働く方々が、労働者であれば加入できる厚生年金や健康保険といった社会保険、さらには労災保険や雇用保険といった労働保険から排除されていることが課題として思い浮かびます。労働法の観点から見ると、どのようなことが課題として見えてくるでしょうか。」
「特に、新型コロナウイルスの影響もあって、業務委託やフリーランスという形で働く人が非常に増えています。これは世界的にも同様で、コロナの影響に加え、プラットフォームビジネス、つまりスマートフォンのアプリを介して仕事をする形態のフリーランスが急増しています。労働法上の課題は大きく2つあります。
1つは、これまで労働法や社会保障法が適用されるとされていた「労働者」に当たるかどうかです。形式的には業務委託やフリーランスとされていても、実態として労働者に該当するならば、労働法の保護が与えられます。しかし、労働者に該当しなければ、従来の労働法や社会保険は適用されません。労働者に該当するかどうかが1つ目の課題です。
もう1つは、仮に労働者に該当しない場合でも、これまでの一般的な労働法や社会保険とは別に、フリーランスの人々にどのようにセーフティネットを提供するかが重要な課題です。」
「それでは、フリーランスで働いている方が実際に労働者に該当するかどうか、その判断はどのように行われるのでしょうか。」
「これはどの国でも非常に難しい問題ですが、基本的には契約の形式ではなく、実態に応じて判断します。業務委託契約や請負契約、フリーランスという肩書きであっても、働き方の実態を基に労働者性を判断します。日本では、いくつかの基準があります。例えば、業務の自由度、仕事の指揮命令の有無、時間や場所の拘束、代理人の使用が可能かどうかなどを総合的に判断し、労働者に該当するかどうかを決定します。ただ、1人1人の現場で実態に応じた労働者性の判断を行うのは非常に難しい問題です。」
「世界でどのような議論が行われているのかについて、少しご紹介いただけると嬉しいです。」
「労働法や社会保険は労働者に適用されるものでしたが、労働者をどのように判断するかは、どの国でも非常に複雑で難しい問題です。第1の課題は、労働者の定義を明確にすることです。例えば、アメリカやヨーロッパでは、「労働者に該当するかどうか」を分かりやすくするために「推定規定」が導入されています。つまり、自分の労働力を使って働いている人は、原則として労働者と推定し、本当の自営業者や本来のフリーランスは労働者から除外します。このような推定規定を使って労働者かどうかを判断しやすくするのが1つです。
もう1つは、仮に労働者に該当しなくても、人間として働いている以上、人間らしい生活を保障するセーフティネットをどう提供するかが重要な課題です。これまでの伝統的な労働法や社会保障法では労働者にのみ保護が提供されてきましたが、労働者以外の人々に対しても、例えば怪我や事故に遭ったときの労災保険、失業手当、教育訓練の機会などを提供する必要があります。また、契約の締結、内容の変更、契約の終了時の取引のあり方、ハラスメント防止、プライバシー保護、個人情報の保護など、人間らしい権利やセーフティネットをどう保護していくかが世界的な課題となっています。これらの課題は、日本でも今後検討され、対策が講じられていくと思います。」
「本日は、貴重なお話を大変ありがとうございました。」
人生100年時代における労働や働き方を考える上で非常に重要な課題である労働法について、有意義なお話を伺うことができました。人生の中でも長い期間を占める就労期間について、私たち自身が敏感であることが求められていると思います。なお、今日の講義では男性労働者、女性労働者という言葉を使いましたが、性別は単純に二分できるものではありません。2021年にはLGBT理解増進法の制定が目指されましたが、性自認に関わらず、すべての労働者が差別を受けることなく、仕事と生活の調和を図りながら長い人生を歩めることが重要な政策課題です。また、すべての人々の中には、障害のある人をはじめとした様々なニーズを持つ人たちが含まれます。性別、性自認、障害、健康状態、年齢、家族の状況などに関わらず、すべての人がその希望やニーズに応じて働ける社会を構築していくことが求められています。