ーーーー講義録始めーーーー
司会者:堀先生の場合は、どのような形で成人教育の学問を始められたのでしょうか。
堀先生:私の場合ですね、そうですね。私は大学に入学してから、地域の社会人の学習に触れる機会がいくつかありました。それを非常に面白いと感じ、ぼんやりとですが、成人教育について興味を持っていました。ただ、元々は心理学を勉強したいと思っていたので、心理学を専攻していました。しかし、卒業論文ではエーリヒ・フロムの自発性に関する問題を研究し、そこから社会教育に興味を持つようになりました。
大学院では、アメリカの成人心理学、つまり大人の心理学、それに加えてエイジング(加齢)や生涯発達について研究し、生涯教育や成人教育の基礎に位置付けようと考えていました。アメリカでは、人生の後半の発達やエイジングが教育学の基礎として多くの研究が行われていることを知りました。
その際、発達やエイジングと大人の教育・学習をつなぐ理論とは何か、どうすればその橋渡しができるかを考えていた時に、ノールズのアンドラゴジーに出会ったのです。それで、アメリカからノールズの本を取り寄せて勉強し、新しい道が見えてきたと確信するようになりました。
司会者:そうしますと、修士論文の頃から、堀先生はノールズの研究に関わり、長い付き合いがあったのですね。
堀先生:そうですね。ノールズは遅咲きの研究者で、60代以降に多くの成果を出しました。彼は1997年11月に84歳で亡くなるまで、精力的に著作や読書活動に専念していたと言われています。むしろ退職後の方が忙しかったようです。
司会者:ノールズ自身が成人学習者のモデルになっていますね。
堀先生:その通りです。ノールズが50代後半だった1970年に、成人教育の実践と研究の成果として『現代成人教育の実践 アンドラゴジー対ペダゴジー』(原題:The Modern Practice of Adult Education: Andragogy vs. Pedagogy)を刊行しました。この本がノールズの代表的な著作と言って良いでしょう。
司会者:堀先生はこの本も翻訳されていますね。
堀先生:そうです。この本は、後に1980年に改訂され、副題も『アンドラゴジーとペダゴジー』から『成人教育の理論と実践』に変更されました。私が翻訳したのはこの改訂版です。
司会者:なぜ副題が改訂されたのですか?
堀先生:それは、ペダゴジー(子どもの教育を支援する技術と科学)とアンドラゴジー(成人の学習を支援する技術と科学)を対立的に捉えるのではなく、大人の教育実践においてもペダゴジーの原理が有効な場合があるし、逆にアンドラゴジーの原理が青少年に有効な場合もあると考えたからです。例えば、初心者向けのコンピューター教育では、大人であってもペダゴジーの原理の方が効果的な場合があります。
司会者:なるほど。ペダゴジーとアンドラゴジーは対立するものではなく、連続的なものという考え方が、副題の変更に表れているのですね。
堀先生:その通りです。