ーーーー講義録始めーーーー
印刷教材の図にある「行政統制の自己循環回路」の右側をご覧ください。為政者は、民衆に不満や不支持があったとしても、当該為政者に対して市民(被治者)が陳情せざるを得ない状況を作り出せば、市民はその為政者への依存を深めることになります。例えば、君主制では、たとえ悪政が続いても、君主の善政を期待するほかありません。民主制においても同様で、たとえ悪政があっても、良心的な為政者による政策転換に期待せざるを得ない状況が生じることがあります。
このように、為政者が悪政を続けたとしても、市民が他の選択肢を持たず、為政者に期待し続けるしかない状態になる場合があります。全ての行政活動は、市民の意思に多かれ少なかれ影響を与える可能性を持っています。それ自体が問題ではない場合もありますが、特に選挙において為政者が介入し、自らに有利な結果を誘導することができる場合、民主制の外観のもとで為政者による民衆支配が強化される危険があります。
歴史的には、為政者には選挙干渉の誘因が存在しました。例えば、明治時代の日本では、明治政府が民党を弱体化させるため、警察を利用して選挙妨害を行い、政府支持の政党が有利になるよう介入しました。また、政党が政権に参画するようになると、与党が内務省警保局や府県知事を通じて野党に対抗する選挙戦略を展開しました。戦前の日本では、与党側が選挙戦で有利な状況を常に維持していました。さらに、治安維持法制や選挙粛正運動を通じて、政党政治が抑圧され、最終的には「翼賛選挙」による政党政治の終焉を迎えました。
こうした事例から、選挙や政党を為政者の影響から隔離する必要性が強調されます。第一に、特定の政党や政治家、特に政権与党が行政を利用して他党を抑圧しないようにする必要があります。第二に、行政が自らに都合の良い選挙結果を期待して特定の政治家や政党を支援することを防ぐ必要があります。ただし、行政職員も市民であるため、政治的中立性を求める制約には一定の限度が必要です。
とはいえ、政治家だけでなく行政そのものも選挙干渉を行う動機を持つため、選挙管理は政治家、政党、行政から独立して行われなければなりません。しかし、現実的に選挙管理の業務を担う主体は行政以外にはほとんど存在しません。裁判所や司法部が選挙管理を担う可能性もありますが、現実にはその体制が整っていません。また、司法警察や検察が選挙違反の取り締まりを通じて選挙監視に関与する場合、別の問題が発生する可能性があります。
市場セクターや社会セクターに選挙管理を委ねる方法もありますが、事業者は通常、政治家や行政から業務を受託したり選挙応援で自己利益を図るため、独立性を確保することが難しいです。同様に、報道機関やボランティア団体、宗教団体も選挙運動に関与することがあるため、選挙管理の中立性を確保することは困難です。
さらに、国際選挙監視団も、必ずしも公正な選挙だけを目的としているとは限らず、特定の勢力の選挙勝利を望む場合があります。このように、選挙結果を誘導しようとする思惑を持つのは、政治家や行政職員に限らず、多様な主体が関与する可能性があるのです。