F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

アルコール・薬物依存の社会コスト(精神疾患とその治療第10回)#放送大学講義録

ーーーー講義録始めーーーー

 

アルコールや薬物に関連する精神障害は、いまや大きな社会問題となっています。
アルコール依存症は古くから知られる課題ですが、覚せい剤やマリファナ、抗精神病薬など各種薬物依存は、ここ数十年で裾野を広げています。さらに近年では、ゲームやインターネットへの依存も急速に拡大し、“依存”は精神医学の極めて重要なテーマとなっています。

今回はまず、アルコールと薬物依存の基礎を学びましょう。


1. 日本における飲酒文化とその影響

日本では、酒が日常生活や人間関係の潤滑油として受け入れられ、飲酒に寛容な文化が形成されてきました。そのため、飲酒の害に対する認識が甘くなりがちです。

世界を見渡すと、たとえばイスラム教徒(2010年推計で約16億人)は宗教的理由から飲酒をほとんど行いません。イスラム社会にも問題はありますが、少なくともアルコール依存関連の問題はほぼ存在しない点が対照的です。

これに対し、日本や中国、韓国など東アジア諸国では、祝いの席で鏡開きを行うなど、積極的に酒を生活習慣に取り入れています。古くから「酒は百薬の長」と言われ、健康効果を期待する向きすらあります。


2. アルコール関連問題の全体像

アルコール関連問題は、軽度の「有害飲酒」から重度の「依存症」までスペクトラムを成しています。以下のようなピラミッド構造でイメージするとわかりやすいでしょう。

 
      ┌─────────────┐
      │ アルコール依存症 │ ← 最も深刻
      └─────────────┘
            ▲
      ┌─────────────┐
      │ 有害飲酒・健康障害 │ ← 肝障害、栄養失調など
      └─────────────┘
            ▲
      ┌─────────────┐
      │ 危険な飲酒行動   │ ← 飲酒運転、暴力行為など
      └─────────────┘
            ▲
      ┌─────────────┐
      │ 一般飲酒       │ ← 社会的リスクは小さい
      └─────────────┘
 
  • 一般飲酒:頻度・量ともに問題視されないレベル

  • 危険な飲酒行動:飲酒運転や暴力行為など、社会的リスクを伴う飲酒

  • 有害飲酒・健康障害:肝機能障害や高血圧、栄養失調など、身体的・精神的ダメージが生じるレベル

  • アルコール依存症:コントロール不能な飲酒欲求と離脱症状を伴う病的状態


3. 日本における社会経済的影響

厚生労働省の研究班報告(2008年データに基づく推計)によれば、アルコールの過剰摂取がもたらす社会的損失は年間約4兆円に上ります。その内訳の約7割は以下によるものです。

  1. 欠勤・生産性低下

  2. 飲酒運転を含む交通事故

  3. 暴力事件や軽犯罪などの社会的コスト

このほか、健康保険給付や医療費の増大、家族関係の摩擦といった問題も顕在化しています。