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アルコール依存症の治療と支援法(精神疾患とその治療第10回)#放送大学講義録

ーーーー講義録始めーーーー

 

アルコール依存症の治療:何が可能で、どう行うのか

1. アルコール依存症に治療法はあるか?

アルコール依存症は回復可能な疾患です。ただし、その治療の基本は何よりもまず**断酒(abstinence)にあります。
「酒をやめる」「断酒を続ける」という一見単純な目標が、実は最も難しい課題となる理由は、依存症に特有の
否認(denial)**が強く関与しているためです。


2. 治療の第一関門:動機づけと「否認」の克服

多くの患者において、依存症であること自体を認められず、「自分には治療は必要ない」「自分はまだ大丈夫だ」と考えがちです。
このような否認傾向を超えて、本人が「治療が必要だ」と認識すること、これが最初にして最大のハードルです。

依存症からの回復者の中には、「底付き(bottoming out)」――つまり、人生のどん底まで落ちるような体験を経て、ようやく治療を決意したという人もいます。
底付き体験が契機となる場合もありますが、近年では「早期介入による回復」も可能であることが明らかになってきています。


3. 治療の方法:心理的・薬物的アプローチ

(1)心理教育(psychoeducation)

患者本人に、アルコール依存症が意志や性格の問題ではなく、医学的な疾患であることを理解してもらうことが極めて重要です。
この段階での正しい知識の共有が、以後の治療意欲や継続に大きく影響します。

(2)認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)

近年では、断酒を目標とする認知行動療法プログラムも広く導入されており、特に入院治療期間中に実施されるケースが増えています。
飲酒の引き金となる思考・感情・行動のパターンを把握し、それらを再構築していく技法が中心です。

(3)抗酒薬(antidipsotropic agents)

代表的なものにジスルフィラム(Disulfiram)があります。
この薬剤は、アルコールを体内で分解する過程で生成されるアセトアルデヒド
の分解を阻害し、
飲酒時に強烈な悪心・嘔吐・血圧低下・動悸などの苦痛を生じさせます。

服薬の上で飲酒すると強い身体的不快感が生じることを理解し、**「飲酒抑止のための心理的ハードル」**として用います。

(4)その他の薬物療法

  • 断酒補助薬:**アカンプロサート(Acamprosate)**など。脳内のGABA・グルタミン酸のバランスを整え、離脱後の渇望を抑える効果があります。

  • 飲酒量低減薬:**ナルメフェン(Nalmefene)**など。完全な断酒が困難な場合に、飲酒量をコントロールする段階的介入として用いられます。

ただし、いずれの薬剤も「本人が服薬を継続する意思を持てるかどうか」が最大の課題であり、薬物治療単独では効果が持続しにくいことが知られています。


4. 治療継続の鍵:包括的支援

断酒の継続には、以下のような多面的支援体制が不可欠です。

  • 精神科・心療内科での定期的な通院と再評価

  • 断酒会(AA:Alcoholics Anonymous)や家族会の活用

  • 就労・住居・対人関係に関する社会福祉的支援

アルコール依存症の治療は、単なる断酒だけでなく、生活再建のプロセスそのものであるとも言えます。


結論

アルコール依存症は、「断酒を目標にした多職種による長期的サポート」が成功の鍵となる慢性疾患モデルの治療対象です。
その第一歩は、本人が治療を受け入れるための心理的準備を整えることです。その準備を助けるのが、私たち専門家や支援者の役割です。