ーーーー講義録始めーーーー
アルコール依存症の治療:何が可能で、どう行うのか
1. アルコール依存症に治療法はあるか?
アルコール依存症は回復可能な疾患です。ただし、その治療の基本は何よりもまず**断酒(abstinence)にあります。
「酒をやめる」「断酒を続ける」という一見単純な目標が、実は最も難しい課題となる理由は、依存症に特有の否認(denial)**が強く関与しているためです。
2. 治療の第一関門:動機づけと「否認」の克服
多くの患者において、依存症であること自体を認められず、「自分には治療は必要ない」「自分はまだ大丈夫だ」と考えがちです。
このような否認傾向を超えて、本人が「治療が必要だ」と認識すること、これが最初にして最大のハードルです。
依存症からの回復者の中には、「底付き(bottoming out)」――つまり、人生のどん底まで落ちるような体験を経て、ようやく治療を決意したという人もいます。
底付き体験が契機となる場合もありますが、近年では「早期介入による回復」も可能であることが明らかになってきています。
3. 治療の方法:心理的・薬物的アプローチ
(1)心理教育(psychoeducation)
患者本人に、アルコール依存症が意志や性格の問題ではなく、医学的な疾患であることを理解してもらうことが極めて重要です。
この段階での正しい知識の共有が、以後の治療意欲や継続に大きく影響します。
(2)認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)
近年では、断酒を目標とする認知行動療法プログラムも広く導入されており、特に入院治療期間中に実施されるケースが増えています。
飲酒の引き金となる思考・感情・行動のパターンを把握し、それらを再構築していく技法が中心です。
(3)抗酒薬(antidipsotropic agents)
代表的なものにジスルフィラム(Disulfiram)があります。
この薬剤は、アルコールを体内で分解する過程で生成されるアセトアルデヒドの分解を阻害し、
飲酒時に強烈な悪心・嘔吐・血圧低下・動悸などの苦痛を生じさせます。
服薬の上で飲酒すると強い身体的不快感が生じることを理解し、**「飲酒抑止のための心理的ハードル」**として用います。
(4)その他の薬物療法
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断酒補助薬:**アカンプロサート(Acamprosate)**など。脳内のGABA・グルタミン酸のバランスを整え、離脱後の渇望を抑える効果があります。
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飲酒量低減薬:**ナルメフェン(Nalmefene)**など。完全な断酒が困難な場合に、飲酒量をコントロールする段階的介入として用いられます。
ただし、いずれの薬剤も「本人が服薬を継続する意思を持てるかどうか」が最大の課題であり、薬物治療単独では効果が持続しにくいことが知られています。
4. 治療継続の鍵:包括的支援
断酒の継続には、以下のような多面的支援体制が不可欠です。
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精神科・心療内科での定期的な通院と再評価
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断酒会(AA:Alcoholics Anonymous)や家族会の活用
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就労・住居・対人関係に関する社会福祉的支援
アルコール依存症の治療は、単なる断酒だけでなく、生活再建のプロセスそのものであるとも言えます。
結論
アルコール依存症は、「断酒を目標にした多職種による長期的サポート」が成功の鍵となる慢性疾患モデルの治療対象です。
その第一歩は、本人が治療を受け入れるための心理的準備を整えることです。その準備を助けるのが、私たち専門家や支援者の役割です。
