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回復・適応の3つの道のり - 元に戻る、歩む、変わる #放送大学講義録(レジリエンスの科学第2回その6)

ーーーー講義録始めーーーー

 

では、辛い出来事に衝撃を受けて強いストレス反応を示したり、大きな精神的な落ち込みに至った後の回復・適応のプロセスには、どのような道のりがあるのかを見ていきましょう。回復の軌跡は一様ではなく、レジリエンス(影響最小)・回復・遅延・慢性化といった複数の軌跡が実証研究で示されています。本講では理解を助けるために3つの道のりとして整理します。

道のり1:元に戻っていく - 段階的回復モデル

まずは、衝撃を受ける前の状態に向かおうとする、すなわち元に戻っていくという道のりです。PTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断に至らない**ストレス反応(PTSR/ PTSS と表現されることがある)**を含む多様な精神症状は、多くの場合、時間経過とともに軽快していきます。ただし、出来事のインパクトや持続的ストレッサーの有無によって、回復には長い時間を要することがあります

平山の悲嘆反応7段階モデル

平山(1997)は、正常な悲哀過程を**①初期(パニック)→②第I期(苦悶)→③第II期(抑うつ)→④第III期(無気力)→⑤現実直視→⑥見直し→⑦自立(立ち直り)**の7段階で説明しています。ここでは、段階の名称と順序を原典に沿って紹介します。Core+2関西大学学術リポジトリ+2

  • パニック/苦悶/抑うつ/無気力などの段階を経た後、**現実直視・見直し・自立(立ち直り)**へと進むという枠組みです。ただし、段階は個人差が大きく、必ずこの順序で進むわけではありません(段階モデルは理解の便宜的整理であり、規範ではありません)。

松井の災害遺族の心理プロセス

松井(1995, 1996)による災害遺族研究のレビューでは、死後直後の段階(精神的ショックと麻痺/パニックと不安/否認)→喪失への直面(怒りを中心とする強烈な情動・死者探索・混乱と抑うつ・死の意味の探求と社会化)→適応と希望(諦めと受容・希望)といった整理が提示されています。これは複数研究の知見を総合したレビュー的枠組みです。

このように、初期のショック・麻痺から始まり、否認・怒り・抑うつ等を経て、現実直視や受容、希望へと至る軌跡が一つのモデルとして説明されますが、すべての人に当てはまるわけではありません。段階の固定的適用は避け、予後見通しや支援計画の参考として活用します。

道のり2:戻らないけれど歩む - 維持型レジリエンス

全ての逆境で「元の水準」まで回復できるとは限りません。脳損傷のような不可逆的変化や、喪失の大きさ・継続的ストレッサー(例:長期の避難生活)によって、心的機能は低下した水準のままであっても、崩れ切らずに維持しながら前進を試みる軌跡が観察されます。これは維持型のレジリエンスと捉えられます。PMC

  • 東日本大震災の長期追跡談話のように、強い希死念慮が持続しつつも、生活上の目標(学び・仕事・ケア)に取り組む語りが記録されており、「回復していない=力がない」ではなく、極めて困難な状況下での維持しながら歩む力」が見いだされます

ことわざや比喩(「にもかかわらず」歩む、等)は臨床・教育的説明として有用ですが、研究的主張とは切り分けて理解します。

道のり3:変わっていく - 心的外傷後成長(PTG)

最後は変化・成長の道です。**心的外傷後成長(Post-Traumatic Growth: PTG)**は、Tedeschi & Calhounにより提唱された概念で、トラウマや極度の困難と「格闘」する過程を通じて生じる肯定的な心理的変化を指します。代表的領域には、他者関係の深化、新たな価値観、人間的強さ、人生への感謝などがあります。

  • PTGは「回復が完全に終わった後にだけ起こる」わけではなく、回復過程と並行し得る点が重要です。また「成長」は価値判断的な優劣ではなく、質的変化として理解するのが現在の標準的立場です。