ーーーー講義録始めーーーー
レジリエンスの科学「心のレジリエンスの個人差」
ストレス状況に直面した際に、人の心がどのように適応・回復していくかには個人差があります。本講義では、その個人差を理解する視点を多角的に学ぶとともに、個人差をもたらす要因や、それに沿ったレジリエンス理解のあり方を考えます。
この前の講義では、心のレジリエンス・プロセス、すなわち強いストレスや衝撃を受けた心がどのように回復・適応していくかの道のりについて確認しました。そこでは、レジリエンス・プロセスには大きく分けて「崩れない力」と「回復・適応を歩む力」という質の異なる力が必要であることを学びました。ただし、それはあくまでも一般化された例であり、実際のレジリエンス・プロセスは一人ひとりで多様です。
では、同じストレス状況に置かれてもストレス反応の強さや回復のあり方に違いをもたらす要因は何なのでしょうか。
レジリエンスの可視化の必要性
個人差を捉えるには、基準を持って個々人のレジリエンスを比較する必要があります。しかし、心のレジリエンスは目に見えるものではないため、その力をどのように可視化するかが課題となります。最もよく用いられる方法は、レジリエンスを質問紙尺度によって数値化する方法です。
ストレス症状による評価
レジリエンスの評価において伝統的に用いられてきたのは、トラウマ体験直後のストレス症状の強さと、その後の変化を指標とする方法です。例えば、体験直後の不安・抑うつ・回避傾向などの症状を測定し、その後一定期間を経て症状が減少・消失しているかを確認します。
ただし、心的外傷後ストレス症状(PTSS)の有無だけでは、人の心の落ち込みや回復を十分に説明できず、評価としては限定的です。さらに、この方法は実際にトラウマ体験が起こった直後にしか測定できず、評価としては遅すぎる面もあります。
レジリエンス尺度の開発
そこで、トラウマ体験が起こる前に、個人が潜在的に持つレジリエンス、すなわち「困難が起きた際にレジリエンスを発揮できるだろう」という予測を可能にする評価法が試みられてきました。それがレジリエンス尺度です。
レジリエンス研究では、貧困や親の精神疾患といったリスク要因を抱えつつも適応的に発達した子どもたちが注目され、彼らのレジリエンスが何によって支えられているのか、どのような要因が個人差を説明するのかが研究されてきました。
レジリエンス尺度の構造
レジリエンス尺度は自己評価式の質問紙であり、典型的な項目には次のようなものがあります:
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「辛いことがあってもすぐに立ち直る傾向がある」
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「ストレスの多い出来事から立ち直るのに時間はかからない」
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「私は通常、困難な時期をほとんど問題なく乗り越えることができる」
回答者は「全く当てはまらない」から「非常によく当てはまる」までの段階で回答し、合計得点がレジリエンス得点として算出されます。
ただし注意が必要なのは、同じ「レジリエンス尺度」と呼ばれていても、実際に立ち直りを測定する項目と、レジリエンスを導く要因(特性やスキル)を測定する項目の両方が存在することです。
例:
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レジリエンスそのものを測定する項目:「辛いことがあってもすぐに立ち直る」
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レジリエンス要因を測定する項目:「新しいことに挑戦するのが好きだ」「動揺しても自分を落ち着かせられる」
つまり、得点が示す意味は尺度ごとに異なり、「回復そのもの」を測っているのか「資質・能力」を測っているのかを区別する必要があります。
尺度使用時の注意点
さらに、レジリエンスそのものを測定する尺度についても、それがレジリエンス・プロセスのどの段階の力(崩れない力/方向転換する力/回復・適応する力)に焦点を当てているかを確認する必要があります。尺度によって重視点は異なるため、研究目的や対象に合わせて適切な尺度を選択することが不可欠です。
また、尺度の内容は国や文化、対象者によっても異なるため、日本国内での使用にあたっては信頼性・妥当性が検証された尺度を選ぶ必要があります。
レジリエンスの安定性と状況依存性
尺度で測定されるレジリエンスは、一般に「個人が一貫して持つ特性(trait-like)」として捉えられてきました。しかし近年は、**状況や環境に依存して変動する側面(state-like)**も注目されています。
例えば、援助要請能力の高い人はサポートがある状況では強いレジリエンスを示せますが、支援者がいなければ発揮できません。楽観性に支えられている人も、状況が絶望的であれば同じように機能しない可能性があります。
したがって、レジリエンスを固定的能力としてのみ理解するのではなく、個人と環境の相互作用で変動する力として捉えることが重要です。

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左(症状評価):ストレス症状の程度や減少を測定(例:PTSS)
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中央(尺度評価):レジリエンスそのものを質問紙で測定(例:「すぐ立ち直る」)
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右(要因評価):レジリエンスを支える資質や能力を測定(例:楽観性・援助要請力)
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下部:測定対象の違いを整理
