ーーーー講義録始めーーーー
実データから見る個人差
続いては、実際の災害からのレジリエンス・プロセスにおいて回復・適応を歩む道のりについての資料から、その個人差を読み取ってみましょう。以前の講義でも紹介した酒井らによる東日本大震災の被災者の7年間の追跡調査では、同一対象を7年間追跡し、被災者自身に心理的変化ラインを自己描画してもらい、そのラインに沿って半構造化面接を行うという質的縦断法が用いられました(大阪大学博士論文/科研費報告)。大阪大学学術情報庫+1
グラフの読み方
研究で用いられた心理的変化ラインでは、縦軸の方向づけが通常の臨床指標と異なり、下に行くほど心理的に安定した状態を示すように描かれています(図示にあたっては、その旨の但し書きが付されます)。この軸設定を踏まえて線の上下動を解釈する必要があります。大阪大学学術情報庫
多様な回復パターン
震災1年目に被災者が自己描画したラインには、以下のような様々なパターンが確認されました(質的分類):
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パターン1:直後にストレス反応が高く、その後徐々に低下していく。
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パターン2:いったん低減した後、再上昇し、再度低減する。
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パターン3:いったん低減した後に、徐々に上昇していく。
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パターン4:途中で非常に高くなった後、徐々に低減していく。
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パターン5:発生後から高いストレス反応が持続する。
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パターン6:発生後から低いストレス反応が持続する。
酒井の博士論文要約および科研費報告では、心理的変化の特徴が6つのパターンに分類されたことが明記されています(個票事例の叙述もあり)。大阪大学学術情報庫+1
V字モデルの限界
このように、シンプルなV字曲線(落ち込み→回復)像に最も近いのはパターン1に相当しますが、実際には複線的・揺らぎを伴う経路が複数確認され、V字だけでは捉えきれないことが示されます。大規模縦断でも、PTSSや抑うつの軌跡は長期にわたり多様で、単線的回復に還元できないことが報告されています。PMC+1
個人差をもたらす要因の複雑性
同じ震災体験でも軌跡が異なる背景には、以下の要因が重層的に作用します:
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個人内資源(レジリエンス要因:能力・気質・感情調整など)
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環境的資源(家族・近隣・制度・居住環境など)
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資源の活用可能性(その時点で利用できたか)
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被災の程度(物的・人的損失)
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生活の変化(避難・転居・職の変化)
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社会的支援(行政・ボランティア・コミュニティ)
科研費報告では、とくに住居の喪失・再建や身近な人間関係が、ストレスの上下や回復エネルギーに影響する具体的事例として記述されています。KAKEN
時間経過による認識の変化
7年目の追跡では、同一被災者が1年目には「安定した」と評価していた時期を、4年目以降に「まだ道半ばだった」と捉え直し、7年目には「4年目の方がむしろ辛かった」と再評価するなど、時間の経過に伴う意味づけの再構築が観察されました。論文要約でも、1年・4年・7年の各時点で回復過程の特徴が異なることが示されています。大阪大学学術情報庫
レジリエンスの動的な意味付け
以上から、レジリエンスは
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進行中には自己評価が難しい(評価の困難性)、
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現在から過去を相対化して意味づけ直す(相対的意味付け)、
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明確な終着点を持たない継続的プロセス(継続性)、
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語り直し・意味再構成が続く(意味の再構築)
といった性質を持つことが示唆されます。長期縦断研究も、長期にわたり心理的負担が持続し得ることを報告しています。PMC+1
データが示す現実の複雑さ
理論モデル(V字)はシンプルで予測しやすい一方、実際のプロセスは複雑で予測困難で、個人差が大きく、意味付けが変化し、「回復完了」の一線を引きにくいのが現実です。PMC+1
支援への示唆
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長期的視点:短期追跡だけでなく、年単位の視点での伴走が必要。大阪大学学術情報庫
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個別性の尊重:画一的介入ではなく、個別軌跡に即した柔軟支援。KAKEN
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意味付け支援:現在地の理解と意味再構成への支援。大阪大学学術情報庫
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評価の慎重さ:「回復した/していない」の二分法を避け、経時的評価を。PMC
参考にした主要根拠
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酒井明子(2020)『災害時の心理的回復過程と被災者の時間』大阪大学・博士論文(自己描画ライン+半構造化面接、6パターン分類、1/4/7年の差異)。大阪大学学術情報庫
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科研費 16K11984 研究成果報告書(7年間の語りの分析、6パターンと要因叙述)。KAKEN
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Kino et al., 2020/2021(東日本大震災後5〜5.5年のPTSS/抑うつの軌跡の多様性)。PMC+1
