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ワークライフバランスの必要性 ― 日本の労働法が直面する課題 #放送大学講義録(雇用社会と法第7回その1)

ーーーー講義録始めーーーー

 

わが国の労働法は、主として正社員による長期雇用とフルタイム就労を前提として形成されてきました。
戦後の日本では、男女の役割分担意識が強く、職場では男性が中心的な役割を担ってきました。そのため、労働法上のルールも、私生活に対する介入を避け、主として職場内の労働条件に焦点を当ててきたという歴史的経緯があります。

しかし近年、共働き世帯が一般的となり、働き方や生活の在り方が多様化しています。健康面の確保にとどまらず、より人間らしく幸福に暮らすためにはどのような制度や環境が必要かが重要な課題となっています。家庭内役割分担や働き方に関する文化的側面も含めて、仕事と生活の調和、すなわちワークライフバランスが、労働法上の新たな課題として意識されるようになっています。

そこで今回は「仕事と生活の調和」という観点から、労働法上のさまざまな場面について検討していきます。今回は次の3点を中心に考えていきましょう。


1. 仕事と生活の調和とは何か

まず、仕事と生活の調和とは何を意味するのか、その意義と必要性を確認します。なぜ労働法においてこの観点が重要となるのか、社会的背景や経済構造の変化を踏まえて総論的に検討します。


2. 人事異動とワークライフバランス

次に、人事異動を取り上げます。人事異動には、配転、出向、転籍のほか、縦の異動として昇進や昇格などがあります。ここでは特に配転を中心に、仕事と生活の調和の観点から検討していきます。
企業による配転命令が、労働者の家庭生活や育児・介護の状況にどのような影響を与えるか、また法的にどのような配慮義務が求められるのかを考えます。判例(例:東亜ペイント事件・最判昭和61年7月14日)などを踏まえ、業務上の必要性と生活上の事情の調整のあり方を検討します。


3. 休暇・休業制度とワークライフバランス

三つ目は、休暇・休業の問題です。
日本では、年次有給休暇の取得率が低水準にとどまっており、厚生労働省の「就労条件総合調査」(2023年)によると取得率は62.1%にすぎません。
また、育児や介護に直面した際、これらのニーズと仕事をいかに両立させるかが重要な課題となります。育児・介護休業法による両立支援制度が整備されているものの、現場レベルでは取得しにくい雰囲気や職場文化が依然として課題です。これらの制度をいかに実効的に機能させるかが問われています。


4. 比較法的視点 ― オランダの事例

例えばオランダでは、2000年に制定された「労働時間調整法(Working Hours Adjustment Act)」により、多様な家庭のニーズに合わせて労働時間を柔軟に変更できる制度が整えられています。
働きたい人は長く働くことができ、長時間労働が困難な人は短時間勤務を選択できるよう、個人の選択権を保障する仕組みが導入されています。企業には、こうした多様な働き方を認める義務が課されています。
このような柔軟な働き方を可能にする制度設計が、日本社会においてどのように適用できるかを考えることが、今後の課題といえるでしょう。


まとめと考察

今回の講義で皆さんに考えてほしいのは、仕事と生活の調和を可能にするために何が必要かという点です。
制度面だけでなく、企業文化や社会意識の変革、男女の協働的家庭観の構築、行政による支援策の強化など、多角的な取り組みが求められます。
ワークライフバランスの実現は、単に労働時間の短縮を意味するものではなく、人間が「働きながら生きる」ための包括的な社会システムの再設計を意味します。