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配転命令と東亜ペイント事件 ― 人事異動のルール #放送大学講義録(雇用社会と法第7回その5)

ーーーー講義録始めーーーー

 

次に、2番目のポイントである人事異動について見ていくことにしましょう。
仕事と生活の調和という観点を考えるとき、重要な問題の一つがこの配転です。とりわけ日本では、配転(勤務地や職務内容の変更を伴う人事異動)が広く行われています。

配転とは、職務内容や勤務場所を変更する人事異動のことを指します。
転居を伴うことも多く、特に共働き世帯が増加している現在では、家庭生活に大きな影響を与える要素となっています。したがって、企業の人事上の必要性仕事と生活の調和の確保をどのように調整するかが、現代的な課題となります。


1. 日本的雇用と配転命令の位置づけ

人事異動は、日本的雇用システムの重要な要素です。
雇用保障を重視する日本的雇用においては、解雇を回避し、柔軟な人員配置を可能にする仕組みとして配転が活用されてきました。
このような慣行の中で、配転命令の法理が形成されてきたと言えます。


2. 東亜ペイント事件(最判昭和61年7月14日)

この配転命令法理に大きな影響を与えたのが、東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決・民集40巻5号1248頁)です。

この事案では、会社が転居を伴う配転命令を出したところ、労働者が家庭の事情を理由に拒否したため、会社が業務命令違反として懲戒解雇を行いました。これに対して、最高裁は配転命令の有効性を次の二段階で判断しました。


(1)契約内容のレベル

まず、会社が配転を命じる法的根拠について、最高裁は、就業規則に転勤命令の定めがあり、勤務地を限定する合意がない場合には、会社は労働者の同意なしに勤務地を指定する権限を有すると判断しました。
すなわち、配転命令は就業規則・労働協約等による包括的同意によって有効とされました。
ただし、労働契約上に「職種限定」や「勤務地限定」の特約が存在する場合には、その特約が優先されます。


(2)権利濫用のレベル

次に、配転命令権が存在しても、その行使が権利の濫用にあたる場合には無効とされると判示しました。
最高裁は、配転命令の濫用該当性について次の3つの要素から判断すべきとしています。

  1. 業務上の必要性がない場合

  2. 不当な動機・目的による場合

  3. 労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与える場合

これらのいずれかに該当する場合、配転命令権の行使は権利濫用として無効になります。

また、「業務上の必要性」については、転勤先への異動が「余人をもって代え難い」高度の必要性に限定されるものではなく、業務運営の円滑化等の合理的理由で足りるとされました。
さらに、「不利益の程度」についても、単身赴任を余儀なくされる程度の不利益は、通常甘受すべき範囲内と判断されました。

この最高裁判決の枠組みは、配転命令の有効性を判断する基本原則として現在も機能しています。


3. ワークライフバランスと配転命令の限界

育児・介護休業法においても、育児や介護等への配慮義務が規定されています。
旧法では第26条に規定されていましたが、改正により現在は第26条の2などに再構成されています。
このように、法制度上も「家庭的責任と職業生活の両立」を考慮すべき方向が強調されています。

また、裁判例としては**明治図書出版事件(東京地裁平成17年6月27日判決)**があり、家庭事情(育児・介護等)への考慮を欠いた配転命令が、権利濫用と評価される場合があると判断されました。


4. 現代的意義と課題

もっとも、基本的な法理としては、労働者の同意なく勤務地変更を命じることが可能という東亜ペイント事件の考え方が依然として有効です。
この法理は、メンバーシップ型雇用を支える基盤の一つとして、日本的雇用の根幹を形成しています。

しかし、仕事と生活の調和(ワークライフバランス)の観点から見れば、東亜ペイント事件型の法理には、生活上の配慮を十分に考慮していないとの批判も存在します。
実際に、配転を契機として離職やキャリア中断を選択するケースも増えています。

今後は、企業の人事権行使と家庭生活の両立保障をどう調和させるかという観点から、労働契約法理を再検討する必要があるでしょう。