ーーーー講義録始めーーーー
企業では、円滑な転勤制度の構築を試みる動きが進められています。
労働者の離職を防ぐためにも、労働者の事情や意向を把握したうえで、配置転換制度の改善を進める企業が増加しています。
厚生労働省は、2017年に**『転勤に関する雇用管理のヒントと手法〜企業における取組事例集〜』**という報告書を公表しました。
そこでは、企業において労働者の個々の事情や希望を反映させるための制度設計例が紹介されています。主な取組内容は次の5点です。
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転勤の希望などに関する自己申告制度の導入
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社内公募制度や社内FA(フリーエージェント)制度の活用
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転勤免除・転勤猶予制度の設定
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転勤希望者が自ら希望する本拠地をあらかじめ登録できる仕組みの導入
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転勤範囲を一定エリアに限定する制度の採用
このように、労働者の希望を尊重し、労働者自身が選択できる仕組みを導入する企業が増加しています。
1. 仕事と生活の調和と転勤制度
「仕事と生活の調和」という観点から見ると、どこに居住するかは極めて重要な要素です。
従来の日本的雇用慣行では、「全国どこでも転勤可能であること」が終身雇用制度の一要素とされてきました。
しかし、長期雇用の恩恵を受けにくい働き方が増えるなかで、労働者の間には「自分の生活基盤を自ら選びたい」というニーズが高まっています。
このような状況から、配転ルールや転勤制度の見直しが社会的課題として議論されるようになっています。
仕事と生活の調和の視点からも、今後は企業の転勤・配転制度の柔軟化が求められているといえるでしょう。
2. 配転・出向・転籍の違い
ここで、人事異動における三つの概念――配転・出向・転籍――の違いを確認しておきましょう。
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配転:同一法人内で職務内容や勤務場所を変更する人事異動を指します。
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出向(在籍出向):出向元との労働契約を維持しつつ、出向先の指揮命令下で労務を提供するものです。
法的には、出向元企業との労働契約関係が維持され、出向先との間に**二重の労働契約関係(dual employment relationship)**が成立すると考えられています。 -
転籍(移籍出向):元の会社との労働契約を解消し、転籍先と新たな労働契約を締結することを指します。
このように、出向と転籍は「元の労働契約関係が存続するか否か」という点で大きく異なります。
転籍の場合は契約の解約を伴うため、労働者本人の明確な同意が必要です。
3. 出向命令の有効性 ― 新日本製鐵事件
次に、出向命令の法的有効性について確認しておきましょう。
最高裁判所は、**新日本製鐵株式会社名古屋製鐵所事件(最判平成15年4月18日・労判850号6頁)**において、
就業規則上に出向命令に関する一般的規定があり、かつ労働協約において出向先での労働条件等が詳細に定められていた事案について、個別同意がなくとも出向命令は有効であると判断しました。
ただし、この判例も無制限に出向命令の有効性を認めているわけではなく、出向期間・労働条件・出向先の業種などが合理的範囲内であることが前提とされています。
一方で、転籍の場合は労働契約の解消を伴うため、労働者の自由意思による同意が不可欠です。
4. 今後の方向性 ― 説明責任と合意形成の重視
このように、配転・出向・転籍といった人事異動は、これまで雇用保障の手段として機能してきました。
しかし同時に、これらの異動は生活基盤やキャリア形成に重大な影響を与える行為でもあります。
したがって、使用者には、労働者の生活上の事情を十分に把握し、
丁寧な説明と透明な手続き、そして本人の理解と同意を得る努力が求められます。
今後の企業の人事制度においては、ワークライフバランスと人事権行使の調和がますます重要になるでしょう。


