ーーーー講義録始めーーーー
1. ハラスメントの概念と現状
職場におけるトラブルの中で最も増加しているのがハラスメント問題である。
「ハラスメント(harassment)」とは、一般に他人に対して不快・不安・屈辱を与える言動を指す。職場においては、セクシュアルハラスメント(性的嫌がらせ)、パワーハラスメント(職権の濫用による嫌がらせ)、**マタニティハラスメント(妊娠・出産等に関する嫌がらせ)**などが主要な類型とされる。
ハラスメントは、法的には**人格権侵害(憲法13条・民法709条)**として位置づけられる。労働者の人格的尊厳を侵害し、結果として退職や精神的損害を引き起こす場合もあるため、法的・組織的対応が不可欠である。
2. 相談件数の推移
厚生労働省「個別労働紛争解決制度の施行状況」によれば、いじめ・嫌がらせの相談件数は2018年度に82,797件であり、全相談件数中25.6%(約4分の1)を占め最多であった。
2002年の5.8%から急増しており、ハラスメントが日本の労働問題の中心的課題となっていることがわかる。
3. セクシュアルハラスメント
(1)定義と類型
セクシュアルハラスメントとは、相手の意に反する性的言動を行うことで、労働者の就業環境を害する行為を指す。以下の2類型に区分される。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| 対価型 | 性的要求を拒否したことを理由に解雇・降格などの不利益を課す行為。 |
| 環境型 | 性的言動により就業環境を悪化させる行為(発言・メール・視線等を含む)。 |
これらの行為は、被害者の人格的利益・職場環境の利益・性的自己決定権を侵害し、民法709条に基づく不法行為責任が成立する場合がある。
(2)事業主の義務
男女雇用機会均等法第11条は、事業主にセクシュアルハラスメント防止措置を義務付けている。
すなわち、相談窓口の設置・再発防止策・教育研修など雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
また、加害者の行為が業務に関連してなされた場合、**民法第715条(使用者責任)**により、使用者も損害賠償責任を負う。
(3)判例:海遊館事件(最判平成27年2月26日)
派遣社員に対してセクハラ発言を繰り返した上司に対し、会社が出勤停止および降格処分を行ったところ、最高裁はこれを有効と判断した(労判1110号5頁)。
この判例は、セクシュアルハラスメントに対して企業が厳格に懲戒権を行使できることを示した重要な先例である。
4. パワーハラスメント
(1)定義
2019年改正**労働施策総合推進法(2020年施行)**により、パワーハラスメントは次の3要素を満たす行為と定義された(第30条の2)。
-
職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、
-
業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
-
労働者の就業環境を害するもの。
この定義は、職場でのいじめや指導の行き過ぎを防ぐための法定基準となっている。
(2)6類型
厚労省指針では、パワーハラスメントを次の6類型に整理している。
| 類型 | 具体例 |
|---|---|
| 身体的攻撃 | 暴行、物の投げつけなど。 |
| 精神的攻撃 | 大声での叱責、人格否定発言。 |
| 人間関係からの切り離し | 会議・行事に意図的に呼ばない。 |
| 過大な要求 | 1人では不可能な仕事量を課す。 |
| 過小な要求 | 能力を無視して軽微な業務しか与えない。 |
| 個の侵害 | 私生活への過干渉、プライバシー侵害。 |
(3)事業主の義務
事業主には、方針の明確化・相談窓口設置・再発防止などの措置義務が課されている。
違反があれば、厚生労働大臣による指導・勧告の対象となる(同法第33条)。
5. マタニティハラスメント(マタハラ)
マタニティハラスメントとは、妊娠・出産・育児休業等を理由に不利益取扱いを受ける行為である。
その態様は次の2類型に整理される(厚労省指針)。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| 制度利用への嫌がらせ型 | 育休・産休取得を理由に不利益取扱いをする行為。 |
| 状態への嫌がらせ型 | 妊娠・出産自体を理由に嫌がらせや解雇を行う行為。 |
根拠法は、男女雇用機会均等法第9条および育児・介護休業法第25条であり、事業主は必要な防止措置を講じる義務を負う。
6. ハラスメント防止のための職場づくり
ハラスメントは人間関係や感情に起因する問題であり、明確な線引きが難しい。
したがって、事業主は以下のような多層的な予防体制を構築することが重要である。
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社内研修・ガイドラインによる意識啓発
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相談窓口の設置と相談担当者の養成
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迅速かつ公正な調査・対応手順の整備
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当事者間の話し合い(調整型解決)の促進
このような組織的取組を通じて、風通しの良い職場文化と透明性のある人間関係を形成することが、ハラスメント防止の最も効果的な方策である。
第8回まとめ:雇用平等と労働者の人権
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雇用平等
男女雇用機会均等法により、直接差別・間接差別が禁止されている。依然として男女格差は大きく、構造的な是正が課題である。 -
労働者の人権
労働基準法は、差別・強制・中間搾取の禁止を通じて労働者の尊厳を守る。 -
ハラスメント防止
セクハラ・パワハラ・マタハラなどが多発しており、企業には防止体制整備義務がある。
💬 考えてほしいテーマ 日本の職場は本当に「誰もが尊厳を持って働ける場所」になっているだろうか。その実現には、法制度だけでなく、私たち一人ひとりの意識変革も必要である。


