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職場における私的領域とは何か #放送大学講義録(雇用社会と法(’17)第8回その1)

これからは2021年~の講義ではなく2017年~の講義を紹介する(講師も異なる)。

 

ーーーー講義録始めーーーー

 

1. 私的領域の基本的な考え方

職場においても、労働者には私的領域(private sphere)と呼ぶべき権利的空間が存在します。
これは、使用者の指揮命令権の下にあっても、労働者が人格の主体として尊重されるべき領域
を意味します。
本講義では、この私的領域を以下の3つの観点から検討します。

  1. 自己決定権
     自らの生活・行動を選択する自由として、憲法13条に基づく権利。

  2. プライバシー権
     私生活上の情報・外見・思想信条に関する自由を守る権利。

  3. 年次有給休暇の権利
     労働時間からの自由・心身の回復・家庭生活の充実を目的とする法定権利(労働基準法第39条)。

さらに、企業外での私生活の確保という観点からは、ワークライフバランスの実現、および兼業・副業の自由(労働契約法第3条)との関係も重要です。
また、企業秩序維持のための兼業禁止・競業避止義務
との調整も、私的領域の問題として検討する必要があります。


2. 企業によるコントロールと労働者の自由

就労の場では、使用者は業務遂行上、一定のコントロール権限を有します。
しかし、この権限は無制限ではなく、労働者の人格権(自己決定権・プライバシー権)との調整が求められます。

たとえば、労働者が就業時間外に行う組合活動・政治活動・宗教活動への参加の自由は、思想・信条の自由(憲法19条・21条)として尊重されるべきものです。
また、就労中の服装・髪型・化粧・ひげ・ピアス等の外見的自由
についても、労働者の自己決定権に属します。
もっとも、これらが業務の性質上または企業秩序上必要とされる範囲で制限されることもあります。
たとえば、顧客対応業務や安全確保のための服装規定など、業務上の合理的必要性がある場合には、一定の制約が正当化されます。
(参照:東亜ペイント事件・大阪地裁平成9年11月26日判決、労判719号)

したがって、使用者が就業規則を根拠として懲戒処分等を行う場合には、

  • ① 業務上の必要性の有無

  • ② 労働者の人格的自由への影響
    の双方を考慮した比例原則に基づく判断が求められます。


3. 私的領域の現代的課題

現代の労働環境では、テレワークや監視技術の発展により、労働者のプライバシー領域が狭まる傾向にあります。
勤務中のカメラ映像監視や行動ログの取得が導入される中で、労働者の「私的時間」や「心理的距離」の確保が課題です。
これらは、**職場の自由領域(自由空間)**としての私的領域の再定義を求める重要な論点となっています。


【図表:職場における私的領域の構造】

区分 内容 根拠法令・判例
自己決定権 行動・外見・思想の自由 憲法13条・19条・21条
プライバシー権 私生活の保護・個人情報の保護 憲法13条・最判平成12年3月24日
年次有給休暇 労働時間からの自由 労基法第39条
副業・兼業 労働の自由の一形態 労契法第3条・厚労省ガイドライン
使用者の管理権 業務命令・就業規則 労基法第89条
均衡原則 両者の調整の原理 判例法理(比例原則)

4. まとめ

  • 労働者は職場においても人格の主体であり、一定の私的領域を有する。

  • 使用者の指揮命令権は無制限ではなく、業務上の合理性を要する。

  • 自己決定権・プライバシー権・年休権などを通じて、労働者の尊厳を確保することが現代労働法の課題である。

主要参考文献

  • 厚生労働省『副業・兼業の促進に関するガイドライン』(2018年)

  • 最高裁判所判例:最判昭和56年6月11日(国労札幌事件)、最判平成12年3月24日(住基ネット判決)

  • 『労働法(菅野和夫編)』(弘文堂、第13版)

  • 労働政策研究・研修機構(JILPT)『ワークライフバランスの現状分析』

 

 

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