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獲得を伴う発達 - 熟達と知恵#放送大学講義録(成人の発達と学習第2回その7)

ーーーー講義録始めーーーー

 

熟達という獲得

さて、高齢期において喪失が大きな特徴ということをお話ししましたし、別府さんからいろいろな秘訣をお伺いしました。加齢の過程において獲得するものもあります。失うものばかりではありません。

例えば、加齢の過程において獲得を伴う発達ということでは、第一に**熟達(expertise)**ということが挙げられます。熟達した人はこれまでの過去の経験の積み重ねによって、一つ一つ同じように考えなくても結論に到達できる精神活動の節約ができると言われます。

また、加齢の過程において獲得を伴う発達として第二に挙げられるのは、生活や経験から生じた知識としての**知恵(wisdom)**を得るということです。知恵とは、生活に資する特殊な知識、人間関係や生活課題に適応し適合させる効果的で実用的な知性と言われます。成人が持つ成熟したものですね。

姥捨て山の昔話から学ぶ知恵

岩崎:「そうですよね。昔話が多くあります。私も小さい頃に聞かせてもらった『姥捨て山』の話ですが、もう一度どんな内容だったかを朗読してもらって、皆さんと一緒に年寄りの知恵というものを考えてみたいと思います。」


姥捨て山の物語

昔、年寄りの嫌いな殿様がいて、「年寄りを姥捨て山に捨ててこい」とお触れを出しました。従順な息子は泣く泣く母親を捨てに山深く入っていきます。

その道すがら、息子に背負われた母親は、息子が帰り道で迷わないように目印のために木の枝を折っていきます。自分を思う母の優しさに打たれ、母親を捨てきれずに家に連れ帰った息子は、屋根裏に母親を匿います。

そんなある日、殿様から村に「灰の縄を作って差し出せ」というお触れが出ました。匿っている母親に息子がその話をしますと、母親は「藁の縄を塩水に浸して焼けば良い」と教えてくれます。

次に殿様は「曲がりくねった穴の開いた石に糸を通せ」という難題を出します。再び母親は「石の一方に蜜を塗り、反対側から糸を結んだ蟻を入れれば良い」と息子に知恵を授けます。

殿様は2つの難題を解いた息子を称賛し、褒美を与えることにしました。そこで息子は褒美の代わりに母親を匿っていたことを許してほしいと殿様に訴えます。

殿様は改めて年寄りがものをよく知っており、世の中の役に立つことに感じ入り、今後は年寄りを大事にしなければならないと思うようになったということです。


岩崎:「母親の愛情と加齢に伴う知恵というものを改めて考えさせられる話ですね。」

別府:「そうですね。姥捨て山に出てきたお母さんのような知恵を獲得するのには人生経験が欠かせませんね。仏教学者のですね、鈴木大拙は『90歳のことは90歳にならないとわからない』と言われたそうですよ。人生には経験しないと絶対にわからないこともあると思いますね。」

岩崎:「そうでしょう。ですから老年期を生きる楽しみもあるわけですね。高齢者は弱くて気の毒なように見えても、実は中に大きな力と魅力を秘めているということも感じました。」

別府:「そうです。」

知恵の実例 - アフリカの研究から

岩崎:「高齢者が大きな力と魅力を秘めているという言葉はとても私には胸に響きます。今の話を聞いてちょっと思い出したんですが、海外、アフリカの研究、例えば文化人類学者の研究ですけれども、アフリカのある部族にフィールドワークにその文化人類学者が入ったところ、おばあちゃんと暮らす家族ではそこの子供が生存する率が非常に高いということが言われているようです。このこともやはりおばあちゃんの知恵ということが子供たちの生きていくその環境を守るということなんでしょうね。」

別府:「そういうことがあるんですか。高齢者っていうのは貴重な社会資源ですね。」

「ゲド戦記」と知恵

別府:「そうですね。他に何かありますか。実はね、『ゲド戦記』という小説があるんですけれど、これは映像化もされましたけれども、主人公が年老いて、若い頃は様々な欲望の危ない声が聞こえるものだという内容のことを言います。歳をとることで弱ってくることで、本当に大切なものが見えてくるんでしょうね。」

岩崎:「そうでしょうね。『危ない声』ということもなかなか素晴らしいですね。歳をとると危ない声から逃れられるということなんでしょうか。」

別府:「それもやはり知恵に関係しているんじゃないでしょうかね。」

岩崎:「ああ、そうですね。人生経験を踏まえると大切なことがより分かってくるということでしょうか。」

別府:「そう思いますね。」

知恵をめぐる研究

岩崎:「知恵についての研究では、知恵がある人は健康的な生活に重要で、いろいろ出てきました。やはり知恵を持っているということは人生においてよりよく生きるということでもありますよね。」

別府:「そうですよね。」

岩崎:「実際、知恵というものを得点化したというものもあるんですけれども、得点が高い人は自分に対する肯定的な感情が高いようですね。」

別府:「そうですか。」

岩崎:「実際、自分が成長するということにも強い関心を持っている人が多いと言われています。それに知恵を持っていると人生最悪の状態を修復するということもできると言われていて、先程のアフリカの祖母と暮らすという生存率の話もそういったことかもしれませんね。高齢者の活動能力の低下にも、知恵があると上手に適応できると言うことも言われています。この点については別府さんはどう考えられますか。」

別府:「同じ経験をしていても人により得られるものは違うと思いますね。それはどこまで深く体験できるかの違いじゃないかなと思います。」

発達とは何か - 人生の統合に向けて

岩崎:「発達について考えてみますと、発達とは大きく強くなるということだけではなく、自分の衰えを受け入れて自分らしく生きることも成熟という名の発達と考えたいですね。」

別府:「そうですね。」

岩崎:「別府さんのお話から、人生をどう生きることが大事かということを改めて考える機会だと思います。高齢期になってから学習の目標を持ち、学習したことをすぐに楽しむといった高齢者の方々の実例も教えていただきました。それに楽しく人とつながって楽観的であるということも大事だなという印象を受けました。」

「高齢期を考える際の鍵は**人生の統合(life integration)**ということにあると言われます。しかしこの人生の統合という言葉、なかなか難しいですよね。どう考えられますか。」

別府:「そうですね。統合ですね。私が考えることですね、人生には失敗もありますし成功もありますけれども、それが全てをひっくるめてですね、『自分の人生には意味があったんだ』というふうに思えること、それが統合できたっていうことじゃないでしょうか。」

岩崎:「そうですね。高齢期は自分の人生を納得する、人生をまとめ上げるためにはとても最適で重要な時期なんですね。別府さん、今回は貴重なお話を本当にありがとうございました。」

別府:「ありがとうございました。」


まとめ

本講義では、加齢(エイジング)が成人学習に与える影響について、以下の重要なポイントを学びました:

キーワードの振り返り

  1. 最適な加齢(Optimal Aging): 刺激的な体験に前向きに取り組み、学習活動を通じて知的活力を維持すること
  2. 知恵(Wisdom): 人生経験から得られる実用的な知性。適応能力を高め、人生の最悪の状態も修復できる力
  3. 情動的満足(Emotional Satisfaction): 楽観的であること、楽しいつながりを持つこと、現在を楽しむことが免疫力を高め長生きにつながる
  4. 喪失と獲得: 高齢期には身体的・社会的喪失があるが、同時に熟達や知恵という獲得もある。両方を受け入れることが人生の統合につながる

学習のポイント

  • 流動性知能は低下するが結晶性知能は維持される
  • 運動習慣、社会活動、学習活動が知的活力維持に重要
  • 自己受容と楽観性が健康長寿の鍵
  • 人生の統合とは、全ての経験に意味を見出すこと

高齢期は単なる衰退の時期ではなく、新たな発達と成熟の時期でもあるという視点が重要です。