ーーーー講義録始めーーーー
はい。経験を人生の資本と考える場合、この「経験資本」という考え方は文化資本と部分的に重なる側面を持ちながら、明確に異なる特徴もあると考えています。ここでは3つの観点から、文化資本と経験資本の違いについてお話ししたいと思います。
第一に、後天的に獲得できるという点です。文化資本は家庭環境の影響を強く受け、生育過程で形成されるとされますが、ブルデュー自身は文化資本を「身体化された文化的能力」として位置づけており、本質的には後天的に身につくものです。一方で、経験資本は家庭環境に限定されず、その後の学校教育、社会教育、体験活動などによって付加される側面が大きいといえます。例えば文化資本の議論が、社会階級と教育選抜の有利性に焦点を当てるのに対し、経験資本は家庭外での経験の質や量が、後の人生やキャリア形成に影響する点をより強調します。
家庭環境により経験の質や量に差があることは確かです。岩崎先生と行った調査でも、家庭の経済状況が高いほど海外旅行、学習塾、習い事の経験が高い割合で見られました。反対に経済状況が厳しい家庭では、中高生のアルバイト経験が高い割合となっていました。ただし文化資本が家庭によってある程度規定されるのに対し、経験資本はその後の経験の積み重ねによって変化しうる点が異なります。望ましい経験の蓄積が結果として文化資本の形成に寄与する側面はありますが、経験そのものは家庭以外の場でも十分に獲得が可能なのです。
確かにそうですね。
それでは第二の点ですが、文化資本が社会的に高く評価される傾向にあるのに対し、経験資本は経験直後にプラスの場合もマイナスの場合もあるという特徴です。先ほど触れた調査でも、キャンプ、子供会、お祭り、スポーツ大会などの楽しい経験がある一方で、病気や入院、家族の介護、いじめ、不登校、両親の離婚、自然災害など、マイナスの経験も多く見られます。
ただし経験は、出来事そのものがプラスかマイナスかより、時間が経過する中で意味づけが変容することが重要です。マイナスだと思われた経験が後になって自身の成長や価値観の形成にとって大きな意味を持ち、有意義に振り返られることも多いのです。このような時間的変容を含む視点は、文化資本ではあまり重視されてこなかった点かと思います。
そうですね。
3つ目は、経験の特性依存性です。個人特性によって経験機会が左右され、その後の経験の蓄積が加速されるという点です。例えば、学芸会で主役を務めるのは、クラスで目立つ子や勉強が得意な子に多い傾向があります。自然が好きな子供はキャンプや自然遊びの経験が増え、リーダーシップが好きな子供は学級委員や部活動のキャプテンを任されやすいでしょう。
このように個人特性によって経験機会の量や質は変化し、一度の経験が次の経験を呼ぶ「連鎖性」も生じます。小学校で学級委員を経験し、中高で部長を務めた子供が、大学で友人関係を広げやすいといった例は、その資質が長期的に経験を形づくる一例といえます。この点は、文化資本よりも個人特性が強く関連する領域です。
人の資質により経験する内容や量が異なるにせよ、経験資本は文化資本に比べて、学校教育などの意図的な働きかけによって変化しうる概念だといえますね。
はい、その通りです。生まれながらの文化的背景よりも、経験資本は個人の資質と相互作用しながら変化します。個人特性は子供から大人になる中で経験によって変化し、磨かれていく側面を持ちます。日本の学校教育は、多様な行事や集団活動を通じて様々な経験機会を提供しており、家庭背景の差をある程度調整する機能も果たしています。家庭の文化的背景そのものは変わりませんが、経験や資質は教育や社会参加を通じて変えることができるのです。
そうですね。
