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認知機能検査を体験する ─ 短期記憶テスト #放送大学講義録(成人の発達と学習第4回その2)

ーーーー講義録始めーーーー

 

岩崎:
富永先生は、大学病院で、実際に脳の器質的に損傷を受けている患者さんを対象に、認知機能を心理学的にアセスメントし、医学的治療に生かしているとのことですが、このような認知機能の心理学的アセスメントとはどのようになされるのですか。

富永:
そうですね。それでは、記憶に関する認知機能検査を、実際にやってみましょうか。今回皆さんにやってもらう検査は、放送大学の心理実験実習で扱っている記憶の課題に近いものです。実際の患者さんにも応用して活用しています。受講生の皆さんにもやっていただきましょう。

岩崎:
それではお願いします。

富永:
今回は時間の制約で十分時間が取れませんので、少し修正した方法で、皆さんにやっていただくことにいたしますね。まず最初に、A4サイズの何も書いていない用紙と、鉛筆等の筆記用具をお手元に用意しておいてください。いいでしょうか。

そして、何も書いてない白紙には、箇条書きに、1、2、3、4、5、6、7、8と、1から8までの数字を、まずは並べて書いてみてください。

岩崎:
私もやってみます。

富永:
できましたでしょうか。はい。今から皆さんにやってもらうことについて説明いたします。今から私が数字を読み上げます。その数字を覚えていただきます。そして、私が「はい」と言ったら、鉛筆を取って、どんな数字であったか、覚えた順番に思い出して、順番に書き出してください。

まずは1番目から始めますよ。行きます。

4、2、7、3、1。はい、鉛筆を取って、思い出して、用紙に順番に書いてください。

いいでしょうか。はい、次行きます。

6、1、9、4、7。はい、鉛筆を取って、順番に思い出して、用紙に書いてくださいね。

はい、次行きますよ。

3、9、2、4、8、7、6。はい、鉛筆を取って、思い出して、順番に書いてください。

はい、次行きます。

5、9、1、7、4、2、3、8。はい、思い出して、用紙に順番に書いてください。

はい、これで認知機能検査は終わりになります。岩崎先生、どうですか。

岩崎:
なかなか難しかったですが、最後、5、9、1、7、4、2、3、8でよろしいでしょうか。

富永:
はい。もう1度言いますね。5、9、1、7、4、2、3、8が正解ですので、順番通り書いてないと、これは間違いになります。実際の臨床で用いられる標準的な数字記憶(いわゆる Digit Span)の検査では、通常、2〜3個の数字列から始めて、被験者が正確に答えられなくなるまで、だいたい9個前後まで桁数を増やしていくような構成になっています。
今回は放送授業用に、5個から始めて8個までで終わらせてもらいました。

ところで、受講生の皆さんは、いくつまでの数字の列を思い出すことができましたか。私は大体、1秒間隔で数字を読み上げました。これは、標準的な数字記憶検査と同じく、1秒に1桁程度のペースです。

古典的な研究では、このような数字の系列再生課題で、多くの若年成人が平均して7桁前後まで思い出すことができると報告されており、これが「マジカルナンバー7±2」という有名な考え方の基盤になっています。
ただし、近年の認知心理学・ワーキングメモリ研究では、「一度に意識的に保持できる情報単位(チャンク)は4±1程度」という見解も提案されており、記憶容量の捉え方には議論があることも併せて押さえておくとよいでしょう。

また、加齢に伴ってこのような短期的な記憶・ワーキングメモリの成績は、若い人と比べると全般にやや低下していく傾向が、多くの研究で報告されています。
もし認知症を患っている人でしたら、この認知症の程度によって、思い出す量も随分違ってくることがわかっています。認知症のタイプや重症度によって、数字の順番を保持したり操作したりする力が影響を受けるためです。

岩崎:
私がやってみたところ、8桁まで全て覚えているためには、何度も口で唱えながらでないとできませんでした。

富永:
あ、そうなんです。口で唱えるという行為は、リハーサルと僕らは表現しています。リハーサルをしている間は、短期記憶の中に情報が維持されやすいのですが、実際、リハーサルをやめると、十数秒程度のうちに記憶が急速に弱まり、すぐに記憶からなくなってしまうことが、古典的な実験からも示されています。

岩崎:
もう繰り返すことできませんね。

富永:
確かにそうですよね。このような検査は一種の記憶検査になります。記憶検査にも、たくさんの種類の検査が実際にはあります。皆さんにやってもらった記憶の検査は、一般には短期記憶の検査ということになっていますが、現代の心理学的には、短期記憶の中でも特に、音声情報を一時的に保持するワーキングメモリ(短期記憶)の一側面を測定する課題と理解されています。

後ほど記憶の分類については少し詳しく説明をさせてもらいますが、今回は短期記憶の検査でありまして、古典的な説明としては、健常な若年成人であれば7±2という範囲で思い出すことができる、と理解しておいてください。ただし先ほど述べたように、近年の研究では4±1チャンク程度という見方も有力であり、「7±2」は現在ではあくまで歴史的に有名な目安だと考えられています。
これを心理学では、マジカルナンバー7±2と表現してきました。

岩崎:
そうですか。7桁が平均ということですが、皆さんはいかがだったでしょうか。この検査は短期記憶を調べるテストとのことですが、私たちは普段、このように短期記憶(ワーキングメモリ)のはたらきを使って会話をしているのでしょうね。

富永:
はい。日常生活のためには、この短期記憶機能、つまりワーキングメモリの機能は大変重要な機能であります。例えば、相手の発言内容を一時的に保持しながら、自分の返答を考えることができないと、会話をスムーズに続けることが難しくなります。実際、ワーキングメモリは「会話についていく」「話の流れを保つ」といった日常的なコミュニケーションに密接に関わっていることが指摘されています。

例えば、高齢の方に同様な検査をするとします。想像してみてください。2人の被験者に対面で座っていただいて、その間についたてを立て、手元に赤ランプを用意します。ルールは、お互いのランプがつくまでは話すことができない。ランプがついてから話をしてもらうことになります。そうすると、相手の話の内容を一時的に覚えてから、それから、その内容について相手と話をするということになりますよね。ランプがつくまで、一時的に話の内容を保持していないといけなくなるわけですよね。

岩崎:
そうですね。

富永:
ランプがつくまでの時間を長くすると、お互いの話が噛み合わなくなっていくことがあります。そうすると、相手の話をもう忘れてしまっているので、でたらめな会話が続くことになるわけです。特に臨床の患者さん、例えば認知症やその他の脳の障害をもつ方の場合には、このことが顕著になります。日常の場面でも、会話にならない会話をしている人が、実際にはいるかもしれませんよね。

岩崎:
そうなんですね。お互いの会話が成立しないで、人と関係性が持てなくなるということが、もしかしたら認知症の患者さん、そして患者さんの周りにいる方々にとっては一番辛いのではないでしょうかね。

富永:
そう言えると思いますよ。短期記憶・ワーキングメモリは、人とのコミュニケーションには本当に必須なものだと思いますね。

 

補足図表:年齢・状態と数字スパンのイメージ

※具体的な数値は検査法や研究によって異なりますが、代表的な傾向を整理した「イメージ」として示します(厳密な診断基準ではありません)。

グループ 数列再生(前向き)の傾向イメージ 研究から分かることの概要
若年成人(健常) 7桁前後が平均的とされてきた Miller の古典的研究では約7項目が平均とされ、短期記憶容量の一つの目安とされてきた。1
成熟・高齢成人(健常) 若年成人よりやや低下することが多い ワーキングメモリ・数字スパンは若年期にピークに達し、その後の高齢期で全般に低下傾向が報告されている。
軽度認知症・認知症 個人差が大きいが、成績低下が目立ちやすい 前向き・逆向き数字スパンなど、短期記憶・ワーキングメモリ課題の低下が、病型や重症度に応じてみられることが多いと報告されている。