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脳の可塑性と学習 ─ 神経回路の成長 #放送大学講義録(成人の発達と学習第4回その5)

ーーーー講義録始めーーーー

 

岩崎:
さて、記憶と学習について、さらに話を進めていきたいと思います。私たちは加齢とともに脳機能が低下すると考えがちですが、脳は私たちが考える以上に新しく変化する可能性があると言われています。例えば、失われた機能を担ったり、学習して環境に適応したりするのです。このような脳の変化の可能性は可塑性と呼ばれています。

成人学習研究においては、いくつになっても学習することで発達できるとする裏付けとして、この脳の可塑性が取り上げられることがあります。学習といった認知作業をやればやるほど、脳の様々な場所で実際に神経回路ネットワークが再編成され、神経細胞同士の結び付き方(シナプスの数や強さ、樹状突起の枝分かれ、場合によってはミエリン化など)が変化し、情報伝達が効率的になり、高度な情報処理が可能になることが、動物実験や人間の研究から示されています。

脳の可塑性との関連で、神経回路の成長について、富永先生教えていただけますか。


富永:
はい。脳の可塑性といった場合、脳のニューロンの数が、大きく増加するということでは実際ありません。成人以降の大部分の脳領域では、神経細胞の総数はほぼ安定しており、可塑性の中心は「すでにあるニューロン同士の結び付き方が変わること(シナプスや樹状突起の変化)」にあります。ただし、海馬の歯状回など、一部の領域では成人後も新しいニューロンが生まれ続ける「成体海馬神経新生」が確認されており、その程度やヒトでの広がりについては現在も議論が続いています。

新たなニューロン同士の繋がりができるということになります。1つのニューロンには、遺伝子情報を蓄えている細胞体、そして情報を次のニューロンなどに伝える軸索、他のニューロンからの情報を受け取る樹状突起とで構成されています。

情報であるインパルスは、典型的には樹状突起、そして細胞体、そして軸索へと伝わっていきます。軸索の先端部分には軸索終末があり、その終末と次のニューロンの樹状突起や細胞体との間にできる接続部位をシナプスと呼びます。シナプスでは、電気信号が化学物質(神経伝達物質)に変換されて情報が伝達されます。ニューロン同士は、軸索終末と樹状突起だけでなく、軸索終末と細胞体など、様々な形でシナプス結合を形成します。

樹状突起について見てみますと、脳が成長するということの1つには、樹状突起の、こう、伸長と言います。伸びるということがあります。これを伸長と言います。シナプスという場所を介して、他のニューロンと情報をやり取りする、この樹状突起が伸びていき、今まで繋がりを持たなかった新たなニューロン同士の結合がなされていくわけです。動物実験では、学習や「豊かな環境」によって、樹状突起の枝分かれやスパイン(小さな突起)の数、シナプス数が増えることが報告されています。

その新たなネットワークというものは、部位によっては死ぬまで続くということがわかってきました。高齢期になっても、刺激のある環境や学習経験によって、シナプス結合や樹状突起の形態が変化しうることが示されており、これは、脳の可塑性を意味する1つの重要な側面です。

岩崎:
なるほど。ニューロン同士の新たな結合によるネットワーク化が、まあ、あのー、ずっと死ぬまで続くということが、可塑性の意味するところなのですね。

富永:
あ、そうなんですね。動物実験の例を説明しましょうね。例えば、マウスにとって素晴らしい環境で育ったマウスは、例えば、遊び場所がたくさんあるとか、友達がたくさんいるとか、そのような豊かなリッチな環境(環境エンリッチメント:enriched environment)で育てられたマウスの樹状突起は、伸長して、多くのニューロン同士がシナプス結合していくという研究報告があります。

逆に、貧しいというか、このような環境では、そのような効果が少ないということなんです。ケージの中が単調で、おもちゃも仲間も少ないような「貧困環境」で育った動物では、同じ種でも、樹状突起の枝分かれやシナプス数が少なかったり、学習成績が劣ることが示されてきました。

人間の学習場面を想像しても同じことが言えるのではないかと思いますよ。確かに、がむしゃらにやればいいという精神主義では、効率的な学習効果は得られないと思います。やはり効率的な勉強法を見出して、さらに重要なようなことは、そこに、物ではなくって、人という対象が一緒に存在することがリッチな環境であって、そこで学習効果が大いに見られることになります。社会的な相互作用や、意味のある課題、適度な難しさなどを含む「豊かな学習環境」は、成人学習や脳の可塑性を促す要因としても注目されています。

人は1人で勉強するのではないということを意味します。誰かと脳をこう共有し合って勉強することが、本当に実りのある学習であると考えていいと思います。

岩崎:
そうですか。そうしますと、つまり、友達がいて、遊び場などがある豊かな環境で学習するということが、まあ、神経回路を密にして実りのある学習をするという秘訣なのかもしれませんね。


補足図表:環境と神経回路の可塑性(説明用)

環境のタイプ 特徴(例) 動物研究で見られる傾向(例)
豊かな環境(リッチ) おもちゃ・運動器具・隠れ場所・仲間など刺激が多い 樹状突起の枝分かれ増加、シナプス数増加、学習成績の向上
貧困環境(インプア) 何もないケージ、社会的刺激が少ない 樹状突起やシナプスの増加が小さい、ストレスへの脆弱性が高い傾向

人間の成人学習にそのまま単純に当てはめることはできませんが、「刺激に富み、他者と関わりながら、意味のある課題に取り組める環境」が、脳の可塑性と学習にとって重要だ、という方向性は、神経科学と成人教育の両方から支持されています。