F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

健康な脳を保つために ─ 展望的記憶と学習の意義 #放送大学講義録(成人の発達と学習第4回その7)

ーーーー講義録始めーーーー

 

岩崎:
さて、そもそも記憶は何らかの努力や工夫によって維持できるものなのでしょうか。印刷教材に引用しました、ナン・スタディ(Nun Study:修道女研究)では、ある修道女は最晩年まで認知力テストで好成績だったのですが、亡くなったのちにその脳を調べてみたところ、アルツハイマー病の病理所見がかなり進行していてもおかしくない状態であったという例を紹介しました。なぜこの修道女は、脳の器質は損傷していたのに、最後まで鋭敏な知力を失わなかったと考えられるのでしょうか。

富永:
はい。この修道女の経験については私は詳細を知りませんが、私の臨床的経験から1つ言えることは、脳が萎縮すると言っても、年を取ると誰も脳が萎縮しますよね。その萎縮の形態が異常かどうか、認知症を発病することと、このことが非常に関係あると思ってます。

例えば、90歳代で入院してきた女性の患者さんの脳のMRIを見る機会がありましたけども、一瞬見て、綺麗な脳をしているなと思ったりするわけですね。それは萎縮像はあるんですけども、こう、全般的に均一な萎縮で、特にどこにも異常な萎縮がないんですよ。そして彼女は病棟でビクトール・フランクルの例の『夜と霧』を静かに読んでましたね。今でも忘れない患者さんの光景でした。

(※実際には加齢に伴う脳萎縮は前頭葉・側頭葉・海馬などでやや不均一に起こりますが、ここでは病的な局所萎縮が目立たない「年齢相応の萎縮」という臨床的印象を指していると理解していただくとよいでしょう。)

岩崎:
綺麗な脳というものがあるのですね。このように綺麗で健康な脳を年をとっても維持していくには、どのような対策が重要なのでしょうか。

富永:
それには、脳は使わないとダメだということですね。あー、「独居の人は早くボケる」といった言い方が一般にはなされることがありますが、より正確には、1人暮らしや社会的孤立の状態が、認知症のリスクを高めることが多くの研究で示されています。
人間が人間でいるためには、死ぬまで歩けることと、いつまでも人として身のある会話ができることが重要なんですよ。

好奇心旺盛で好奇心のある方は、こう展望的に生きていきます。いわゆる前向きに生きていきます。そして、ポジティブに未来を描き、プロダクティブと言いますか、つまり、生産的な生き方が人生にとって重要だと思います。これは年齢に関係ないことなんですよ。

ここには展望的記憶、これを医学領域では未来記憶と言ったりはします。それが非常に、このような機能が関与しています。これは人との約束や予定など未来に行う行為に関する記憶です。将来のプランを練って実行することも、記憶機能の一部なんですよ。

岩崎:
はい。

富永:
これは前頭葉の機能とも深く関わってきてます。前頭葉の発達が未熟な子供は、この展望的記憶も実際未熟です。過去の出来事は変えることができませんが、未来を変えることは私たちはできます。死ぬまでこのような思考を所有することが脳を健康に保つことであって、脳の健康を保ち、十分な認知機能を維持しやすくなると考えられます。展望的記憶や未来志向的な計画を支える前頭葉・前頭前野のネットワークは、加齢の影響を受けやすい一方で、生涯にわたり活動し続けることが示されています。

岩崎:
これから先のことを肯定的に考えることが重要なんですね。

富永:
そうなんですね。はい。さらに言えることは、健康な体を維持していくことも重要になると思います。例えば、生活習慣病に陥って糖尿病などを誘発すると、**徐々に脳の萎縮や血管障害のリスクが高まり、結果として認知機能が低下しやすくなることが、多くの疫学研究で示されています。**現在、糖尿病患者での認知機能が問題になりつつあります。健全な体には健全な脳が育まれるということになるわけです。

脳は筋肉だと表現する研究者もいます。脳は使えば使うほど活性化していくわけです。**これは比喩的な表現ですが、実際に、知的活動や社会活動・運動を継続して行っている人ほど、認知症の発症リスクが低い、いわゆる「認知予備能(cognitive reserve)」が高いとされる研究結果が多数あります。**学習という行為は、まさに、脳トレの一種だと考えていると私は思います。

また、何のために勉強するかというと、その目的意識を明確にしておくことも重要だと思います。ただ単に漢字の書き取りのようなそれでは、脳の活性化は実際偏ったものになるわけですよ。一過性のものにしかなりません。

だから、人生はこう目的を持って生きる。そのために記憶機能が必要条件となると考えてほしいと思います。

岩崎:
脳は体の一部として鍛えていかなければいけないということですね。人生を肯定的に生きていくには、記憶機能が前提であり、重要であるということがよくわかりました。富永先生、貴重なお話ありがとうございました。

富永:
はい、どうも。こちらこそ、どうもありがとうございました。


【講義のまとめ】
本講義では、神経心理学の専門家である富永大介先生をお迎えし、記憶と学習について多角的に学びました。短期記憶の実験を通じて「マジカルナンバー7±2」を体験し、海馬が記憶の司令塔として働くこと、扁桃体が感情と記憶を結びつけることを学びました。

脳の可塑性により、適切な環境と学習方法によって、私たちは生涯にわたって神経回路を成長させることができます。記憶は時間軸だけでなく、機能的な側面からも分類され、ワーキングメモリーや展望的記憶など、日常生活に密接に関わる記憶機能の重要性が明らかになりました。

健康な脳を保つためには、脳を積極的に使い、好奇心を持ち続け、前向きに未来を描くことが重要です。また、社会的孤立を避け、身体の健康を保つこと、特に糖尿病などの生活習慣病を予防・管理することが、認知機能低下や認知症リスクの軽減に役立つと考えられています。学習は単なる知識の獲得ではなく、脳の健康維持と人生を豊かに生きるための必要条件なのです。

 

簡単な図示:健康な脳を支える要因(概念図)

 

【健康な脳を支える主な要因】

  ① 認知活動・学習
     ├ 読書・学習・問題解決
     └ 展望的記憶を使う計画・活動

  ② 社会的つながり
     ├ 会話・共同作業
     └ 地域活動・家族や友人との交流

  ③ 身体の健康
     ├ 運動習慣(ウォーキング等)
     ├ 糖尿病・高血圧などの管理
     └ 十分な睡眠・バランスのよい食事

  ④ 心の健康
     ├ ストレス対処
     └ 前向きな未来志向・目的意識