ーーーー講義録始めーーーー
がん告知を受けて
講師:とても大変なご経験をされたわけですけれども、告知からの立ち上がりと前向きに取り組めたのはどういうことでしょうか。
桜井さん:はい。私は2004年の7月にがんの告知を受けて、その後治療を受けてから今の活動をしているんですけれども。やはり最初は、なんで自分が病気になったんだろうっていう、そういう気持ちは非常に思いました。そこから自分の経験、この大きな経験というものを、何かその社会のため、あるいはこれからがんになる人のために役立つことが、役立たせることができればなというようなことで今の活動をしています。講師:そうですか。ご自身の体験が現在の活動に繋がっているんですね。現在のCSRプロジェクトは、がんの経験をなさらなければなさっていなかったということになるわけでしょうか。
桜井さん:そうですね。もし自分ががんを経験していなければ、全くこのような活動はしていなかったと思います。今は、無料の電話相談ですとか、あるいは患者さんたちが集まってきて語り合う場(ラウンジのような場)というような、そのような形でそれぞれの経験を語り合う場、そのようなことをやっております。
ホームページに記された言葉
講師:そうですか。具体的に桜井さんががんの告知を受けた時のお話を少し伺いたいと思いますが、桜井さんはホームページに「2004年7月6日、この日を境に私はがん患者となりました。カルテの右端に記された『右ca』の文字。それまで順調にキャリアを重ねていた自分にとって、がんとの出会い、そこで得た気づきは、私の人生に革命と新たな役割をもたらしました」と書かれていらっしゃいますね。
桜井さん:はい。
変容的学習のプロセス
講師:変容的学習は、危機的な状況をもたらす経験によって、特定の知識、信念、価値判断、感情から構成されるそれまでの意味体系や意味の捉え方のレンズが変わり、より広く全体的な捉え方やものの見方をするようになり、そしてこのレンズの変容によって、以前持っていた固定概念、これまでの態度、価値観、感情を超えて、より新しい理解や統合的な考え方が可能になると言います。
桜井さんのがんの告知前と現在と比べて、先ほどホームページに書かれていた文章「人生に革命と新たな役割をもたらした」と書かれた変化について教えていただけますか。
価値観の大きな変化
桜井さん:はい。まさに今おっしゃられたようなことが私は起きました。本当に自分の大事なものの基準とか価値観というものがガラッと変わったんですね。やはり命というのは明日も明後日もずっと続くもんだと思ってたところから、そうじゃないんだ、限りがあるんだ、それが自分自身に限りがあるんだということを改めて感じた時、あるいは、その混乱した状況の中で、家族の大切さとか友達の大切さとか、そういう人との巡り合いとか繋がりの大切さというようなところ、それから、外に出れば季節が変わってるんだなとか、小さな虫が飛んでたりっていうような、そういう本当に小さな日常生活の一つ一つが有り難い(漢字で書くと、「有ることが難しい」と書いて「有り難い」)って言うんですかね。まさにその言葉通りだなっていうことを、私は病気になって初めて気がつかされたっていうのが現状です。
講師:そうですか。病気というものは、新たなものの見方を提供するということなんでしょうね。
メジローの10段階プロセス
講師:メジローの言う変容的学習には、そのプロセスの中にいくつか段階があると言います。この段階は一つの理念型であって、必ずしも直線的にそのまま当てはまるものではないかもしれませんが、この段階に沿って、桜井さんのがん告知から現在の活動に至るお気持ちの変化についてお伺いしてもよろしいでしょうか。
桜井さん:はい。
講師:まず、変容的学習は、ここでは大きくは「経験(危機的経験)」「批判的振り返り(省察や対話)」そして「新しい行為や役割の統合(再方向づけ)」という3つの流れとして整理しておきます。この流れの中で、メジローは、視点変容が生じる局面として、第1段階から第10段階までの段階がしばしば見られると述べています。
第1段階:混乱するジレンマとの遭遇
講師:この10段階の最初は、これまでの人生では遭遇したことのない混乱するジレンマとの遭遇ということです。このような出来事との遭遇は、心理的危機をもたらすものです。桜井さんの場合、このような予想できない出来事とは、病気の告知、つまりがんの告知だったわけですが、その時の心境はどのようでしたか。よく世の中の景色が全く自分と関わりのないところで動いている感じがするなどと伺いますが。
桜井さん:そうですね。本当に突然の告知になりましたので、告知された直後っていうのは頭の中が真っ白になりました。こういうお話をすると、普通の人は「いや、そんなことないんじゃないか」と言われるかもしれないんですけども、私はどちらかというと、いいことと悪いこと半々ぐらいの時には、悪い方を考えて備えて、自分の気持ちを持っていくっていうことを普段取っているんですけども、この日も悪い方を考えて、悪いことを言われたらこうしようみたいなことまで考えていってはいたんですけども、本当に実際に自分が「桜井さん、悪いものが見つかっちゃったんだよね」っていうような先生からの一言もらった時は、本当にその後は真っ白でした。なんで自分が。なんでこのタイミングで。っていう怒りとはちょっと違うんですね。「なんで?」っていうシンプルな疑問というのが起こりました。
一人称の死との対峙
講師:そうですか。深刻な病気の時に意味ある変容的学習がなされるのは、ギリギリの状況に追いやられて自分と対峙させられるからであるとよく言われるんですが、やはり健康で過ごしている時と日常の生活や人間関係とは全く異なってくるということなのでしょうね。
桜井さん:そうですね。もうこれは本当にその通りだと思います。一人称ですよね。「あの人が亡くなった」「この人が亡くなった」ではなくて、この自分自身、今この景色を見ていたり、あの音を聞いているこの自分自身がこの世から消えるんだっていうことのその危機感っていうのは、全くそれまでのこの観念で考えてる「死んだらこうなるのかな」とか、「死ぬときはこんななのかな」というのとは全く違うものなんだなと思いましたし。ええ、すごく心の底から、なんか、こ、死にたくないっていうことをすごく思って、日記なんかに「生きてやる」っていうような言葉を書いた覚えがありますね。
第2段階:罪悪感や恥からの自己検討
講師:そうですか。次に、第2段階は、罪悪感や恥からの自己検討という段階で、もっと健康に気を付けておけばよかったとか、なぜ自分がこのような目に遭うのであろうといった動揺、不安。そして、他者の視線を気にするなどの意識から自己検討を行うことがなされると言いますが、この時はそういった思いもありましたか。
桜井さん:あります。やはりがんでしたので、去年検診受けていれば良かったとか、仕事ばかりじゃなくてちゃんと健康のことを見つめておけばよかったなとか、あるいは、私、元々薬学部という医学系の専攻しようと思っていたものをわざわざ変更したんですね。そんなこともあったので、そのまま変更せずに薬学部に進学していたら早期発見できたんじゃないかなとかですね、後悔とか、時間をちょっと巻き戻したくなるような、そんなことっていうのはすごく思いました。
講師:やはりそういった時間的に戻らない、戻れるなら戻った方がいいというような思いになるんでしょうね。
3) 図表(講義内容の理解補助:第1・第2段階の位置づけ)
図:メジロー「視点変容」10段階のうち、本講義で扱う第1・第2段階(要点整理)
| 段階 | 原語(代表表現) | 日本語での要点 | この講義箇所 |
|---|---|---|---|
|
第1段階 |
A disorienting dilemma | これまでの前提が揺らぐ出来事(混乱するジレンマ) | がん告知直後「頭が真っ白」 |
| 第2段階 | Self-examination with feelings of guilt or shame | 罪悪感・恥などを伴う自己検討(後悔・自責) | 「検診を受けていれば…」等 |

