ーーーー講義録始めーーーー
変容的学習の課題
講師:さて、変容的学習という言葉で、桜井さんの言葉を借りれば、革命的な意識の変容を生じる経験を伺ってきたわけです。このように、変容的学習の中核には学習者の経験があり、学習者の経験が学習資源と言えるのです。なおメジローは、新しい情報は成人学習における「資源」にすぎず、それが既存の枠組みに取り込まれ、ときに枠組み(ものの見方)そのものの変容が要ること、そして批判的省察や対話が重要になることを述べています。Ecolas
しかし、変容的学習ではいくつか課題も挙げられています。例えば、同じ辛い経験でも学習を生じさせる人もいますが、そうでない人もいるわけです。例えば、同様の経験でもすでに心理的に解決されている場合など、経験がいつも学習を刺激するわけではないとも指摘されています。また、当然ながら、経験に基づく学習が全て変容的であるわけではないわけです。ERIC+1
経験自体が変容をもたらすには十分であるとも言い切れず、重要なのはその経験を批判的に振り返るということ、そして対話を通して意味づけを組み替えていくことにあると言えます。Ecolas+1
振り返りの重要性
講師:しかし、実際このような振り返りという作業はとても辛いものではないでしょうか。
桜井さん:そうですね。やはりあの辛い時期のことを振り返らなきゃいけないっていうのは辛い作業かもしれません。ただ、自分が経てきた体験というようなものを、私はやはり振り返って消化する、自分の人生の経験として消化するという作業はすごく重要なものだという風に思ってます。よく前向きになりなさい、前向きになりなさいっていうようなことをよく言われるんですけれども、そうじゃなくて、私は時には振り返りをすることで自分の歩みというものを再認識する、その作業が非常に成長のためには必要なんじゃないかなと思っております。
講師:確かにそうですね。体験を消化し、自分の経験を意味づけることが、自分の人生を納得することにつながるということなんでしょうね。
桜井さん:はい。
変容的学習の実践方法
講師:ところで、変容的学習をどのように実践するかということについては、具体的に批判的振り返りのための作業として、ジャーナルライティング、事例研究、ロールプレイ、自分史執筆(ライフヒストリーの探究)などが、促進手法として挙げられることがあります。デジタルライブラリNAESウクライナ+1
例えば、ジャーナルライティングは、書くことを通じて自分の内面を見つめることを目的としたもので、ジャーナルという言葉は日記という意味もあり、ジャーナルライティングでは、ものを書き留めることで、記憶を呼び起こし、内省し、自分の経験を整理して意味づけしていく助けとなり得るのでしょうね。ケンブリッジ辞典+2CancerCare+2
桜井さんは、このような例の中で、どれが変容的学習に有効だと思いますか。
日記とブログの違い
桜井さん:あ、これはなんか本当に自分の経験とも重なる部分がたくさんあるなと思っています。例えば、日記っていうのは自分だけなんですよね。他の人に見られない、もしくは見られる時は自分が亡くなった時なんだなっていうことをちょっと考えながら書いていったりします。
で、逆に今度、ブログというようなものが今多いんですけども、ブログという形態だと、人から見られていることを前提としながら、自分を整理していくですね。なので、ある程度客観的に見ながら自分を整理していくというようなことになっていくので、自分自身をエンパワーメントしていく、あるいは、その中で、コメント等々を他の人から入れてもらうことで、逆に繋がりとか、自分の経験が他の人にも役立っているんだなあ、一人じゃないんだなっていうような、そういう気づきにも繋がっていくというようなことがあったなと思ってます。
海外の病院では、このジャーナルライティングのプログラムとかが病院の中で行われていたりとかするので、私はこういうことっていうのは一つ手段としてもっともっと広がっていくといいのかな、なんていう風にも思っています。MSK Giving+1
講師:本当ですね。日本の病院でもこのような取り組みが広がると本当はよろしいでしょうね。
倫理的考慮の必要性
講師:さて、ここまで変容的学習に沿って桜井さんのお話を伺ってきました。最後に、変容的学習の課題も取り上げたいと思います。
変容的学習は、人生を考える成人学習ではとても重要な学習ですが、教育場面で取り入れる場合、当然ですが倫理的考慮が必要となります。大変な経験をしてきた方々の話は、学習を共有する人にとって大きな影響力を持つものです。しかし、そのような個人の経験を学習資源として用いようとする場合、学習する人々の精神状態、ものの見方、パラダイム、意識状態に教育的理由から踏み込み、干渉することになるのではないかという懸念はあるわけです。教育者の側には、学習者の価値を尊重しつつ、権力差や「どこからが押しつけになるのか」を自問する必要があるとも指摘されています。ERIC+1
変容的学習は、人生を考える意義深い学習を可能にする一方で、痛みを伴った個人の経験を扱うために、学習者の感情を丁寧に扱う必要があると言えます。ヨーロッパ成人教育協会
変容的学習の意義
講師:しかし、課題はあるにしろ、変容的学習の意義は、人生で直面する辛い出来事や経験を乗り越え、新たに人生を前向きに捉え直し、前進するという点にあると言えます。変容的学習の成果は、最終的には個人の成長や発達にあります。
成人にとって自分の人生を意味付けたい、あるいは時にとてつもない困難に直面し、そこで悩み苦しむ時、変容的学習はとても魅力的な理論に映ります。変容的学習の理論が成人学習の場面で多く論じられる背景には、経験の省察や対話を通して世界の見方を組み替えるという枠組みが、成人の学びの理解に資するという点があると思います。Ecolas+1
そのため、変容的学習は難解な理論とされながらも、自分の人生を意味付ける根源的ニーズを捉え、経験を成長や発達に結びつける点で、多くの人々が関心を持つ成人学習理論なわけです。ヨーロッパ成人教育協会
メジローは、人は自分の身に降りかかった出来事を理解し、その経験を意味づけたいという人間としての根源的ニーズがあると言います。Ecolas
桜井さんの今後の活動
講師:桜井さんから色々お話を伺ってまいりましたが、桜井さんは今後さらにどのような活動をされたいと思っていらっしゃいますか。
桜井さん:そうですね、3つほどしたいなと思っていることがあります。はい。一つ目はですね、やはり、私は今、患者会というような活動をしていますけれども、サイレントペイシェント(声を上げられない患者)と言ってですね、全く助けてとか、こうしてほしいっていうのが言えないような患者さんっていうのがたくさんいらっしゃるんですね。そういう患者さんたちには出会えません。なので、もっともっと、拾えない声があるっていうことを知って、その声を拾っていきたいなっていうことを思っています。厚生労働省
二つ目は、私は今、がんの活動をしていますけれども、例えば難病だったり、子育てだったり、介護だったり、色々共通のテーマの部分があると思うんですね。人はどうやって生きていくんだろうっていうところだったり、そういうがんの病気にとどまることない活動をしていきたいなっていう風に思っています。
スティグマの問題
桜井さん:あと、3つ目はですね、スティグマ(stigma:烙印)っていうことなんですね。で、スティグマっていうのは、病気と結びつけて人がラベルを貼られ、ステレオタイプ化され、差別されたり、地位の喪失を経験したりするような「否定的な関連づけ」を指すことがあるんですね。世界保健機関 で、先生なども烙印とか色々な意味があると思うんですけども、なんで病気って言えないのかなっていう、うん、なんで言えないのかな、なんで迷惑かけたって思っちゃうのかなっていう。そのスティグマっていうものがなんで生まれてなんなのかっていうところは、すごく考えていきたいなっていう風に。
講師:先生は、このスティグマっていうのはどのようなところから生まれてくるの、どう思いますか。
講師:やはり肉体的に弱くなっているという状態は、やはり弱者とみなされてしまうという意味なんでしょうね。うん。それは社会で生産的に働く人とやはり違うというような、そういったものの見方をする人々が出てくるということなのかもしれませんね。いかがでしょうか。世界保健機関+1
プライベート・スティグマとソーシャル・スティグマ
桜井さん:そうですね。よくスティグマって言った時に、**本人の側に生じる自己スティグマ(セルフ・スティグマ、内在化されたスティグマ)**と、**社会の側にあるパブリック・スティグマ(公的スティグマ)**がある、もしくはパブリック・スティグマがあるっていう風に言われるんですね。PMC+2PMC+2
社会の実際の反応とは別に、本人の側に壁を作って、言えない、どうせわかってもらえないっていう諦めのようなもの。あの人と私は違う。その自分の中の壁があるということ。PMC+1
じゃ、逆に、自分の壁がなく言ったとすると、今度は社会の側に、いや、あの人こうだよね、どうせこうなんだよね、死んじゃうよね、弱ってるよねっていうような、なんか今度、社会の方にある程度の準拠枠だったり、うん、見方っていうものは固まったものはある。そこを今度は乗り越えられない。世界保健機関+1
よくスティグマをじゃあ解決するためにはどうしたらいいんですか、っていうと、うん、知識。お互いが知ること、お互いの歩み寄りっていうようなことをよく言われるんですけれども、研究の言葉で言えば、教育(education)と当事者との接触(contact)といったアプローチが挙げられることもあります。PMC+2PubMed+2
なかなかそれがどうして難しいんじゃないかなっていうことを今感じて、なんとかできないのかな、これはずっと存在し続けるものなのかな、なんていうことを考えています。
メジローの理論で昇華する
講師:おそらく、社会的なスティグマは、桜井さんの活動が広がっていく中で解決の道筋がつくものかもしれません。けれども、その個人的なスティグマというのは本当に難しいものでしょうね。
桜井さん:私、その個人的なスティグマを解決する一つの手段として、このメジローの理論、納得っていうようなところ、うん、すごく重要な気がして、今回このお話を、先生の話を聞いていて、何か自分の中ですごく昇華できたんですね。こういうものっていうのは大切なのかなっていう風に思いました。
まとめ
講師:ありがとうございます。今回は変容的学習について取り上げました。人生の辛い出来事はないに越したことはないかもしれませんが、桜井さんのお話や、桜井さんが手に取られた本の著者、岸本英夫さんの言葉を借りれば、闘病を経て、人生を深く見る目と、本当によく生きる生き方を得たということなんですね。桜井さん、貴重なお話をありがとうございました。
桜井さん:ありがとうございました。
