ーーーー講義録始めーーーー
続いて、国際化と博物館について見ていきます。近年、博物館は多様な人々にとっての「対話の場」「安心して語り合える場」としての役割も期待されており、例えばICOM-OECDは、博物館が文化的対話のための安全で刺激的な場所となることで、文化的多様性への理解を助け得ると述べています。さらに、文化的差異から対立が生じる場合に、博物館は対話のための安全な空間となり、相互理解を促すべきだという考え方も示されています。
また、フォークとディアーキングは、ミュージアム体験が来館者の個人的文脈・社会文化的文脈・物理的文脈の相互作用のなかで形づくられることを論じ、ミュージアムが文化的背景によっては「馴染みが薄く、居心地がよい場ではない」ものになり得る点も指摘しています。こうした視点を踏まえ、多様な文化圏の人々が出会い、つながり、共に学び続ける場としてのミュージアムの可能性について考えていきます。
東京国立近代美術館「Let's Talk Art」の事例
まず、東京国立近代美術館の英語による鑑賞・異文化交流プログラム「Let's Talk Art」の事例をご紹介します。Let's Talk Artは2019年3月22日から東京国立近代美術館にて始まりました。
作品解説を聞くだけの一般的なガイドツアーとは異なり、参加者の皆さんがファシリテーターと会話をしながら、作品の理解を深めていく体験型のプログラムであり、約1時間で3つの作品を鑑賞し、描かれているものやことに基づき、日本と参加者の文化を話し合ったりします。
本プログラムを開始するため、2017年度から準備が進められ、プログラムの設計・試行とあわせて、ファシリテーターの募集・研修なども実施されてきたとされています。
プログラム設計監修等に関わった大髙幸さんによると、本プログラムでは参加者が「日本美術・文化」及び「参加者間異文化交流」を楽しむことを狙いとしています。
これまでの参加者は、日本在住外国人が多く、その知人の海外在住者、観光客や英語力を維持したい美術愛好家の日本人を含みます。修了時のアンケートでは、参加満足度は高く、「他者の異なる視点を知るのが面白かった」「自分だけでは気づかないことを発見できて楽しかった」といった自由記述が記されているといいます。
私自身が参加した回においても、和やかな雰囲気で、文化圏の異なる参加者同士の交流の中で、改めて展示をよく見つめ、作品への理解が深まっただけでなく、日本の文化についても、自分自身もさらに興味を持つことができました。
マレーシア国立博物館ボランティアの事例
続いて、私自身が4年間滞在し、活動したマレーシア国立博物館ボランティアの事例を見ていきます。マレーシア国立博物館は、首都クアラルンプールにあり、主にマレーシアの歴史と文化を紹介しています。
マレーシア博物館局ミュージアムボランティア(以下、MVと呼びます)の募集要項には、2011年当時、MVが非営利・非政府・非宗教の組織であり、すべての人々に開かれているということ、また、国籍や年齢の制約がないことが明記されていました。また、MVのゴールとして、ミュージアムへの人々の意識を高めること、マレーシアの歴史や文化の理解促進を目的とすることが書かれていました。
MVの半数がマレーシア人で、残りは人数の多い順にイギリス、オランダ、フランス、日本、オーストラリアなど、国籍は20カ国以上でした。マレーシア現地及び外国籍の成人がミュージアムという場に集まり、ツアーガイドを中心としたボランティア活動のほか、歴史・文化の学習会やパーティーなどを主体的に実施する中で、お互いの文化を感じ、学び合う。このように多様な人々にとって、ミュージアムは出会い語らう安全な場所となり、そこに学びの共同体が生まれるということをマレーシアで感じました。
マレーシアと日本では状況も異なりますが、様々な国籍の人々にミュージアムが開かれ、そこに学びの共同体が生まれたというこの事例は、大変参考になるのではないでしょうか。
まとめ:ミュージアムの社会的責任
グローバル化が世界を覆う中で、日本にも多様な文化圏の人々が居住し、今後も増加が予想される中、人々が互いの多様な経験や意見に耳を傾け、安心して語らうことのできる場が求められます。ミュージアムが「文化的対話のための安全な場所」になり得るという見方は、国際機関等の文書にも示されています。
セーフプレイスは、日本語では「居場所」と呼ぶ方がしっくりくるかもしれません。
米国博物館協会(American Association of Museums:当時)が1991年5月に理事会で採択した報告書 Excellence and Equity は、博物館を公共サービスと教育の機関として捉え、教育とは探究・観察・批判的思考・省察・対話までを含む広い営みであること、また多元的社会で生産的に生き、地球市民として課題解決に貢献する力を育むことなどを掲げています。こうした宣言(採択)から30年以上が経過しています。
また、資料に富んだ包摂的なミュージアムが、多様な人々の相互理解と信頼を育む「対話の場」になり得るという方向性は、近年のミュージアム倫理・政策の議論とも整合します。
人々のミュージアムへのアクセスを保証し、ミュージアムでの学びの場を共に作り出していけるような取り組みが進むことを願っています。
ここまで伊藤寿朗さんの地域博物館論やいくつかの地域博物館の実践例を概観しました。また、グローバル化が世界を覆う中でのミュージアムの役割について、事例とともに考えてきました。コロナ禍により人々の暮らす環境も影響を受けた中にあって、地域の課題は市民自身が主体となって取り組むことが基本であり、「地域の課題に博物館の機能を通して、市民とともに答えていこうというのが地域博物館である」という伊藤さんの主張の重みは変わらないでしょう。
自分の暮らす地域に改めて目を向け、歩き、感じ、地域の再発見、価値の再発見をしていく。地域は変わらないものではなく、年月とともに暮らす人々も変わり、街並みも変わっていく中で、博物館はそこに暮らす人々とともに資料を収集・保存し、調査研究、展示や教育活動を行っていきます。この蓄積が市民の共有財産となり、市民に利用されていく。多様な市民といかにつながり、ともに地域の再発見を行うのか、実際に地域の博物館を訪れ、思いを巡らせてほしいと思います。
参考図:本文内容の整理
国際化の進展
↓
多様な来館者(文化・言語・経験の差)
↓
ミュージアムの役割
・対話の「安全な場所」
・学びの共同体の形成
・アクセス保障/包摂
↓
実践例
・Let’s Talk Art(対話型鑑賞・異文化交流)
・多国籍ボランティア(学習会・交流・ガイド 等)
