ーーーー講義録始めーーーー
博物館教育資源の全体像と今後の学習
今回は、博物館が提供する教育資源について、まずタバコと塩の博物館の具体例を参照してきました。青木さんのお話から、2つの重要なことが伺えます。
博物館の4つの機能の相互関連
第一に、すべての博物館に通じることは、利用者に実り豊かな教育の機会を提供するためには、博物館の機能である①資料の収集、②保管、③調査研究、そして④展示を含む教育活動のすべての質を、博物館は高めて教育資源を提供していく必要があるということです。
これら4機能は相互に関連しあっています。貴重な資料なしでは、あるいは貴重な資料を保管していたとしても、その価値に関する研究がなければ、資料の真価を私たち利用者が認識し堪能することができないでしょう。
博物館教育の質は、博物館、とりわけ学芸員が行う資料の収集・保管・調査研究活動の質と深く関わっています。
各館の独自性
第二に、教育資源の提供の仕方には、それぞれの博物館の独自性があるということです。たばこと塩の博物館は豊富なコレクションを誇り、所蔵資料とそれに関連するいろいろな教育資源を、特別展ごとに有機的に編成して利用者に提供してきました。
博物館が提供する主要な教育資源
印刷教材の第2章第2節の表2-1は、博物館が提供する主要な教育資源の概要です。皆さんは、これまでこの表の中のどんな教育資源を活用したことがありますか?
(※表2-1そのものは本提示文に含まれていないため、本回答では表の内容自体の現物確認はできていません。)
利用者自らが博物館に関わる教育資源を作ることもあります。展示室での来館者のメモやスケッチ、撮影した写真、それらを活用した感想文や論文、ワークショップの参加者のメモや制作物は、すべて博物館が提供する教育資源を活用して、その利用者が創作する著作物、つまり新たな教育資源です。
建物や施設も教育資源
教育資源の中には、博物館の建物や構築物も含まれます。例えば、京都市学校歴史博物館は、元 京都市立開智小学校の施設を改修して開設された博物館であり 、同館の玄関車寄せは旧成徳小学校の玄関車寄を移築したもので、国の登録有形文化財(建造物)です 。このように、建物や構築物自体が貴重な歴史資料という博物館もあります。
また、博物館の建物内には、大会議室や講義室、利用者の作品を展示する展示室、資料閲覧室、見える収蔵庫、教師や子供向けの図書コーナーや図書室、アーカイブ、視聴覚室、団体受け入れのための荷物置き場等のスペースなど、様々な学習施設が求められるようになってきました。
さらに、実験や制作などの主体学習を中心とするワークショップの実施には、水道や教材収納棚、教材保管庫等が整った実験室や制作スタジオなどのワークショップ室が欠かせません。また、これらを統合した教育センターなどの複合学習施設を併設する博物館もあります。
アウトリーチプログラム
博物館は、まち歩きツアーや野外での自然観察会など、外でもプログラムを提供することがあります。また、学校や公民館、コミュニティセンター、図書館、高齢者施設、病院など、他の機関や団体と連携して、それらの施設でプログラムを実施する場合もあります。このようなプログラムを「アウトリーチプログラム」といいます。
海外には、刑務所で受刑者向けのプログラムを提供する博物館もあります。日本でも、例えば福岡市美術館が、アウトリーチの取り組みとして「どこでも美術館」を展開し、リニューアルオープン(2019年3月)後は、学校等への教材貸し出し、離島・特別支援学校・院内学級など来館が難しい子供たちへのアウトリーチ、高齢者向けアウトリーチへと展開していることが、事例紹介で説明されています 。
印刷教材の図2-5は、福岡市美術館による公民館での高齢者向け「どこでも美術館」のプログラムの様子です。
(※図2-5そのものは本提示文に含まれていないため、本回答では図の現物確認はできていません。)
貸し出し教材
表2-1の中の最後の項目の「貸し出し資料」には、博物館が学校や公民館などに貸し出す教材があります。図2-6は、福岡市美術館が開発したシリーズの教材セット「どこでも美術館」の中の「染め物ボックス」を使ったアウトリーチプログラムで、図2-7は、この教材シリーズの中の「日本画材ボックス」です。
福岡市美術館では、「どこでも美術館」が市内小中学校への教材貸し出し等を含む形で展開していることが説明されています 。また、同館が学校・施設等へ出向いて教材(ボックス)を用いて鑑賞や創作体験の活動を行う趣旨も、同館の発信で確認できます 。
市民参加と教育資源の創造
また、私たちは、個人または集団で博物館に教育資源を提供することがあります。先程の青木さんのお話にもありましたように、資料の寄贈はその一例です。また、資料に関連する聞き取り調査に参加して、調査研究に貢献することもあります。
博物館の側が市民に資料提供を呼びかけることもあります。市民参加型調査はその一例です。大規模なものでは、1970年代から実施されてきた「たんぽぽの生育分布調査」があります。
たんぽぽの種類を調べることで、身近な環境に目を向けるとともに、その環境の現状を知ろうという試みです。西日本19府県で一斉に実施された「たんぽぽ調査・西日本2015」は、博物館や大学等が連携して実施した調査として紹介されています 。また、この調査は多数のデータに基づく報告が公開されていることが確認できます 。
実物標本を郵送してもらった理由は、調査参加者がたんぽぽと思って郵送した植物が、たんぽぽではないことも少なくないからです。集まった7万件を超えるデータに基づく詳細な報告書は、インターネット上で公開されています 。
このように、私たち市民が参画して、博物館の教育資源を創造し蓄積する、いろいろな取り組みが行われています。
また、博物館の来館者やプログラム参加者などの博物館利用者の態度や意見、発言などから何かを学んだら、学んだ当事者にとって、他の博物館利用者も教育資源になり得ます。
対象集団と学習様式
ところで、博物館は万人に開かれた教育機関ですが、教育機会の提供に際し、その対象集団と学習様式をある程度想定する必要があります。
例えば、利用者のライフステージでは、未就学児と中学生、成人、あるいは高齢者では、異なるアプローチが必要であると考えられます。そこで今日の博物館は、利用者のライフステージを考慮した教育機会の提供に努めています。
また、同じライフステージにおいても、博物館の利用法は多様です。例えば小学生の場合、遠足などの学校団体の一員としての利用、放課後や夏休みの自由研究の一環としての個人利用、家族との余暇活動における利用では、博物館の利用目的や文脈が異なるため、選択する教育資源や学習様式も変わってきます。
博物館の教育機会の構成と質は、対象集団と学習様式の選択によって変化します。印刷教材の表2-2は、対象集団と学習様式の主なものです。博物館の提供する教育資源は、この表の対象集団ごとに全く異なるわけではなく、大半が重なり合いますが、今後はこの表の項目を念頭において学習を進めてください。
(※表2-2そのものは本提示文に含まれていないため、本回答では表の内容自体の現物確認はできていません。)
多様な利用者への配慮
例えば、図2-8の国立歴史民俗博物館の常設展示「近世・近代日本と琉球との関係」コーナーを見てみましょう。この展示では、屏風などの実物資料、及び琉球古典音楽と宮廷舞踊等の映像資料を選択して視聴できるタッチパネルに加え、日本語(これも成人用と児童生徒用)、英語、中国語、韓国語、そして視覚に障害のある人のための6つの点で表す点字による解説パネルで構成されています。
(※この段落は「図2-8」に依拠した記述ですが、図2-8自体が本提示文に含まれていないため、本回答では当該コーナーの表示仕様を現物確認できていません。よって、本段落は「印刷教材の図ではそのように紹介されている」という位置づけで扱います。)
つまり、博物館展示やそこでの展示補助教材も、成人や児童生徒、外国人、視覚や聴覚などに障害のある人を想定して、実物資料、映像資料、印刷文字や触って解読する点字による解説などで作られています。
学習様式の分類
印刷教材の表2-2にある学習様式について説明します。
教育のうち、**形式教育(フォーマル・エデュケーション)**とは、学校教育のように制度化され、教育課程や学年・教科などが明確に組織された教育をいいます。
これに対して、**非形式教育(ノンフォーマル・エデュケーション)**とは、学校制度の外であっても、目的や内容が一定程度組織された学習活動(例えば講座、研修、連続講演会等)を指します。
さらに、**インフォーマル教育(インフォーマル・ラーニング/インフォーマル・エデュケーション)**は、日常生活の中で偶発的・非組織的に生じる学び(家庭・地域・余暇活動・メディア接触等)を指すものとして区別して説明されます 。
学校での形式教育における教科の学習は、意図的な学習の典型です。博物館の利用者は、主体的な展示鑑賞やウェブサイト上の情報検索等(インフォーマルな学びを含み得ます)や、体系的な連続講演会など(非形式的・あるいは企画上は形式的に組織される場合もあります)によって、意図的かつ主体的な学習を進めます。
系統学習と主題学習
系統学習とは、ある学問領域をカリキュラムに則り、系統立てて長期的・計画的に学習するもので、学校教育はこの典型です。主題学習は、参加者の関心に基づく探求活動で展開され、系統学習の中にも組み込まれます。
博物館では、例えば歴史系博物館の講義形式の「古文書講座」は、資料としての古文書の特徴や研究法について、初級・中級・上級へと系統学習の機会を提供します。
一方、学芸員などと行う「古文書サークル」は、大学のゼミナールのように、関心のある古文書を参加者が輪読・翻刻して、その意味を探求していく主題学習の場であるといえます。
学際学習
博物館での学習は、その多くが複数の学問領域にわたる学際学習といえます。例えば、古文書研究は、政治史、経済史、産業史、美術史、宗教史、芸能史、服飾史、生活文化史といった歴史学、人類学、民俗学、文学などの学問領域の専攻研究にあたり、古文書の解読を進めます。
言語と実物による学習
言語による学習とは、講義や文献を中心に学習を進めるものです。博物館での学習の中心は、既に学んできたように資料の鑑賞といえますけれども、資料の意味に関する研究成果の紹介や検討・理解には言語が欠かせません。
したがって、博物館は、児童用・成人用、あるいは日本語・外国語など、多様な対象者を想定して、言語でのわかりやすい解説を心がけています。
集団学習
また、集団学習のうち、一斉学習とは、学校のように多数の人々が講師の指導のもとに同時に学習を進めるようなものをいい、小集団学習は、少人数のグループ内で主題学習を中心に進めます。
オンライン化の進展
博物館が提供する教育資源は、移動できない(不動の)実物資料である建物・構築物・遺跡・庭園などを除いて、大半が博物館外で利用可能であり、資料に関わる研究成果、すなわち著作物は蓄積され続けます。
博物館のウェブサイトを確認することにより、その館が提供する教育資源の概要を把握できる便利な時代になりました。近年は、ウェブサイト上で、論文や調査報告書、児童向け教材、収蔵資料などを、検索可能なデータベース化し提供する博物館が増加し、利用者の利便性がいっそう高まっています。
さらに、2020年以降、新型コロナウイルス感染拡大に対応して、オンラインでの発信やデジタル活動を強化した博物館が一定数見られたことが、調査報告等で示されています 。
まとめと今後の学習
今回学んだように、博物館が提供する教育資源は、その多くが共通しますが、各館による独自性があります。今後、学習を進めるにあたり、まず関心のある複数の博物館の教育資源を、オンライン上及び各館内で調査し、それぞれの博物館の教育資源の全体像と特徴を比較検討してみてください。
その上で、自分が活用している、あるいは活用してみたい教育資源は何か、そして教育資源としての実物資料を鑑賞する意義を考えてみてください。
なお、今回をはじめ、今後毎回、ゲストをお迎えして、各回のテーマについて、印刷教材に含むことができなかった詳しいお話を伺います。放送をお聞きの皆さんは、放送教材では触れることができなかった印刷教材の部分は読んで、学習を進めてください。
