ーーーー講義録始めーーーー
課題提起教育の実践例―デンマークの事例
博物館教育が目指すのは、博物館とその利用者との民主的な対話、共同探求に基づき、両者が互いに成長するとともに、様々な社会問題是正に向けて、共に学び、共に積極的関与をしていくことです。
教育をこのように捉えるならば、博物館教育では、学芸員は博物館利用者が直面する様々な課題を察知し、その当事者、とりわけ社会的弱者と共同して、館内外の物的・人的資源を活用し、展示やプログラムなどを設計・実施して、課題提起をすることに始まり、広く博物館利用者とともに、それらの課題をじっくり考え、関与する機会を創造していきます。
日本にも格差や不平等は様々な分野で現存します。これまで参照した博物館の取り組みも、意義深い課題提起教育の実践例であふれています。
フレイレが提唱する課題提起教育の考え方は、博物館が来館者と対話し、社会の課題をともに考える参加型・対話型の教育実践を構想するうえで、重要な参照枠の一つになってきました。寺島さんは、海外の博物館も訪問されていますが、これまでに訪問した博物館の中で、課題提起教育を実践していると思われた博物館は、どんな取り組みをしていましたか?
そうですね。例えば諸外国の美術館は、美術作品を通して社会の課題に取り組む姿勢が、日本より一層顕著だと感じることがあります。特に現代美術には、気候変動や格差、人権など、現代社会の課題を主題化した作品も多く、ギャラリートークでそうした作品を介して、社会的な課題について話し合う姿を見る機会が何度かありました。
例えば、2017年にデンマークの首都コペンハーゲン近郊イショイ(Ishøj)にあるアーケン美術館(ARKEN Museum of Modern Art)で、14歳から15歳の生徒を対象にした、社会の課題に正面から向き合う大変興味深いプログラムが行われているのを見る機会に恵まれました。これはアーケン美術館が一つの学校と連携して継続的に行っていた取り組みで、学校と美術館の双方において授業を行うということでした。この連携プログラムへの参加を決めた経緯についても、寺島さんの見聞では、美術の担当ではなく国語(デンマーク語)の先生が中心になっていた、ということでした。
この時のプログラムは、デンマークの現代アーティスト、マイケル・クヴィウム(Michael Kvium)が企画した『サーカス・エウロパ(Circus Europa / Cirkus Europa)』という展覧会(ARKENでは2017年9月2日〜2018年1月14日開催)が題材になっていました。現代を象徴する観光・娯楽、ニュース、難民、戦争、気候変動といった事柄を想起させるモチーフを、皮肉とユーモアを交えて、サーカスのショーに見立てて構成した展覧会です。
私が美術館を訪問した日、生徒たちは最後の展示室を残して、展覧会はすべて鑑賞し終わり、最後の展示室に飾りたい作品を制作するという美術館から出された課題を持って美術館にやってきていました。生徒たちは最後の展示室で思い思いの場所に自分のコラージュ作品を置いて、作品のプレゼンテーションを行いました。作品の画像をお見せできなくて残念ですが、生徒たちは自分なりにヨーロッパの社会問題を作品に表現していました。
また、この日は、展覧会に関連して、ヨーロッパ社会に見られる様々な職業が書かれたカードから、無作為に1枚引いて、そこに書かれていた職業からインスピレーションを受けて、彫刻作品を作る授業も行っていました。
いずれも創作活動を組み込んだ美術館らしい学際的なプログラムでしたが、創作の背景には今日のヨーロッパが抱える課題や、ヨーロッパ社会がどこへ向かっていこうとしているのかを考えさせるプログラムになっていたと思います。
