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博物館教育の評価はどうする?学習効果・来館者研究・プログラム改善の実践法 #放送大学講義録(博物館教育論第15回その6)

ーーーー講義録始めーーーー

 

評価と専門職教育、学習施設のあり方

 

寺島さんの学芸員としての見識と長年のご尽力に敬服しております。では、日本の博物館が教育活動を展開していくには、何が必要だと思われますか?

今お話ししたように、人員の問題がある以上、プログラムの種類や実施回数を増やすという展開はなかなか難しいと思います。それより、種類や回数は少なくても質の良いプログラムを実施することに努めることは大切だと思います。これは教育担当者の専門性や地位向上にもつながることではないでしょうか。

そこでプログラムの改善のための評価を行い、その報告書を出すことです。大高さんが関わられたブリヂストン美術館、現在のアーティゾン美術館ですが、そのファミリープログラムは、旧ブリヂストン美術館の展示室で2001年から2015年にかけて実施された取り組みで、活動の蓄積や振り返りが行われてきました。
そうした評価調査を頻繁に行うのは大変なので、まずはプログラムが終了した直後に簡単なアンケート調査を行って、評価のためのデータを蓄積することから始めるのが良いと思います。そうした調査は、同時に博物館の利用者とのコミュニケーションにもなりますから大切です。

継続して評価を行っている例として、例えば、日本科学未来館の来館者調査や活動報告に見られるような取り組みがあります。未来館では、来館者を対象とした意識調査(退館時の面接聞き取り調査等)を行い、展示やプログラムに関する評価指標を示して、事業運営に反映させることが報告されています。
こうした評価を継続して行うために、適切な調査方法を選択することや、評価のための体制づくりなど、さまざまな工夫をしていると考えられます。

また、印刷教材の第14章で紹介している美濃加茂市民ミュージアムの学習評価も、学校の博物館利用における学習活動をどのように捉え、改善に生かすかという観点から、継続的に実施・検討されてきた例として位置づけられます。そこでは、学習プログラムの改善に役立てると同時に、「心」「感性」「交流(行動)の広がり」「発展」といった観点から、博物館ならではの学習効果を分析・考察する枠組みが論じられています。
こうした地道な評価活動は、教育活動を展開していく上で求められることの一つだと思います。

全く同感です。美濃加茂市民ミュージアムの継続的な学習評価は素晴らしいと私も思っております。自らの活動や事業の評価をするということは、あらゆるビジネス、非営利組織が存続し、利用者のニーズに対応していくために、経営上必要不可欠の仕事ですね。

博物館教育では、学習の評価に関連して、フォークとディアーキングが示した「学習の文脈モデル(Contextual Model of Learning)」が示唆するように、博物館での経験が、その後の生活や経験と結びつきながら意味づけられていく側面があります。博物館体験は、個人・社会・物理的文脈の相互作用の中で理解され、時間の経過とともに学びや意味が再構成されうる、と考えられます。
そう考えると博物館での学習評価は今後どうあるべきでしょうか。

難しいですね。学習評価の方法論が確立しているわけではないので、正解はありませんが、来館者研究の分野で言われているように、一つはアンケートによる量的な調査に加え、大高さんが参画されたブリヂストン美術館の調査で実施されたようなインタビューによる質的調査を行うことだと思います。博物館での体験を終えた学習者のその後の経験を、その人の経験全体での位置づけとして捉えようとすれば、本人から直接多くの情報を得ることができるインタビューの手法が適切だと思います。

それから、学習や経験の意味が時間の経過とともに変容することを考えると、質的調査は一定期間を置いて複数回実施することで、その複雑な全体像が見えてくるのではないでしょうか。いずれにしても、学習評価の方法論は確立していない分、様々な可能性があると言われていますので、これを博物館の教育担当者だけで行うのではなく、専門家や研究者と連携して進めていくべきだと思います。

先ほど博物館の人員確保の問題は、博物館の財政基盤の問題であり、社会全体が不況のときは、増員は難しいというお話がありましたが、同様に厳しい条件下にある諸外国の事例では、博物館が教育活動の意義を示すために、利用者の変化や学びを捉える調査研究(アクションリサーチを含む)を行い、その結果を公表しながら、行政や教育関係者、専門家に理解を広げる努力を重ねてきたという文脈で語られることがあります。ICOM京都大会(2019)の公式報告でも、社会の期待に博物館がどう応えるかを討議する場であったことが示されています。
近年では、寺島さんもご指摘されているように、学習評価が難しいという理解が進み、一定期間を経た後に博物館での経験の意味を利用者が振り返った結果を質的に捉える調査が重視されてきました。

ブリヂストン美術館のファミリープログラムに関わる実践や記録の蓄積も、長期にわたる家族の鑑賞体験を捉えようとした点で意義深かったと思います。
日本は財政状況が厳しい公立博物館が大半ですので、博物館の教育的価値を運営母体である行政に理解してもらうことが必要で、予算獲得のための根拠として教育活動の評価・発表を行い、成果につなげている学芸員もいらっしゃいます。こうした自己評価の戦略的実施・活用が日本の博物館界でもさらに広がり、ICOMを始めとする国内外での教育評価に関する発表が増えていくことを期待します。

では、こうした力量も求められる学芸員の専門職教育は、どうあるべきでしょうか。

博物館での教育活動の多様化・拡大化という変化に対応するために、教育担当学芸員を対象とする専門性に根差した研修を継続的に実施することが求められています。そうした研修の機会は、博物館の様々な連携組織や、博物館学、教育学といった教育担当学芸員の専門領域に関連する学会、あるいは大学や文部科学省などの政府機関によって提供されるようになってきました。

そして、こうした研修と並行して、今後重要になってくるのは、博物館教育の基準なのではないかと思います。例えば、欧米の国々では、博物館組織の中にある教育の委員会、あるいは博物館教育専門組織などが中心となって、基準づくりをしている例があります。こうした基本となる方向性を示すものがあると、活動の目的や質を共有することができると同時に、活動の改善にもつながるのではないかと思います。

そうですね。専門職である学芸員や博物館自体が目指すべき教育活動に関する基準づくりも必要ですね。教育資源でもある博物館の学習施設はどうあるべきでしょうか。

教育活動を充実させるためには、展示やプログラムを企画運営する人材の育成だけでなく、それらを実施する場所である建物の物理的環境を整えることも重要です。本科目の各回で学んできたように、多様な教育の機会を提供するためには、講義室や講堂、利用者の主体的な学びを促すディスカバリールームや資料コーナー、体験学習のための実験室、ワークショップのための創作室、市民のためのギャラリー、図書室、アーカイブ、視聴覚室、教材保管庫や見える収蔵庫など、展示室以外にも様々な施設が必要となってきています。

博物館はこうした個々の施設を整備して、プログラムを提供することも大切ですが、利用者が積極的に自ら博物館を活用したくなるように、博物館の建物自体を利用者に向けて開いていくことも重要です。

例えば、金沢21世紀美術館は、中心市街地に位置し「誰もがいつでも立ち寄れる」ことを重視し、ガラスの円形建築による開放性や明るさ、「公園のような」場としての理念が説明されています。また、様々な方向からアクセスできる入口の考え方や、ガラス壁・開放的な回廊空間が“気軽に立ち寄れる美術館”という思想と結びつけて語られています。

また、一つの建物それ自体を構造的に外に開くのではなく、水戸芸術館のように現代美術ギャラリーを劇場やコンサートホールなど他の文化施設と統合し、より多くの人々が集う場所を作り上げることで、人々に施設を開放していこうとする例もあります。水戸芸術館が、コンサートホール、劇場、現代美術ギャラリーを備えた複合文化施設であることは公式にも示されています。
この発想は、たとえば国立西洋美術館の計画段階で、ル・コルビュジエが美術館に加えて企画展示館やホール等を含む複合的な構想を描いていた、というエピソードとも対照しながら理解することができます。

こうした敷地を含めた建物全体のデザインだけでなく、個々の学習施設についても、理想的には新設の建物として、最初から設計計画に盛り込まないと実現することは難しいでしょう。しかし、既存の博物館でも増改築の際、こうした施設を新設する、あるいは東京都美術館が上野公園内の複数の文化施設と連携してプログラムを展開している例のように、周辺の社会教育資源を活用して学習機会を拡張していくことも可能でしょう。

日本の博物館の発展に尽力した棚橋源太郎についても、博物館の社会教育機能の充実や、展示・建築を含む運営の工夫を重視する文脈で論じられています。博物館が意味のある充実した活動を実現するためには、建物や施設の整備も、活動の意図と結びつけて構想されることが望まれるのです。