ーーーー講義録始めーーーー
利用者主体の博物館へ―今後の展望と提言
同感です。では、日本の博物館が抱える問題、例えば職員体制・所蔵資料・財政基盤の問題を改善するために、利用者にできることにはどのようなことがあるでしょう。
職員体制という点では、日本の博物館で多くのボランティアスタッフが活躍しています。活動内容については、賛否両論ありますが、博物館と利用者に対してすでに大きく貢献してくれていると思います。
所蔵資料・財政基盤という2つの点では、個人コレクターからの寄贈に期待したいです。そもそも国立西洋美術館は、松方幸次郎の個人コレクションが基盤となって設立されました。 そして、設立以降も個人コレクションの寄贈を受け入れてきました。2012年には橋本貫志さんが収集された約870点に及ぶ貴重な指輪のコレクションを寄贈していただきました。
それから西洋美術館が所属する独立行政法人国立美術館として寄付オンラインサイトを立ち上げて、事業別に寄付を募っていますので、美術館を利用される方はご自身が充実してほしいと思われる事業に寄付できるようになっています。 こうした博物館側からの発信も必要なことだと思います。
資料の寄贈や市民参画型調査への参加は、利用者が博物館の教育資源である資料収集・調査研究を担う活動ですね。私は利用者主体の博物館が、博物館と利用者の民主的な関係で成り立ち、私たちの課題を共に考えるということが、利用者が日本の博物館が抱え続けてきた問題解決を考える上で重要だと思います。それは、博物館が素晴らしい教育機会を提供していると評価したとき、利用者がそれを公表するということです。
利用者の意見を展示に組み込む事例も増えてきました。第14回の立命館大学国際平和ミュージアムの2018年の企画展「8月6日」がそうでしたね。
広島への原爆投下を主題として、戦後70年以上を経て、戦争体験の継承のあり方を問うこの企画展では、来館者が展示の中で感じたこと・考えたことをアウトプットするための空間を展示室内に設けるなど、来館者の振り返りと主体的な思考を促す工夫が示されていました。
入力された答えの一部は出口付近で映像にして流され、かなり多くの来館者が立ち止まって、映像に見入っていたとおっしゃっていましたね。来館者に主体的に考えてもらうために、振り返りに企画展の3分の1のスペースを費やし、第2部の「8月6日のワンピース」の資料としての妥当性などについて、来館者も意見を表明するとともに、映像を通して他の来館者の意見から学ぶ仕掛けがされた意欲的な展示だったことを、受講者の皆さんも覚えていらっしゃることと思います。
博物館のアンケートに記述したり、SNSで意見を表明したり、今日は博物館が提供する教育機会の評価を公表する利便性も増してきました。評価には「面白くない」といった否定的な評価もありますが、「素晴らしい」「感動した」「この点が良かった」といった肯定的な評価もあります。
とかく評価では不十分な点が目につきやすいですが、博物館の教育活動の肯定的評価を利用者が、身近な例では、SNSへの投稿、ひいては学術論文などで公表することは、教育機関としての博物館の社会的認知を高め、職員体制・所蔵資料・財政基盤といった運営基盤の脆弱性が長年の問題になっている日本の博物館には必要だと思います。
どんなに不況でも、社会インフラとしての学校・病院はなくなりませんね。それと同じように、私たちの生涯にわたる教育において博物館の価値を理解し、応援する利用者が日本の博物館には必要だと思います。
そうですね。利用者による高い評価の発信は、より多くの人々の博物館利用につながっていくので、利用者主体の博物館にとって重要ですね。今後、博物館の国際的な議論で重視される方向性に照らして、その状態を維持していくために、今、日本の博物館は組織と予算に裏打ちされた館全体による組織としての経営努力をする必要があります。さもなければ、運営上の不備に起因する各館の状態と、国際的に求められる水準との間にある課題を解消することは困難であると危惧します。
今、放送をお聞きの皆さんもぜひご自分の博物館利用経験に基づいた博物館の評価を発信してください。
博物館教育の質の向上を図る上で、博物館とその利用者が共に留意すべき点を3点挙げます。
第1に、日本の博物館では、「教育普及」という言葉が一般化しています。「普及」は、知識や情報などが広く行き渡ること、また行き渡らせることを指しますが、文脈によっては、知識を有する側から知識を持たない側へと一方向に広めるというニュアンスを連想させがちです。そこで、この語が含み得る一方向性の含意を点検しつつ、近年国際的に議論されている博物館と利用者との民主的な関係に基づく博物館教育、あるいはデューイが重視したコミュニケーションを基盤とする双方向の教育観との整合を意識する必要があります。
第2に、第1の点と重なりますが、博物館では往々にして広報と教育の混同があります。博物館の教育活動が顧客増という運営上の課題から注目されてきたことが要因として考えられますが、博物館における広報の目的は利用者に事業を知らしめ、利用を促進することであり、教育の目的は利用者の学習の機会をともに創造し、共に成長することです。この混同は、博物館を学校と置き換えて考えればよりわかりやすいと言えます。学校教育では専門的な教育を受けた教師が担当します。博物館においても、専門的な教育を受けた学芸員、つまり研究者であると同時にエデュケーターとして、教育の全体を統括することが必要でしょう。
第3に、博物館は、利用者が個々の学習経験を統合していく契機となり得る点で、学習の場であると同時に、教育的な機能を持つ場でもあります。博物館を介した学習の肝心の部分は、利用者自身が学んだと意識していない非意図的・偶発的学習であることも重要な要因です。フォークとディアーキングの「学習の文脈モデル」や、ワークショップにおける経験の質などを勘案し、博物館側も利用者側も協力して、ともに考え、共に行動する場を博物館内外に創造することが重要です。
15回にわたるこの科目も終わりに近づきました。博物館に滅多に行ったことのない方にとっても役立つ博物館教育の理論と実践のエッセンスを毎回検討してきました。あなたの博物館利用は、この講座によってどう変わっていくでしょうか、あるいは変わらないでしょうか。
ジョン・デューイは理論と経験の関係について、次のように主張しています。
「1オンスの経験の方が1トンの理論に勝るのは、どんな理論でも経験において初めて生きた検証可能な意味を持つからにほかならない。経験は非常につまらぬ経験でもいくらかの理論、すなわち知的内容を生み出し、支えることができるが、経験から離れた理論は、理論としてでさえも明確に把握することはできないのである。」
一次資料の鑑賞を核とする博物館教育もしかりです。私たちの生涯にわたる教育の1つの要素として、博物館が貢献できることを願っています。様々な場におけるコミュニケーションを通した利用者の博物館に関する意見交換によって、博物館も変わっていくことを一緒に学んできました。コミュニケーションによって博物館利用者の知識を社会に活かすことができるというこの科目で学んできた理論を、自らの経験の創造によって検証し、自他の成長に役立てていきたいと思います。
ありがとうございました。
