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行政法の特色を一気に理解:大気汚染防止法の予防規制・総量規制と「執行(監督)」の役割 #放送大学講義録(行政法第1回その7)

ーーーー講義録始めーーーー

 

行政法の特色②:専門的監督と今後の課題
他にも例を挙げますと、今回は工場が排出する有害な煙、それをちょっと取り上げたいと思いますけれども、こういった有害な煙によって付近の住民が健康被害を受けた、そういう事例を考えてみたいと思います。
最近は、いろいろ科学技術が発達しまして、過去の高度成長期と比べると、大気環境は全体として大幅に改善してきた、と説明されることが多いですね。実際、東京都の資料でも、工場等のばい煙規制や自動車排出ガス対策などによって、COやSO2、またNOxやSPMなどが大幅に改善してきた、という整理が示されています。 ただし、物質によってはなお課題が残るものもありまして、例えば光化学オキシダントなどは環境基準の達成が容易ではない、という指摘も公的にされています。 ところが、高度成長期の公害問題、ご存知だと思いますけれども、過去において重大な問題を引き起こしていたんですね。

こういった健康被害の問題にどう対処するかということですけれども、結論から言うと、刑法や民法による対処も効果はあるんだけれども、やはり限界が存在するということになります。
民法のもとでは、この不法行為法というのがありまして、もし企業がいろんな住民に損害を与えると、被害者に対して損害賠償を支払わないといけない。被害者が訴えて、損害賠償の支払いを求めて、裁判所がそれを認めて、損害賠償の支払いを企業に命じる、そういった解決策が採られることが多いわけですね。これは事後的な解決ということになりますが、損害が起きた後、損害を金銭に換算して賠償金を支払わせる、それによって金銭的な救済が達成される、ということだと思いますね。

刑法による解決策の場合は、企業の経営者を業務上過失致死傷罪、そういった犯罪で処罰するという方法があります。つまり、実際に仕事、業務の過程で、業務上必要な注意を怠って人を死傷させた、という場合には刑法211条が問題になりますね。法定刑としては、5年以下の拘禁刑(改正前は懲役・禁錮)又は100万円以下の罰金、という枠組みが定められています。
ただ、現実には、公害型の事案では、原因行為と個別の健康被害との因果関係の立証が極めて困難になり得る、という困難性が指摘されてきました。 そうすると、刑法による対応だけで十分に問題が解決できるのか、という疑問や、限界が語られることがあるわけなんですね。

そこで、民法や刑法による解決策には不十分な点があるんだということで、1つ目は、原則として損害が発生した後の事後的な救済であるということが問題ですね。裁判をして救済を求めるということになりますが、実際に裁判で有罪になるかどうか、損害賠償の支払いを求めて裁判所が請求を認容してくれるか、そういう問題がありますが、確実なものにはならない。つまり、証明ができないとか、証拠が足りないとか、そういうことで裁判所が認めてくれないということも起こり得るわけですね。
また、さっき出てきた事後的な救済ということがありますね。事後ということになると、重大な健康被害が生じた後、生命が失われた後で、金銭をもらったとしても、それは確かに救済かもしれませんが、十分な救済とは言えないと。もっと元の状態に戻してほしいと思うかもしれませんが、それは実際には不可能だったりすることがありますよね。

そこで、損害が発生する前に対策を講じることが必要だと。もしその有害な煙が排出されて健康被害が起きそうだということが明らかなのであれば、それを規制してしまおう、自由を制限しよう、そういうことになるわけなんですね。
そこで、この行政法の世界ですね。いろんな法律があるわけですが、代表的なものとしては大気汚染防止法という法律がありますね。大気汚染防止法という法律を制定して、工場の排煙等に対して規制を及ぼしているのだということになりますね。

この法律は制度が多層的でして、いろんな仕組みがあるので内容が難しく感じられることもありますけれども、概要を説明しますと、例えば、ばい煙等について国が排出基準を定めて、排出基準に適合しない排出は許されない、という枠組みをとっています。 そして、それに違反するおそれがある場合などには、行政側が改善命令を出したり、場合によっては施設の使用の一時停止を命ずることができる、という仕組みが置かれています。 さらに、法は罰則も定めていて、違反に応じて罰金などの刑罰が科され得る、という形で実効性を担保しているわけですね。

ポイントは、健康被害が出てしまう前に、そのおそれがある以上、早め早めに対策をとってしまうということになりますね。
さらに、この法律の面白いところは総量規制というものがありますね。つまり、一つ一つの工場から排出される量が小さくても、その地域に工場が集積すると、全体としての負荷が大きくなり得る。そこで、施設ごとの基準だけでは環境基準の確保が困難な地域について、指定地域を前提に、大規模工場などに工場ごとの総量規制基準を課す、という考え方が採用されています。 その場合には、地域の大気環境の確保という目標との関係で、工場単位で上限を意識した運用がなされる、という理解になるわけですね。

健康被害等が生じていなくても、法律で特別な義務を定めることで排煙等に含まれる有害物質を減少させる、ということで、これが行政法の特徴の1つ、予防的対策ということになります。
これを受けて、企業や工場の経営者としては、そのような有害物質を低減する装置、例えば集じん設備や各種フィルターなどを設置して、排出を抑える、そういった対策が取れるわけですね。当たり前と言うかもしれませんが、こういった大気汚染防止法の仕組みの中で実施されているってことを覚えておいてほしいと思います。

もう一つの行政法の特徴は、行政機関による監督、行政機関で働いている公務員による監督ということにもなりますね。いろんな分野があります。行政法は非常に幅広い分野を含んでいまして、環境はもちろん、社会保障とか、インフラ整備とか、そういった分野がありますね。そういった専門分野に、専門的知見をもった職員が公務員として配置され、制度運用や監視・指導・命令などを通じて、問題に対処する、そういう仕組みが導入されているということがありますね。
古物営業の場合も同じことで、都道府県公安委員会が所管し、実務としては警察が関与する形で、古物営業法の適正な運用・取締りが行われる、という整理になりますね。

そしてまた、先ほど説明したように、法律に違反する疑いがある、法律違反がある場合には調査をして、適正な手続きをとって、いろんなペナルティーを科して、その是正を図る、そういう仕組みを取るわけですね。
また、大気汚染防止法についても同様で、専門的な知見を踏まえつつ、基準の設定や監視、命令等によって、合理的な対策を取れるようにしているということもあります。 また問題として、新しい科学技術が発達して、新しい化学物質が開発される、その有害性、それが本当に健康に有害かよくわからない。そういう場合に、行政が専門的に評価し、必要に応じて規制の対象や対策を見直していく、ということになります。

これらの公務員は、結局、法律違反がないかどうかということを監視・監督する、そして違反に応じて行政処分等を用いて違反の是正を図る。法律を制定するだけではダメで、その法律に基づいたルールがきちんと守られるよう監視・監督するということも当然重要になってくるわけですね。
法律の執行と呼んでいます。行政の仕事のことで、法を現実に実現するための働き、という意味で執行の過程というふうに呼ばれているわけですね。

だということで、行政処分というのは人々の自由を侵害し得るものですので、公権力の行使は必要な範囲に抑える必要が出てきますね。そのためにいろんなルールや原則というのがありますので、それらについてもまた学んでいきたいと思いますね。

ということで、社会で起きる様々な問題があり、問題が増えていくと、それに応じていろんな法律の数も増えてくる、そういう関係になりますね。法律の数が増えると、それを執行する体制も必要になりますから、行政組織の負担が増える、ということにもつながります。これは、公務員の人たちの頑張り、貢献があるんだけれども、一方で、規制が過剰になったり、自由の制限が強まりすぎたりして、経済活動に影響が出るのではないか、という問題意識も出てくるわけですね。
最後に、ちょっとこういった問題についてちょっと見ていきたいと思いますね。

1つは、公務員のお給料ということになりますけれども、公務にかかる人件費が問題になりますね。体制を拡大すればその分財政負担も増えますから、他の予算との調整や税負担の議論にもつながる。そこで行政改革というふうに言われるわけですけれども、行政をスリム化する、という話が繰り返し語られてきました。
確かに、スリム化が必要だという局面もあるんだけれども、逆に減らしすぎると、今度は十分に公の利益、公益が達成されなくなるので、本当はちょうど良いバランスを見つけないといけないんですが、実際にどこが適正かは簡単には決まりませんね。

また、規制を強化しすぎると、経済活動の自由が失われて、企業が創造的に活動できなくなってしまうといった、いろいろ新しいイノベーションを阻害してしまう、ベンチャー活動を阻害してしまう、そういったことがありますよね。従来の制度というものが、新しいビジネスモデルなんかにうまく合わない、そういうことがあるんですね。
なんで、公益を守りつつも、時代が変わって必要性が失われた、そういうものについては見直す必要がありまして、これも規制緩和というふうに呼んでいますが、これも長く問題であり続けてきました。唯一の正解があるわけではないんですね。

例えば、公衆衛生の現場では、保健所の体制がコロナ禍で大きく注目され、統廃合や人員体制、応援・受援の仕組みなどが課題として論じられました。 もちろん、対応の困難さは感染拡大の規模や業務量、制度設計など複合的な要因がありますが、執行体制が十分かどうかを点検する必要がある、という問題意識自体は重要だと思いますね。

結局、その均衡点というバランスというのは大事になってくるわけですが、そのバランスがなかなか難しいということになりますね。ただ、皆さんが積極的に関心を持って、これはちょっと行き過ぎではないか、あるいは逆に、もっと規制緩和して自由化できるんじゃないか、そういったことを議論し続けることで、より良いバランスに近づけるのではないかと思いますので、ぜひこういった問題についてもこの授業で学びながら考えてほしいと思います。
さて、これで第1回の授業はおしまいになります。次回は規制行政について学んでいきたいと思います。内容としては食品衛生法になりますけれども、それをもとに規制行政について学んでいきます。

 

図表(1枚で整理:事後救済→予防規制→執行)

 

目的 民法(典型) 刑法(典型) 行政法(典型)
基本の狙い 損害の金銭賠償(事後救済) 犯罪への制裁(事後対応が中心) 被害の未然防止(予防)+実効性確保
仕組み 不法行為→訴訟→賠償命令 立証→有罪→刑罰(211条等)  基準設定→監視→命令(改善・停止等)+罰則 
公害型での難点(例) 因果関係・損害額立証 因果関係立証の困難性が指摘  早期介入と専門的監督でリスク低減