ーーーー講義録始めーーーー
苦肉の策と法改正の必要性
警視庁の対応
こういった問題があって、今回の立入調査の場合も、警視庁も十分それを自覚していたわけなんですね。それでなんとかいろんな方法を考えたのだけれども、結局、警察官・警視庁がやる調査の主たる説明としては、あくまで風営法の施行に必要な限度で、例えば従業者名簿の備付け状況や営業時間など、風営法上の遵守事項に関する確認である、
という建て付けにしたということになります。
そのついでに、東京都の職員が同行して、店舗側の了承を得た上で、その感染防止対策について確認し、説明するということになりますね。実際、報道でも、店の同意を得た上で都の職員が消毒・換気・マスク着用といった対策について説明した、という形で伝えられています。
したがって、その感染防止対策に関する確認というのは、あくまで任意に、つまり店舗の経営者の同意を得た上で確認させてもらうということですよね。そうすることによって、この法的根拠の問題をできるだけクリアしようとした、そういう説明になるわけなんですね。
苦肉の策の構造
これも苦肉の策なのですが、とにかく調査は必要であると、しかし東京都職員だけが行っても断られてしまうかもしれない。なので、まず警視庁の警察官が調査に行って、これは風営法の施行に必要な限度で認められた立入であり、正当な理由なく拒否・妨害・忌避すれば罰則の対象になり得る、そういう意味で法令に基づく受忍義務が伴う調査ですから、店舗側も簡単には拒みづらいわけですね。
もちろん、客が在室する個室等は立入の対象外とされていて、無限定にどこにでも入れるわけではないのですが、それでも営業所内に立ち入って確認すること自体は制度上可能である。
そこで店舗の中を見せないといけない、そこに東京都の職員が同行して中を確認するという、ちょっとこういう2段階というか、こういった対策が取られたということなんですね。
特措法改正前の状況
結局のところ、2021年の改正(公布2021年2月3日、施行2021年2月13日)より前の特措法の枠組みでは、現在のように、要請・命令の実効性を確保するための報告徴収や立入検査といった調査権限が条文上明確に整備されていなかった、という問題意識がありました。
その後の改正では、まん延防止等重点措置や緊急事態宣言下の要請・命令等と結び付いて、都道府県知事に報告徴収・立入検査等の調査権限(特措法72条)が認められる、という形で制度が整備されています。
なので、改正前の段階では、本来であれば権限行使の根拠が十分に用意されていない中で、世論の批判が非常に強まった、感染拡大防止を急がなければならない、そうした状況も背景にして、現場が苦労しながら対応した、という構図として理解できるわけです。
感染症法の限界
また、感染症法にも確かに調査の枠組みがあるんですね。典型は積極的疫学調査(15条)で、感染拡大防止のために、患者本人や関係者等に対して調査を行う、そういう制度です。
ただ、施設に対して「予防のために広く一般的・包括的に立ち入って検査する」といったことを、感染症法だけで一般的に根拠づけるのは簡単ではありません。感染症法の措置は、病原体に汚染された、又は汚染された疑いがある、といった要件と結び付いて設計されている部分が多いからです。
ですので、一定の発生や疑いに結び付いた場面であれば調査や措置が展開され得るとしても、汚染の疑い等の要件と切り離して、広く一般的に一斉の立入をする、というのは法制度上は難しい、そういう限界が意識されるわけです。
そしてまた、特措法も先ほど説明したように、改正前の段階では、現在のような立入検査等の調査権限が明確に整備されていなかった。ということで、この風営法の立入の枠組みを“梃子”にするという発想が、現場の苦心として出てきたのではないでしょうか。
法目的の解釈をめぐる議論
ここまでの説明で、確かにその通りだ、こういった調査は良くないんだと思う人もいればですね、やっぱり釈然としないというふうに思った人もいるかもしれませんね。やはり、目的をあまり厳格に解する必要はないのではないか。つまり法律の目的から多少外れるとしても、公の利益・公益のために行政庁が規制権限を行使することは許容されるとも言えるわけなんですね。
ですから、目的外利用、権限の濫用という統制は重要なのですが、緊急時にはより柔軟な理解が必要だ、目的から多少外れたとしても許されるんだって、そういう議論が出てくる可能性はあります。
ただ、少なくとも風営法の立入については、「この法律の施行に必要な限度」であり、他の行政目的のために行うことはできない、例えば保健衛生上の見地から調理場の検査を行うこと等は認められない、といった形で警察庁の解釈運用基準が限界を明確に示しています。
現在の実務的な理解としては、そういう目的外利用の統制が強く意識されているんだ、ということを覚えておいてほしいと思います。
国会による法改正の重要性
そしてもっと、さっき言った目的を広く解釈するという考え方もわかるのですが、結局そうすると行政庁の権限行使に歯止めが効かなくなってしまうわけなんですね。一般に公の利益・公益といっても非常に広い範囲がありますよね。なんでもかんでも公益に含まれてしまうとも言えるわけですから、こういう解釈を一旦許してしまうと、公権力が暴走してそれを押し留めることができなくなってしまうということになります。
そこで原則はというと、やはり法律を改正するのが筋であると。国民の代表である国会議員がしっかり議論した上で、これこれこういう必要性があるからこういう調査権限を認めましょうというふうに、行政だけではなくて国会がちゃんと決めるというのが重要なわけですね。実際、コロナ対応をめぐっては、2021年改正で、要請・命令の枠組みとあわせて立入検査等の調査権限が条文上整備されるなど、立法による制度設計が行われています。
これが日本国憲法の定める民主主義とか、あるいは三権分立の考え方に即していると言えるわけなんですね。
どうしても規制権限を強化したいっていうのであれば、国会でしっかり議論して法律の改正という手続を踏んですべきであると、そういうことになると考えられるわけです。
図表1:講義でいう「苦肉の策」の2段階構造(概念整理)
| 段階 | 行為 | 法的性質のポイント | |
|---|---|---|---|
| ①警視庁(警察) | 風営法にもとづく立入・確認 | 「施行に必要な限度」での行政上の立入。拒否等は罰則対象になり得る(受忍義務)。ただし客在室の個室等は除外。 | |
| ②東京都職員 | 感染対策の確認・説明(同意ベース) | 報道上、店の同意のもとで対策の説明等を実施。任意的手法で“根拠問題”を回避しようとする。 |
図表2:2021年改正のポイント(「調査権限の条文化」)
| 時期 | 特措法の実効性確保(調査) | |
|---|---|---|
| 改正前 | 現行のような「立入検査等の調査権限」を明示的に整備していないという問題意識があった | |
| 2021年改正後(施行2021/2/13) | 要請・命令等と結び付け、都道府県知事に報告徴収・立入検査等の調査権限(72条)を整備 |
