ーーーー講義録始めーーーー
感情と理性
感情と理性の対立
さて、じゃあその次に、次の話題に移りたいと思います。今回は感情と理性という問題になりますが、少し内容は変わりますが、この新型コロナウイルスの感染防止対策をめぐっては、より強い規制を求める声と、他方で、権限行使を必要最小限にとどめようとする姿勢との間に、緊張関係が生じていたように見える局面がありました。
つまり、国会や政府の対応が弱腰すぎるといった批判が、少なくとも当時しばしば見られたんですよね。ただ、行政側としては、権限を強めればよいというものではなくて、基本的人権への配慮や、社会・経済活動への影響も踏まえて、必要最小限の規制になるように配慮しようとしていた、そういう説明になるわけです。
2021年2月の特措法や感染症法の改正に際しても、より強い手段、例えば強い刑事罰のような方向性も含めて検討はされていたのですが、最終的には、実効性を高めるための仕組みを整備しつつも、中心は過料等の行政上の手段に置く、そういう形で整理されました。つまり、あまりに過剰な規制にならないようにしながら、一定の範囲で実効性を持たせる、そういう方向に収まったということになります。
ですから、法律の改正の必要性が認識されていたけれども、どこまで強くするのか、どこまで抑えるのかという点では、かなりバランスを取ろうとした、ということになります。
理性に基づく政策決定
もちろん、やはり感染リスクというのは怖いですので、人々が規制強化を唱えるというのはもちろんわかるのですが、政策の場面では、その時点で得られているデータや科学的知見を踏まえて、合理的に説明できる対策を組み立てていく必要があります。
あくまで科学的な根拠に基づいて、専門家の知見も踏まえながら、いろんな対策を講じなければならない。それがやっぱり行政とか政府の役割になるわけなんですね。そのための専門家は多数関与しているわけですから、その専門的な知識を生かして合理的な対策をするということが求められているわけなんですね。
ただし、政策というのは科学だけで自動的に決まるものではなくて、基本的人権への配慮、実施可能性、補償や支援、そして社会・経済活動への影響も含めて、法と政治の責任として調整しなければならない。ここが難しいところでもあるわけです。
それで政府が慎重な対応を取っていた、という理解が出てくるわけですね。
ただもともと、民主主義というのは国民の考え、国民の意見を反映させるというのが民主主義の理念ですから、国民の意向を全く無視していいってわけではないんですよね。できる限り国民に寄り添ってということになります。ですので、国民の世論にももちろん配慮しなければならないのですが、その際にも理性を働かせる必要があるので、そのバランスをどうとっていくっていうのは非常に難しい問題ですよね。
リスクコミュニケーションの重要性
第5回でいろいろ学びましたが、感染防止対策の強化というのは必要なんだけれども、しかしそれが行き過ぎると、かえって自分たちの首を絞めてしまう。非常に国民にとって生きづらい世の中になってしまう。自由が失われた世の中になってしまうということもありますので、この点にも十分注意しないといけないということになります。
結局は、法制の整備も大事なのですが、リスクコミュニケーションと言いますが、国民と政府がしっかり対話をして、リスクについてよくみんなで検討するってことが本当は必要なんですよね。
ただなかなか難しくて、一体どのようなリスクがどれぐらいあるのかというのは、専門家でも、特に流行の初期段階では不確実性が大きいということになりますね。実際、2020年4月頃には、仮に何も対策を取らなかった場合には国内で40万人超(42万人)規模の死亡があり得る、といった推計が示され、報道もされています。
しかし、その後は一定の対策や行動変容等もあって、結果的には幸いなことに、少なくとも「何も対策を取らない」という前提で語られた最悪ケースそのままの被害にはなりませんでした。こういう意味で、リスクの評価というのは非常に難しい。
ですので、それについて国民に納得してもらうというのも容易ではない、しかしそれでもしっかりやらないといけないということになります。
図表:感染症対策における「感情・理性・民主主義・法」の配置
| 要素 | 典型的に出てくる主張 | 行政法的に見るポイント |
|---|---|---|
| 感情(恐怖・不安) | 「もっと強い規制を」 | 立法事実の吟味、過剰反応の抑制、基本権配慮 |
| 理性(知見・データ) | 「科学的根拠に基づく」 | 不確実性の管理、説明責任、合理性(比例) |
| 民主主義(世論) | 「国民の声を反映せよ」 | 手続の正当性、合意形成、リスクコミュニケーション |
| 法(権限・限界) | 「何ができて、何ができないか」 | 法的根拠、権限統制、改正の必要性(立法の役割) |
