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コロナ禍で問われた少数者保護――偏見・不可視性と裁判所の役割を考える #放送大学講義録(行政法第15回その6)

ーーーー講義録始めーーーー

 

マイノリティの保護
さて、また少し話題を変えて、今度はマイノリティの保護の問題について触れたいと思います。このマイノリティの保護のために、法、裁判所とか行政法といったそういったものがどういうふうに役割を果たすべきかということになります。

まず、この授業を聞いてくれたり印刷教材を読む前に注意してほしいのは、これを読みながらもできるだけ中立的で客観的な立場にちょっと立ってほしいということですね。今回の授業の中、いろんな登場人物が出てきましたね。「なんだこいつはけしからん」とそういうふうに思う登場人物もいるかもしれませんが、しかしそういったちょっと感情とは一線を引いて、ちょっと中立的な見方をしてほしいということなんですね。

スケープゴートの問題
今回の授業で登場したキャバクラやホストクラブについても、当初は世間の評価はあまり芳しいものではなかった、そういう局面があったわけなんですね。自粛も守らずに営業を強行して感染を拡大させた、悪しき店であるといった、そういうふうに評価する人ももしかしたらいたかもしれませんね。

しかし、やっぱり中立的でこう公正な立場っていうのは大事ですよね。こういった事業者でも、当然、職業選択の自由に由来する営業の自由が問題になりますので、営業活動を規制するためには、きちんとした法的根拠と、必要性・相当性といった説明が必要になってきますよね。憲法22条1項も、職業選択の自由を保障しつつ、公共の福祉の範囲で制約があり得る、という構造を取っています。
もし根拠や理由づけが不十分で、過度に厳しい規制になってしまうということであれば、規制は正当化されにくい、そういうことになりますね。

第5回の授業ではパチンコ店を見ましたが、パチンコ店に対しても非常に厳しい批判がありましたよね。そういうふうに、特定の業種とか、あるいは人々、そういったものをスケープゴートとして非難するのは、やはりそれ自体が合理的で正当な対策だとは言いにくいわけなんですね。なんとなく非難したら、これで対策をしたという気持ちになるかもしれませんが、合理的な対策にはなってない。結果的には感染を防げないということになります。

弱い立場の人々の保護
ですので、人々の感情が優勢となって合理的な対策がないがしろにされているっていうことは防がないといけないと。その際の考えるポイントというのは、やはり弱い立場にある人をどう守っていくかっていうことですね。

ここで弱いというのは、いろんなパターンがあるのですが、例えば世間の評価が低い、あるいは批判の対象になりやすい、といったパターンがありますね。ホストクラブとかパチンコ、そして第8回の授業で見た産業廃棄物処理業者も、そういう文脈で語られることがあるんですね。つまり、世の中の人々がこういった業種に対して、残念なことですが厳しい評価を与えがちであると。ですので、そういった問題が起きた時に、その世論がこういった事業者を助けてくれない、そういう構図が生じやすいということになりますね。

同じように、生活保護の受給世帯や在留資格を欠く状態にある人(いわゆる不法滞在と呼ばれることもあります)、アスベストの被害者といった登場人物がこの授業では出てきましたが、それも世間の評価が低いというよりは、社会的な少数者であるというか、マイノリティであるということが問題になるわけなんですね。つまり、マイノリティであるので、声が届きにくい、味方が少ない、そういう状況になりやすいということになりますよね。

そういった弱い立場である場合は、この問題が起きた時に孤立無援に陥りやすいということになりますね。例えば、生活保護の受給者に不正受給の疑惑が生じたという場合、世論が助けてくれることは期待しにくい、そういう状況も起こり得るわけです。結局孤立無援になって、行政の前に泣き寝入りするしかない、そういうことも現実に起き得るわけです。

裁判所の役割
ですので、こういった場合、やはり裁判所がこのマイノリティを助けると、そして法律の力を生かしてこの少数者の権利を守っていくというところが大事になってくるわけなんですね。

こういったマイノリティ・少数者に対する偏見や差別がある場合に、より問題が深刻になりますよね。ただそうでなくても、そういった偏見・差別がないのだけれども、そもそも存在が知られてないということで、助けの手が届かないってこともあるんですよね。少数者といっても非常にいろんな多様な少数者・マイノリティがありますので、そのすべてについてマジョリティの人がちゃんと意識して助けるということがかなり難しいということになりますね。

ALS患者支援の例
ここでは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病の一つを取り上げましたが、ALSは指定難病の一つで、患者数は制度上の把握でも約1万人規模と説明されています。
ALSという病気を知らない人が多い場合には、それを助けなきゃいけないっていうそういう気持ちも起きにくい。どうしても支援が少なくなってしまうっていう、そういう問題が起きやすいということになります。

実は、このALSが広く知られるようになったきっかけの一つとして、アイス・バケツ・チャレンジというのがあったのですが、皆さん知っていますでしょうかね。これは冷たい氷の水をかぶる動画を投稿したり、次の人を指名したりする形でSNS上で広がっていった活動で、ALSへの関心を高め、寄付を集めることにもつながったとされています。
実際、ALS協会(米国のALS Association)は、この活動で約1.15億ドルの資金が集まった旨を公表しています。
これはいろいろ批判がなかったわけじゃないのですが、この活動が広く広がって、「なんでみんな氷の水をかぶってるんだろう」っていうふうに思った人もいたかもしれませんが、そこでは、ALSという病気を広く知ってもらいたい、そしてその研究や支援のための寄付金を集めたいっていう、そういう狙いがあったわけですね。

ですから、こういう活動も、このマイノリティをまず知ってもらうと、そしてその後支援をしてもらうというそういう流れの中で重要だった、そう整理できると思います。

法と裁判所の役割
ということで、行政法に限らないわけなんですが、この法の役割、そして裁判所の役割というのは、こういった弱い立場である人を助けることにある、そういうことを覚えておいてほしいと思いますね。

実際にも、裁判所とか行政法が、時として権利救済のために踏み込んだ判断を示してきたことを見ていきましたよね。例えば建設アスベスト訴訟では、2021年の最高裁判決で国の責任が認められたと報じられていますが、これも権利救済の一例として位置づけることができます。

幸いなことに、今の日本社会は比較的平和で、比較的豊かで、大勢の人がそれなりに幸せに暮らすことができると。しかしよくよく見てみると、その社会の影の部分っていうのがまだ残っているわけなんですね。そういった社会の隅々まで光を当てると、そして行政法や裁判・司法権による救済を及ぼしていくというのが大事なんですね。

というふうに、私もこうやって偉そうに言ってますが、実際じゃあ本当に社会の隅まで見えてるかっていうと全然見えてないわけなんですね。皆さんの、また多くの視点があれば、この社会の隅々までしっかり見ることができると思いますから、皆さんの力を借りて社会の隅々まで光を当てたいと、そういうふうに考えています。

こういった行政法の存在意義は大事なのですが、行政法というのは難しくて学びにくい学問だというふうに大勢の人が思っています。これも残念なことなんですが、確かに行政法の体系って非常に複雑で難しいのですが、その基本的な考え方は今言ったように比較的簡単でわかりやすいですよね。そういうこともあるので、行政法を学ぶ意義があると思いますので、またこの授業が終わってもしっかり復習してほしいと思いますし、さらに勉強を続けておいてほしいと思います。

 

図表:この講義で扱う「弱さ」のタイプと、法・裁判所が果たし得る役割

 

「弱さ」が生まれる典型 例(講義に登場) 生じがちなリスク 法・裁判所の役割(行政法的な観点)
批判・非難の対象になりやすい 風俗関連業種、パチンコ等 スケープゴート化、根拠の薄い規制の正当化 法的根拠・比例性・手続の審査、差別的取扱いの抑制
少数で声が届きにくい 生活保護受給者、在留資格を欠く状態の人 等 孤立、救済へのアクセス困難 司法アクセスの確保、適正手続・裁量統制
知られていない/理解が乏しい ALS 等 支援不足、制度整備の遅れ 権利救済に加え、制度設計・周知(社会への可視化)