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人材アーキテクチャ論で学ぶ雇用ポートフォリオ:RBV(VRIN)・限定正社員・三層労働市場モデル #放送大学講義録(人的資源管理第10回その6)

ーーーー講義録始めーーーー

 

【第6回】雇用区分の多元化と雇用ポートフォリオ:人材アーキテクチャ論と三層労働市場モデル

 

人材アーキテクチャ論


アメリカの人的資源管理論の研究者であるデイビッド・レパックとスコット・スネルは、雇用ポートフォリオを理論的に編成しようとしました。
彼らの論文「The Human Resource Architecture: Toward a Theory of Human Capital Allocation and Development(人的資源アーキテクチャ:人的資本の配分と開発の理論へ)」は、良好な経営パフォーマンスを生む雇用ポートフォリオのモデルを示しています。

モデルの基底にある発想の一つは、人材育成の基本方針としてのメイク(つまり内部育成)とバイ(つまり外部採用・外部調達)という選択の問題です。ただし、レパックとスネルの枠組みは、内部育成と外部採用にとどまらず、契約(contract)や提携(alliance)といった形も含めて、人材をどのような雇用モードの組合せで配分し、開発するか、というポートフォリオとして理解するのが適切です。

 

リソース・ベースト・ビュー(RBV)


レパックとスネルは、メイクとバイを含む人材配分の理論的なバックグラウンドとして、経営資源に基づく企業観(英語でResource-Based View、略してRBV)を用いています。
すなわち、企業が保有する資源・能力のうち、競争優位をもたらし、それが持続し得るような性質をもつものが重要だ、という命題に基づいて理論を展開しています。

この文脈でしばしば、顧客価値を生み、他者に模倣されにくい企業内部の強みが議論されますが、RBVの古典的整理では、資源が持続的競争優位に結びつく条件として、価値(Value)、希少性(Rarity)、模倣困難性(Inimitability)、代替不可能性(Non-substitutability)といった要件が示されます。

その際、競争優位の「持続」にとって、とりわけ模倣困難性が重要になります。なぜなら、価値ある資源が容易に模倣されるなら、優位は短期で消えてしまうからです。したがって、模倣されにくい資源・能力ほど、競争優位は持続しやすい、という整理になります。

そして、これらの資源・能力が従業員の技能にまで分解されるとすれば、重要なのは、一般的に市場で容易に調達できる汎用技能というより、企業の文脈に深く埋め込まれた技能や知識、組織のやり方と結びついた能力です。こうした能力は、内部で長期的に形成されることが多く、内部育成(メイク)を正当化しやすい、という論理につながります。

他方で、コアとなる資源・能力への貢献が相対的に小さく、企業内での長期育成を要しない仕事・技能については、外部から採用する、契約化する、アウトソーシングする、といった選択肢が相対的に合理的になり得る、という見取り図が生まれます。

 

人材アーキテクチャの2軸と4つの象限


レパックとスネルは、RBVの発想を利用しながら、最適な雇用ポートフォリオを導こうとしました。
彼らが仮定した軸は以下の2つです。

人材の価値(Value of Human Capital):企業の競争優位や重要能力に対する貢献の程度
人材の独自性(Uniqueness of Human Capital):企業に固有で、他社・市場で代替しにくい技能が要求される程度

この2軸の組合せによって、4つの象限を想定し、それぞれにおいて、内部育成、外部採用、契約化、提携といった雇用モードの組合せが論じられます。

他方で、メイク(内部育成)は、人員余剰や訓練費用など内部化のコストを生じさせます。したがって、人材アーキテクチャは、内部育成によってもたらされる利益と内部化コストのバランス、すなわち差し引きした利得の見通しにも関わってくることになります。
差し引きの利得がプラスであれば内部育成は正当化されやすいが、マイナスであれば外部調達の方が合理的になる、という考え方です。

人材の価値と人材の独自性の高い・低いを組み合わせて、4つの象限ができます。

 

日本への適用可能性


このレパックとスネルが構想した人材アーキテクチャ論が、日本において速やかに応用可能であるかどうかは、慎重に検討する必要があるでしょう。
レパックとスネルの人材アーキテクチャ論は、少なくともモデルの導入の仕方によっては、現時点の人材の知識や技能という「現在の状態」を比較的固定的に捉えやすく、人材が成長していくダイナミクスを十分に表現しにくい側面があります。

つまり、新卒採用で内部人材育成を施す日本企業では、新入社員は人材の独自性・価値ともに低い象限からキャリアをスタートし、やがて独自性と価値が高い象限へと移行していく、という動態を想定して理解することが必要です。
また、長期内部育成の実践は、日本企業では非正規社員にも部分的に適用され、それが非正規社員の質的基幹化につながっている、という議論もあり得ます。
つまり、質的に基幹化された非正規社員が、常に同じ象限にとどまり続けると前提するのではなく、仕事経験や育成、配置のあり方によって位置づけが変化し得る、という日本型人事管理の可能性を念頭に置いておくことが必要です。

 

限定正社員という新たな雇用区分


さて、日本では近年、新たな雇用区分として限定正社員が注目され、導入・運用が進められてきています。
それでは、いわゆる正社員と限定正社員は何が違うのでしょうか。

 

いわゆる正社員の特徴


いわゆる正社員は、勤務地、職務、勤務時間がいずれも限定されていない正社員として整理されます。
また一般的に、正社員は、①労働契約の期間の定めがない、②所定労働時間がフルタイムである、③直接雇用である者、と説明されます。

このため、働き方は以下において特徴的になりやすい、という理解になります。


職務範囲の不明確性・包括性:それゆえ、企業のその時々の要請に即して働くことが  期待される
配置転換や転勤、勤務の柔軟性に伴う拘束性

 

限定正社員の特徴


他方で、限定正社員(多様な正社員)は、いわゆる正社員と比べて、配置転換や転勤、仕事内容や勤務時間などの範囲が限定されている正社員のことを指します。
代表的には、以下の類型が整理されています。

 

職種限定(職務限定):担当する職務内容や仕事の範囲が限定されている
勤務地限定:転勤範囲が限定されていたり、転居を伴う転勤がない、あるいは転勤がない
勤務時間限定:所定労働時間がフルタイムではない、あるいは残業が免除されている

 

非正規社員のキャリアパスの受け皿となる新たな雇用区分として、いわゆる正社員と非正規社員の間を媒介する限定正社員の導入が進むに従い、雇用ポートフォリオは非正規社員、質的に基幹化された非正規社員、限定正社員、総合職というように重層的に多元化されていくこととなります。

 

三層労働市場モデル


印刷教材の図10-2の三層労働市場モデルを改めて見てください。
この図では、縦軸に関係特殊投資・不可欠性を置いています。

三層労働市場モデルの雇用ポートフォリオは、取引コスト・アプローチによる企業の境界問題の考え方、すなわち取引を基本単位として統治構造を考える立場を、雇用の境界問題に拡張して理解することができます。取引コスト経済学を体系的に展開した研究者として、オリバー・ウィリアムソンが知られています。

企業特殊的・総合的技能とホールド・アップ問題
人的資産が特殊的となるのは、人材が組織内部の業務を通じて、外部の労働市場から中途採用して配置することが容易でない企業特殊的・総合的技能を身につけるときです。
労働者が企業特殊的・総合的技能への投資を行うとき、雇用保障がなければ、労働者は、例えば解雇や賃下げといったような事後的な雇用主の機会主義的な行動のリスクに反応し、企業特殊的・総合的技能への過小投資のインセンティブが生じることとなります。
これをホールド・アップ問題と言います。

ホールド・アップ問題を克服するためには、労使双方によるリスク分担にかかる再契約履行の相互的コミットメントが必要となります。

雇用主は労働者に雇用保障をコミットメントしなければならず
労働者はそれと引き換えに企業特殊的・総合的技能を高めることにコミットメントしなければなりません

これが正社員として雇用することの意義ということになります。
他方で、正規雇用は内部化コストを発生させます。調達すべき労働者に企業特殊的・総合的技能を要求しないのであれば、必要に応じて人材を市場取引する、あるいはスポット雇用を取り入れることが効率的となるわけです。
これが有期雇用契約を前提とする非正規社員として雇用することの意義です。

三層労働市場モデルでは、関係特殊投資とタスク不可欠性の2つの軸における平面上に、3つの労働市場(内部労働市場、中間労働市場、外部労働市場)を配置し、それぞれに対応する雇用区分(総合職、限定正社員・質的基幹化非正規社員、非正規社員)を示しています。

 

次回は、働き方改革関連法における同一労働同一賃金原則と、雇用区分の流動化の必要性について解説します。

 

図表:レパック&スネル「人材アーキテクチャ」2軸4象限(講義用の整理)

(原論文の議論を、講義の理解目的で簡略化した整理です)

 

  独自性:低 独自性:高
価値:高 外部獲得(acquire)を活用しやすい領域 内部育成(develop)を核にしやすい領域
価値:低 契約化(contract)等で外部化しやすい領域 提携(alliance)等の形で補う発想が出やすい領域