ーーーー講義録始めーーーー
感情労働とは何か――経済のサービス化と感情労働の台頭
皆さんは「感情労働」という言葉をお聞きになったことがありますでしょうか。
労働とつく言葉には、肉体労働や頭脳労働などがあります。
肉体労働というのは、主に体を使って作業をする労働の種類で、頭脳労働は
主に知識や思考力、判断力などを活用しながら行う労働の種類を指すことは
皆さんご存知だと思います。この2つに加えて、近年あらためて注目されている
労働のあり方として挙げられるのが感情労働です。感情労働という概念は、
アメリカの社会学者A.R.ホックシールドによって1983年に本格的に提示された
ものとして知られています。
感情労働は、労働者が業務を行う際に自分の感情を単に抑えるということだけでなく、
職務や組織から期待される感情表現を、対人相互作用のなかで管理し、表出することが
求められる労働を指します。ホックシールド以降の議論では、感情労働を伴う仕事は、
一般に、対面あるいは音声を通じた対人接触があり、相手の感情や態度に影響を与える
ことが期待され、さらに組織がその感情表現に一定の統制を及ぼすという特徴をもつと
整理されています。したがって、感情労働は顧客とのやりとりに限らず、患者、利用者、住民、クライアントなどと接する仕事にも広く見られるものです。
経済の発展に伴って、経済活動の重点が農林水産業などの第1次産業から
製造業などの第2次産業、そして第3次産業へと移っていく傾向は、一般に
「経済のサービス化」として理解されています。日本を含む先進国では、
第3次産業に従事する就業者の比率が高く、日本でもその比重は7割前後から
7割台に達する水準にあります。したがって、現在の日本では、サービス部門に
関わる就業のウエイトがきわめて大きいと言えます。
飲食業・宿泊業・航空関係といった対人サービスの代表的な仕事のほか、
「医療サービス」や「住民サービス」という言葉が示すように、医療関係や
自治体の仕事もサービスとは無縁ではありません。そのほか、製造業であっても、
アフターサービスやカスタマーサービスといった、ユーザーにサービスを提供する
部署が存在します。感情労働は、こうした場面で、相手に安心感や信頼感、満足感を
与えることが期待される点において、重要な意味をもっています。
これらのことから、経済のサービス化には、サービス関連業務に従事する人の
数や比重が高まるという量的な側面と、製造業のように本来はサービス業ではない
業種の内部にもサービス機能が組み込まれていくという質的な側面があることを
理解していただけると思います。経済のサービス化とは、単にサービス業の人数が
増えるだけではなく、さまざまな仕事のなかにサービス提供の要素が入り込んでくる
変化でもあるのです。
今後も、少子高齢化や生活様式の変化などを背景として、医療・福祉をはじめとする
サービス関連分野の重要性は高い状態が続くと考えられます。実際、2025年平均の
就業者数では「医療,福祉」が前年より増加した産業として示されています。
このような状況を考えると、感情労働は従来のいわゆる接客業だけのものではなく、
多くの企業や組織にとって重要な概念であることがお分かりいただけると思います。
すなわち、企業や組織が成果を上げていくためには、サービス提供者を適切に
マネジメントすることが必要であり、そのためには感情労働についての理解を
深めることが重要だと言えるのです。感情労働は、働く人の心身の負担とも深く
関わるため、人的資源管理の観点からも重要なテーマであると言えるでしょう。
