ーーーー講義録始めーーーー
感情はコントロールできる――表情の信号と感情労働の特徴
まず最初に、感情労働の特徴について説明したいと思います。
程度の差はありますが、人の気持ちというのは顔の表情に現れるものです。
エクマン(Ekman)とフリーセン(Friesen)は、顔がさまざまなタイプの信号を
発していることを論じています。入門的には、顔の信号は次の3つに整理して
説明されることがあります。なお、文献によっては、これに人工的な修飾を
加えた4つの群として説明される場合もあります。
1つ目は「静かな信号」で、骨格や皮膚の色、目鼻立ちなどを指します。
2つ目は「ゆっくりした信号」で、年とともに刻まれたシワや皮膚の張り
などを指します。
3つ目は「素早い信号」で、顔の筋肉の動きによって表情が一時的に変化
することを指します。
この表情の変化はすぐに消えてしまうものですが、感情の理解に深く関わる
重要な手がかりの一つです。相手の感情に気づくためには、この瞬時のわずかな
変化にも注意を向けることが大切です。ただし、実際には表情だけでなく、
声の調子や言葉、置かれた状況などもあわせて理解する必要があります。
エクマンとフリーセンの提示したこうした信号は、ある程度は意図的に修飾したり、
隠したりすることができるとされています。化粧をしたり、サングラスを
かけたりすれば、目鼻立ちの印象を変えたり、シワなどを見えにくくしたり
することができます。また、表情の変化についても、筋肉の動きを抑制したり、
実際の感情とは別の表情を作ったりすることによって、ある程度コントロール
することができます。ただし、それぞれの信号が同じように自在に操作できる
わけではありません。
自分の本当の感情を隠すことが求められるのは、特に職場においてであると
考えられます。例えば、医師や看護師が不安な様子を見せたり、ケアに携わる
人が嫌悪の表情を浮かべたりすると、その表情によって患者や利用者の不安が
大きくなり、その人を信頼しにくくなるかもしれません。また、航空機の客室
乗務員やホテルのフロント係が不機嫌な表情で対応した場合、顧客の満足度が
低下し、その航空会社やホテルの評価に影響する可能性があります。
業務に対人サービスが組み込まれている人々は、専門的な知識やスキルの
習得とは別に、相手とのやりとりにおいて、その場にふさわしいと思われる
感情を表すことが求められるのです。ここでいう相手は、顧客だけでなく、
患者、利用者、住民、さらには組織内部の他者を含む場合もあります。
このように対人サービスに従事し、自分の感情や感情表現を組織の要請に応じて
コントロールしなければならない業務を、アメリカの社会学者である
ホックシールド(Hochschild)は「感情労働」と呼びました。ホックシールドは、
感情労働を、外から観察可能な表情や身体的表現を生み出すための感情管理であり、
それが賃金と引き換えに行われる労働であると捉えています。
ホックシールドは、感情労働には3つの特徴があるとしています。
1つ目の特徴は、対面あるいは声による他者との接触が不可欠であること。
2つ目は、従事者は他人の中に何らかの感情変化を起こさなければならない
こと。
3つ目は、そのような職種の雇用者は、研修や管理体制を通じて、労働者の
感情活動をある程度コントロールしようとすることというものです。
では、対人サービス提供者はなぜ湧き上がる自然な感情を抑制して、
その場にふさわしいと思われる感情を表さなければならないのでしょうか。
企業が利益を上げていくためには、商品やサービスが顧客から選ばれなければ
なりません。サービスを商品としている、あるいは自社の製品の中にサービスを
組み込んでいる企業において、サービス提供者の対応が高く評価されれば、
再利用や顧客の拡大につながることが考えられますが、対応に不満を持たれれば、
顧客離れにつながる可能性があります。
しかし、現代のネット社会ではそれだけにとどまらず、悪い評判が短時間で
広まってしまうことがあり、企業や組織が大きな影響を受ける可能性もあります。
顧客に選ばれるために、そして悪い評判が広がるリスクを回避するために、
企業や組織は望ましい対応についての教育や研修を実施し、サービス提供者は
表情や声の調子などをコントロールして、感じよく相手に対応することが
求められるのです。

