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感情労働のストレス要因とは?表層演技・深層演技と感情不協和、バーンアウトの関係をわかりやすく解説 #放送大学講義録(人的資源管理第13回その6)

ーーーー講義録始めーーーー

 

感情労働が心身に与える影響――バーンアウトと感情不協和

では、感情労働は働く人々にどのような影響をもたらすのでしょうか。

ホックシールドは、感情労働を「感情の管理」と「演技(acting)」の側面から捉え、感情労働者が行う演技には、表面的な演技である「表層演技(surface acting)」と、心からそう思うように働きかける「深層演技(deep acting)」があると論じました。

表層演技は、感じていない感情を感じているように見せることになりやすく、その結果として自己感覚の揺らぎや「偽っている(phony)」という感覚、自己との距離(疎外感)を伴う可能性があることが指摘されています。

また深層演技も、感じ方そのものを仕事の要請に合わせて調整しようとするため、自己のあり方に影響し得るという論点が示されています。したがって、感情労働は心身にネガティブな影響を与え得るものとして議論されてきました。

次に、関連研究としてザップフ(Zapf)らの議論を確認します。ザップフらは、感情労働(emotion work)の要素と、バーンアウト等の心理指標との関連を検討しました。

バーンアウトというのは、慢性的な職業性ストレスと関連する症候群として論じられており、マスラッチ(Maslach)とジャクソン(Jackson)の枠組みでは、情緒的消耗感(emotional exhaustion)、脱人格化(depersonalization)、個人的達成感(personal accomplishment)の3側面として捉えられます。測定尺度(MBI)もこの3側面に基づいて構成されています。

ザップフは、感情労働の要素として、①顧客の感情への敏感さ(sensitivity requirements)、②顧客へのポジティブ感情の表出(display of positive emotions)、③感情不協和(emotional dissonance:感情規則や表出要求と実際の感情のズレに伴う緊張)を挙げています。

ここで重要なのは、「感情不協和」が感情労働の中でもストレスフルな側面である一方、敏感さ要求やポジティブ感情の表出は、個人的達成感と正の関連を持ち得ることが示されている点です。

このことから、感情労働は「演技であるかどうか」だけで一律に捉えるよりも、感情不協和のような心理的緊張を生みやすい要素が、負担の中心になり得る、という整理が重要になります。

また、この研究結果から分かるのは、感情労働が必ずしも労働者の負担になる要素ばかりではないということです。顧客の感情への敏感さは、それぞれの顧客にふさわしいサービスを提供する前提となるものであり、状況判断と対応が的確であれば顧客に喜んでもらうことができ、その反応がサービス提供者の達成感につながっていくことが考えられます。

同様に、顧客へのポジティブ感情の表出は、サービス提供者が笑顔や親切な態度で対応することによって顧客とのポジティブな相互作用が生じ、結果としてサービス提供者の達成感につながっていくことが考えられます。

例えば、以前にトラブルがあったなどの理由で、ある顧客に対して良い印象を持っていない場合でも、笑顔で対応することによって顧客とポジティブな相互作用が生まれれば、サービス提供者にとって通常よりも大きな達成感につながっていく可能性があります。

一方、感情労働者の心身の負担となりやすいものは感情不協和です。自分は悪くないのに顧客から怒りをぶつけられたり、顧客の態度を不快に思っても笑顔で対応しなければならなかったりと、サービス提供者には感情不協和を感じる場面が多くあります。

この感情不協和は、感情を疲弊させ、バーンアウトのリスクを高め得ることが、少なくとも関連として示されてきました。

田尾雅夫氏は、バーンアウトが労働者の心身に大きな影響を及ぼし、欠勤や離職などにつながり得ること、そして本人だけでなく組織にも影響を与え得ることを指摘しています。

では、このバーンアウトは、個人の特性を抜きにして、感情労働の職務特性から来るものと考えていいのでしょうか。バーンアウト研究では、個人要因と環境要因の両面からリスク要因を捉える整理が一般的であり、とりわけ職務負荷、役割ストレス、自律性、対人関係などの環境要因が重要だと論じられてきました。

そのうえで、対人サービスに携わるスタッフは、他人と強く関わり合う時間が長く、相互作用の中心に顧客の問題解決が置かれることが多いため、怒りや嫌悪、恐れや絶望といった感情を抱きやすい局面が生じ得ます。こうした対人という職務特性が、バーンアウトのリスクと結びつきやすい、という議論が展開されています。

久保真人氏も、バーンアウトを含むストレス研究の文脈で、原因を個人に帰しすぎると、ストレス要因が多い職場で働く人たちにさらなる負担を強いることが問題になり得るため、まずは環境要因に着目し、職場の改善策を模索することが優先されるべきである、と整理しています。

したがって、感情労働の負担を考えるときには、個人の特性の差を否定するのではなく、それだけに還元せず、感情労働が生じやすい場面や感情不協和を強める要因といった職務・環境側の特性に着目して改善を考えることが必要と言えるでしょう。