ーーーー講義録始めーーーー
職務・役割等級制度における人事考課①――目標管理(MBO)
ここからは、職務等級制度あるいは役割等級制度においてどのような人事考課がなされているのか、これを説明して、また深く議論をしていきたいと思います。
では、職務等級制度・役割等級制度が導入されることによって人事考課がどう変わったのか。大きく分けて二つの傾向があります。まずこれを紹介しておきたいと思います。
まず一つ目です。考課の中心が、従来の職能資格制度における能力中心の評価から、成果あるいは業績の評価へと比重を移していったということです。職能資格制度では結果よりも能力やプロセスの評価が重視されやすかったのですが、成果主義のもとでは、目標達成度や業績の評価がより重視されるようになりました。その評価をする際に、かなり多くの企業で用いられるようになったのが、目標管理というマネジメントの手法です。Management by Objectives、通称MBOとよく言われますが、このMBOを活用した考課制度が広く導入されてきたということになります。
さらに、二つ目です。では、能力面の評価はなくなったのかというと、なくなったわけではありません。以前ほど最優先の位置には置かれなくなったにせよ、依然として行われているということになります。成果主義以降の日本企業では、成果的要素と属人的要素とを別々のツールで評価する傾向がみられ、目標達成度の評価とは別に、能力面や行動面の評価が残されてきました。
ただし、その内容は変わってきました。それまで職能資格制度の能力考課はかなり曖昧な内容だということを先ほど解説しましたが、その後は、より具体的な行動や発揮された能力に着目する評価が重視されるようになってきました。後で説明するコンピテンシーという考え方があるのですが、これは高業績者に共通してみられる行動特性に注目し、それを評価や選抜の基準として活用しようとする発想です。したがって、優秀な人の選抜や、組織が重視する行動をどの程度取れているかを評価しようとする企業も出てきたということになります。
ですから、能力面・行動面の評価を行うことによって、MBOを補完していこうということですね。結果だけで評価をするのではなく、行動や能力の評価と併用することによって、より多面的な評価をしようとする企業が多かったというふうに言えるでしょう。
では、ここからそれぞれ一つずつ見ていくのですが、まずMBO、目標管理について勉強していきたいと思います。
実はこのMBOというのは歴史が非常に古くて、もともとは1954年にピーター・ドラッカーが著書『The Practice of Management(邦題『現代の経営』)』の中で “Management by Objectives and Self-Control” として示したマネジメントの方法であると言われています。したがって、単なる「目標による管理」ではなく、「目標と自己統制による管理」と理解するのが本来の姿です。
この方法なのですが、実は人事考課の手法として作られたものではありません。もともとは、組織全体の目標と個人の仕事を結び付け、さらに従業員が自ら設定に関与した目標を自己統制的に達成していくことで、組織成果を高めていこうとするマネジメントの考え方でした。
まず重要なのは、全社目標、部門目標、個人目標が相互につながっているということです。全社の目標を部門の目標へと落とし込み、その部門目標に基づいて個人目標を立てる。そうすることによって、個人が自分の目標を達成することが部門あるいは全社の目標達成につながる、こういう連鎖を作ろうとするわけです。ですから、目標管理というのは、単に個人目標が達成されたかどうかを見るだけではなく、全社的なマネジメントの仕組みでもあるということになります。
さらにもう一つ重要なのが、従業員の参画です。個人目標を設定するときに、上司が一方的に決めるのではなく、上司と担当者が相談しながら決めるということですね。そのことによって、自分で納得して設定した目標ですから、従業員は自己統制が可能になります。つまり、やらされる仕事ではなく、自分で引き受けて進める仕事になるわけです。このように、従業員が参画して自ら働き方をコントロールすることが、もともとのMBOの狙いだったのです。
ただ、近年になって目標管理制度を導入した企業がたくさんあるのですが、こうした企業の中には、本来の狙いを十分に理解せず、人事考課の道具としてのみ捉えている場合もあります。JILPTでも、多くの組織で導入されるようになると、評価の部分だけが独り歩きしてしまい、マネジメント施策というよりは、人事評価の役割だけが取りざたされるようになったと指摘されています。
テキストをお持ちの方は図5-1でMBOのフローを確認してもらいたいと思います。

この流れは、JILPTが示す典型的なMBOの流れとほぼ対応しています。すなわち、期首面談で具体的目標を相談して決め、担当者が自発的に遂行し、期中には上司がフィードバックを与え、期末には目標達成度を評価し、結果を開示し、次期に向けた指導助言を行う、という流れです。
上に全社目標の設定、部門目標の設定、個人目標の設定というのがあります。これが最初に行われる目標設定のプロセスです。ここでは何よりつながりが重視されるわけですね。全社目標がブレイクダウンされていること、部門目標に基づいて個人目標が作られていること、これが非常に重要になるということになります。さらに、この個人目標が設定される際には、個人の参画が重視されます。上司が勝手に目標を決めるのではなく、自分自身がこういうことをやりたい、やるべきだという意見を言って、積極的に目標設定に参画するということになります。
その後、実行段階に入るわけなのですが、そのときも個人が自己管理をするというのが前提にはなるのですが、上司が常にコミュニケーションを取りながら、それを支援・サポートするということが大事になります。そして最後に期末になると評価をするわけなのですが、この際も個人の参画が重視されます。どういうことかというと、勝手に評価されるのではなくて、個人がまず最初に自己評価を行うということなのですね。その上で上司と話し合って評価を確認し、結果の開示や次期への指導助言につなげていくということになります。こういったサイクルがきちんと回っていないと、本来のMBOとは言えないということになります。
MBOが本来目指していたのはここまでで、それを人事考課にも活用しましょう、あるいは能力開発にも活用しましょうという形でマネジメントに生かしていこうというのが、その後の流れであるということができるのではないでしょうか。実際、日本では成果主義の浸透に伴って、MBOが処遇決定を具体化する仕組みとして普及していきました。
また、テキストには、MBOを進めるためのシートの実例なども紹介してあります。お持ちの方は表5-2をご覧ください。ここにあるようなシートに目標が記入されて、期間終了後にそれが振り返られて評価されるということになります。なお、目標項目の数、難易度の加点、ウェイトの設定などは企業によってかなり異なりますので、これは一般的傾向としてではなく、個別企業の設計として理解する必要があります。
こうしたシートを用いることによって、目標の内容や達成度が明確になり、従来よりは評価の基準を具体化しやすくなります。ただ、MBOに問題がないわけではありません。結構苦労している企業が多いです。特に、MBOの本質を理解せず、評価の道具としてのみ運用してしまう場合には問題が起こりやすいです。JILPTも、評価の部分だけが独り歩きしてしまうことを問題として指摘しています。
例えば、目標の設定が不適切で、個々人の職種や役職にふさわしい目標が立てられないということは起こり得ます。目標達成を重視するあまり、簡単な目標ばかりが設定されるということもあり得ます。また、MBOは本来、自己統制と上司との継続的な対話を重視するものですが、それを理解せず、単に目標を決めて達成を促せばよいと考えるような運用に陥ってしまうと、自立性を引き出す制度ではなく、ノルマ管理に近い制度になってしまうわけです。
さらに、そもそも企業の全社目標が不明確で、部門目標や個人目標へのブレイクダウンがしにくいという例もあります。そういった企業では、目標管理・MBOがうまく機能しにくいのは当然だと言ってよいでしょう。こうした企業では、せっかくMBOを導入したとしても、その手続きに忙しくなるばかりで、マネジメント上の成果が十分に上がらないということもあり得ます。そうすると、MBO自体のイメージも悪くなるということでしょうね。これは、MBOの効果が制度の有無そのものよりも、運用の仕方に大きく左右されることを示していると言えます。
また、多くの日本企業においては、職務等級・役割等級の人事制度に移行した後においても、目標達成度評価だけですべてを決めているわけではありません。成果主義以降も、MBOによる目標達成度評価と、能力面・行動面の評価とを併用する運用が広くみられます。そのため、成果に基づいた評価をすると言いながらも、最終的には複数の評価要素や調整が入ることで、制度運用が複雑になるということはあり得るわけです。ですから、MBOを入れたからといって、すべての問題が解決したわけではないということになります。
なお、近年では、上司と部下の対話を頻繁に行う1on1ミーティングや、別の目標管理手法としてのOKRなど、MBOと近接した実務上の工夫もみられます。ただし、これらはMBOと同じものではなく、評価制度そのものというより、対話や目標運用を補完する別の実践として理解したほうがよいでしょう。この点は参考事項として押さえておけば十分です。
