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コンピテンシー評価と人事考課制度の将来課題をわかりやすく解説――成果主義・多様な働き方・公正な評価制度の方向性 #放送大学講義録(人的資源管理第5回その7)

ーーーー講義録始めーーーー

 

コンピテンシーと将来の課題――多様な時代の人事考課制度

では、もう一つの考課項目ですね。コンピテンシーについて見ていきましょう。

コンピテンシーとは何かというと、少し難しい定義がテキストにも書かれています。代表的には、「ある職務または状況に対し、基準に照らして効果的あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」と定義されることがあります。ただ、これだけでは非常に難しいですね。実務的には、厚生労働省の職業能力評価基準が示すように、成果をあげるために有効な「従業員の行動/思考特性」と理解すると分かりやすいでしょう。

要するに、特定の仕事や役割において高い業績をあげる人たちに共通してみられる行動特性や思考特性を抽出し、それを評価や育成の基準として活用していこうというのが、コンピテンシーの考え方です。もともとはアメリカの心理学的研究の流れに由来し、日本でも採用、育成、評価などに活用されてきました。最近になって、日本企業でもこれを用いる企業が増えたということは言えるでしょう。

今までやってきた日本企業の職能資格制度の能力考課、いわゆる職務遂行能力との違いを挙げるならば、コンピテンシーは次の三点において異なると整理できます。

一番目、コンピテンシーは、特定の職種・職務、あるいはポストにおいて求められる行動特性を比較的具体的に設定しやすいということです。だから、従来の曖昧な能力考課に比べると、どのような行動を期待しているのかを明示しやすいという特徴があります。もっとも、それによって評価の曖昧さが完全になくなるわけではありません。

二番目、コンピテンシーは、高業績者を基準にして、その人たちに共通してみられる行動特性に注目するという特徴があります。だから、普通の人の一般的特徴をそのまま書き並べるというよりは、高い成果に結びつきやすい行動をモデル化し、それを選抜や育成、評価に活用するということになります。

三番目、心理学研究を背景に持つ概念であるということです。ただし、コンピテンシーは研究者や実務家によって定義に幅があり、運用の仕方も一様ではありません。したがって、心理学的背景を持つ概念ではあるけれども、企業で使う際には、その定義や目的を明確にしておくことが必要になるということです。

まとめますと、職務との関連性が比較的強く、しかも高業績者の行動特性に注目しているため、高度な専門職や管理職候補者の評価や育成、あるいは組織が重視する行動を明確にするために利用可能であるということができるのではないでしょうか。

さて、このように人事考課制度が変化してきたわけなのですが、その変化は何を意味しているのでしょうか。おそらくこれは、我々働く人々に求められるものが変わってきたということを意味しているのではないでしょうか。

職能資格制度の時代に求められていたのは、組織へのコミットメントであり、長期勤続であり、幅広い実務能力でした。ところが、それが時代の変化によって変わってきたということが現れています。日本企業の人事制度改革の流れをみると、1990年代以降、年功・職能中心の仕組みから、成果、役割、行動特性をより重視する方向へとシフトが進んできたことが確認できます。

MBOにおける業績考課が重視されたという背景には、従業員が意思決定に参加し、自分で目標を設定し、自己管理をしましょうということが重視されていたという事情があります。これは、各々の従業員が戦略的に考え、自らの仕事を管理していくことが求められているということの表れだと見ることができます。

また、コンピテンシーなどの評価の背景には、高業績者の行動特性に学びながら、優秀な人材の選抜や育成、あるいは組織が重視する行動の明確化を図ろうとする考え方が現れていました。このことは、自律的なキャリアや自分の専門領域を意識することが、従来よりも強く求められているということの表れだと考えられます。そこから考えると、これから働く人々には、戦略的かつ自律的に働くことや、専門性やリーダーシップを発揮して働くことが、従来よりも強く求められるようになったということが言えるのではないでしょうか。

こうした人事考課制度の変化というものは、こういう働き方の変化につながっていく、そのことが求められているのではないかというふうに考えられるわけです。

ここまで人事考課制度の変化を見てきたわけなのですが、今回の授業の最後に、将来に向けての日本企業の人事考課の課題を挙げておきたいと思います。二つ挙げたいと思います。

一つ目は、今申し上げたばかりの従業員の働き方あるいは意識の改革に関するものです。こういった人事考課制度の変化が起こって、そろそろ二十年ぐらいではなく、すでに二十年以上が経過しているということになります。MBOにしてもコンピテンシーにしても日本企業にかなり浸透してきたように見えるのですが、制度の理念どおりに働き方の方が十分変わったかというと、なお課題が残っていると考えられます。日本企業の人事制度改革の三十年史を見ても、成果主義化は一気に完成したのではなく、修正や揺り戻しを伴いながら進んできました。

形だけの成果主義を流行に乗って入れた企業や、あるいは人件費抑制の手段としてだけ成果主義を入れた企業では、こういう目的に気付かない、この重要性に気付かないために、うまく運用できないこともあり得ます。実際、JILPTの整理でも、成果主義の導入後に制度の納得性や実効性が問題になったことが指摘されています。

ただ、実際の企業を見ても、高度な専門性を持つ人材や戦略的なリーダーの育成が十分に進んでいるのかというと、そこにはなお課題があるように思われます。これをうまく実行するには、何よりも経営自体、経営トップ層や経営組織自体がもっと戦略的思考を重視し、そのもとで組織構造や意思決定プロセスも新しい時代に即したものに変わることが必要になります。要するに、経営が率先して変わることによって従業員も変わることができるのではないか、ということが考えられるわけです。ここは将来課題としての推論ですが、労働政策審議会報告でも、従来の内部労働市場だけでは労働者の意識変化や多様な事情に対応しきれないことが指摘されています。

さらに、もう一つの課題です。これはこれからの時代ですから、多様な人材や多様な働き方に対応できるような人事考課制度、これを作ることが必要になるものと思われます。厚生労働省の報告でも、育児・介護などの事情により従来型のキャリアパスを歩みにくい人々や、多様な就業形態にどう対応するかが課題として挙げられています。

これからの社会では、フルタイムで働く人、あるいは社内で働く人、いわゆる典型的な正社員だけが活躍するわけではありません。正規従業員・非正規従業員にかかわらず、育児をする人、介護をしながら短時間働くような人、こうした人が増えてくることが十分に考えられます。また、2020年以降、新型コロナウイルスの影響もあり、テレワークあるいはリモートワークで働く人たちが増えてきています。厚生労働省も、コロナ禍で多様な働き方が広がったことを前提に議論しています。

そうした人たちの中には、日本企業が得意としてきたプロセス重視の評価について、評価者も労働者も懸念を抱きやすい場合があります。例えば、出社頻度の低い労働者については、評価制度や賃金制度を明確にしておくことが望ましいと厚生労働省は述べています。ですから、家事や育児、介護、テレワークなどによって働き方が多様になるなかで、従来型のプロセス評価だけに依拠すると不利が生じるのではないかという問題意識は十分に成り立ちます。

そういったいろんな立場、いろんな働き方をする人たちの考課を公正なものにするためには、今までよりも職務あるいは役割をできるだけ明確にした上で、その成果を重点的に評価するような人事考課制度が必要になるものと思われます。これも講義としての規範的提案ですが、少なくとも厚生労働省は、テレワーク労働者に関する評価制度・賃金制度の明確化を求めています。

これまで日本企業は、成果主義になってもプロセスも重視してきました。成果とプロセスを両方評価することが従業員のためになるように考えてきたのだと思われます。ただ、そのことが不利になってしまうような人たちも現れ始めたということは言えるでしょう。こうした問題に対応するには、多種多様な働き方、多種多様な仕事を想定した上で人事考課制度を組み立てるということが求められる、そういった時代になってきたのではないかと思われます。

以上、二つの将来の課題についてお話ししてきました。

それでは最後に、今回の授業の振り返りを簡単にしておきたいと思います。

日本企業では、長い間、職能資格制度に基づく人事考課制度がスタンダードとして普及していました。その中では考課要素が三つありました。業績考課・情意考課・能力考課ですね。その中で、とくに昇給や昇格などの中長期的処遇との関係で能力考課の比重が大きかった、ということが日本企業における大きな特徴だと言えるでしょう。

そうした能力考課が重視されるという特徴が日本企業の経営や組織の特性にかなり合っていたために、日本の人事考課制度は日本の経営にも寄与していたのではないかというふうに考えられるわけです。ところが、その人事考課制度では曖昧な評価項目という問題もはらんでいたので、その点についてはかなり問題があったということが言えるでしょう。

その後、1990年代後半以降になると、成果主義人事制度が追求されるようになり、MBOやコンピテンシーといった新しい仕組みも導入されました。それは、業績や成果の考課が従来より重視されるようになったことを意味するものであり、また高業績者の行動特性に基づく選抜や育成が意識されるようになったということになるでしょう。

こうした制度が日本企業にも浸透してきたわけですが、そのことを通じた従業員の意識改革というのは、なお道半ばです。おそらく、それをやるためには、企業そのものが、あるいは経営そのものが率先して変わることが必要になるのでしょう。さらに同時に、多様な働き方を前提にした公正で明確な評価制度を整備していくことも必要になります。そういったことを、今日は議論してきたわけです。今日は人事考課制度についてお話をしてまいりました。