ーーーー講義録始めーーーー
蒸気機関から大量生産へ——ヴェルヌの未来像と情報処理の不在
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジェームズ・ワットに代表される蒸気機関の改良、すなわち人の手作業に依存しない強力な動力の実用化が引き金になり、様々な変化が引き起こされました。厳密に言えば、ワットは蒸気機関そのものの発明者ではなく、ニューコメン機関に分離凝縮器を導入することで、その効率を大きく高めた人物です。こうした改良によって蒸気機関は実用的な動力源となり、蒸気機関車や蒸気船に用いられ、人々の生活と産業活動の範囲が広がりました。さらに蒸気機関のエネルギー源として石炭産業が発達し、それを背景に製鉄も発達します。加えて、繊維工業では当初は水力利用が重要でしたが、その後に蒸気機関が工場動力として広がることで、生産の規模拡大と機械化が進み、大量生産への道が開かれました。こうして生じた社会と技術の変化は、今日まで連続的に社会を変革させ続けているのです。つまり、一度始まった産業革命以降の世界では、次々に新しいものを生み出しながら変化が続いています。
これが初期のスチームエンジンですね。そしてこれが蒸気機関車。そして石炭産業。さらにここで紡績産業が発展してくるわけです。こういう変化が次々にスパイラル状に生じてきているわけです。蒸気動力、燃料供給、輸送、金属加工、工場制生産が相互に結びつきながら、技術と産業が連鎖的に発展していったのです。
では、こういう変化に対して、人々はどういう風にその当時未来を構想したのか、それをちょっと見てみましょう。フランスの小説家ジュール・ヴェルヌの描いた新しい現実としての未来の世界です。『地球から月へ』、『海底二万里』、『八十日間世界一周』。これらの作品群は、見たことのない世界へ人類が到達できるようになったこと、また交通や移動の発達によって世界が狭くなったことをモチーフとしています。ヴェルヌは19世紀の科学技術と探検・移動の可能性を背景に、未来的な冒険世界を描いた作家として位置づけられます。
ところが一方、当時の人々が十分には想像できなかったのが、今日のような情報処理技術とネットワーク社会です。様々な未来を構想した作品の中にも、現代のコンピュータによる情報処理や、インターネットのようなネットワークが社会の基盤となる世界は、一般的には描かれていませんでした。情報処理技術とインターネットは、動力とそれを用いた機械の変革、エネルギーの変革、それを用いた移動技術や産業構造の変革とは異なる形で、我々の社会に登場し、社会を根底から変えていきました。インターネットによる変革というのは、少なくとも19世紀の主流的な未来像の中では、想像の射程の外にあったと言ってよいでしょう。
ただ一つ面白い例外があります。チャールズ・バベッジは、現代のコンピュータに通じる発想をもつ、プログラム可能な汎用計算機械を、機械式のメカニズムで作り出そうとしたのです。これは「解析機関(Analytical Engine)」と呼ばれています。解析機関は19世紀に設計され、部分的には製作もされましたが、結局最後まで完成することはありませんでした。しかしその構想はきわめて先駆的で、記憶装置、演算装置、入力、出力という、現代のコンピュータにも通じる基本要素を備えていました。この意味で解析機関は、今日のコンピュータの重要な先駆として位置づけられます。したがって、情報処理というものは完全に無から突然現れたのではなく、バベッジのような先駆的構想を経ながら、のちに電子計算機とネットワーク技術の発展の中で本格的に我々の世界に登場してきたのです。

