ーーーー講義録始めーーーー
デジタル・デバイドの解消とインターネットの本質——ハイパーテキストのビジョン
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インターネットの黎明期には、「デジタル・デバイド(digital divide)」と呼ばれた社会的な問題が広く議論されていました。その後、パソコンの低価格化だけではなくて、スマートフォンやタブレット端末の普及が、情報機器やネットワークへのアクセスを拡大させるうえで大きな役割を果たしました。しかしながら、デジタル・デバイドそのものが解消されたとまでは言えません。現在でも、年齢、所得、教育水準、地域差などによって、デジタル技術へのアクセスや利用能力には格差が残っていると OECD は指摘しています。
デジタル・デバイドというのは、インターネットをはじめ様々な情報処理のリテラシーがビジネスから生活まで普及していく過程で、パソコンを使えるリテラシーを持ち、また当時高価であったパソコンを利用できる人々と、パソコンの利用の機会が限られ、その利用のリテラシーを持たない人々の間に、インターネットを利用して得られる社会的な資源の利活用の機会や就労機会など多くの側面で社会的な不平等が生じるのではないかということで、社会問題化されたものです。しかしながら、パソコンの低価格化とスマートフォン・タブレット端末の登場を受けて、子供でも容易にインターネットのサービスを使える時代になりました。そういう意味では、初期のような「パソコンを持てるかどうか」という単純なアクセス格差は縮小しましたが、世代差、地域差、所得差、そしてスキルの差に由来するデジタル・デバイドの懸念は、なお現在も残っています。したがって、デジタル・デバイドは幻の社会問題となったというより、形を変えながら続いている社会問題だと考えるほうが正確です。
【図表3:Googleトレンドによる「デジタル・デバイド」の検索頻度の変化(検索頻度100で正規化)】
(縦軸:検索頻度(最大値=100に正規化)、横軸:年(2000年代初頭〜2020年代)。日本・世界ともに2000年代前半に検索頻度が高かった可能性はあるが、検索頻度の低下それ自体は、用語としての注目度の変化を示すにとどまり、デジタル・デバイドという現実の社会問題が消滅したことを直接示すものではない。実際には、アクセス格差に加えて、スキル格差や利用格差が現在も論点となっている。)
これは Google トレンドによる「デジタル・デバイド」というワードの検索結果です。検索頻度は100で正規化されているものですが、日本を見ても世界を見ても、デジタル・デバイドに関する関心というのは次第に低下している可能性があります。しかし、ここで注意しなければならないのは、検索頻度の低下は問題そのものの消滅を意味しないということです。むしろ、機器の普及によって初期のアクセス格差が見えにくくなった一方で、現在ではスキルや活用能力の格差がより重要になってきています。このような中で、誰でも使えるインターネット機器・スマートフォンなどが普及し、それがだんだん進化してきたということは言えます。
さて、そもそもインターネットとは何でしょうか。今日インターネットとして認識されているのは、TCP/IP プロトコルによるネットワークで繋がれた「The Internet」と呼ばれるものです。一方で、それ以前にも、UUCP という仕組みを用いて、ファイル転送、電子メール、電子ニュースをやりとりするネットワーク文化が広く発達していました。UUCP は Unix 間の通信を担う重要な技術でしたが、現在の The Internet そのものと同一ではありません。小文字の “internet” という語は、本来は一般に複数のネットワークを相互接続した状態を指す概念であり、その後 TCP/IP を基盤とするグローバルなネットワークとして「The Internet」が定着していきました。こうした経緯の中で、世界中を結ぶ技術者のためだけではないコミュニケーションの場を構築しよう、そこで情報の島を作らず、すべてをつなぐんだという、今日のインターネットにつながる理念も広がっていったのです。UUCP ネットワークで提供できるサービスはしかしながら限られていました。それに対して、TCP/IP のネットワークである「The Internet」の上では、より汎用的で大規模な相互接続が可能になり、その上に World Wide Web のような世界的サービスが成立していきました。
次に、このような新しい現実を構想するということは、実は大変難しいのだという話をしたいと思います。ワールドワイドウェブの基盤技術であるハイパーテキスト、すなわち様々な情報を相互に参照することのできる情報技術というのが構想されるにあたっては、一人の先駆的思想家・情報技術のパイオニアのビジョンが大きく影響を与えました。テッド・ネルソン(Ted Nelson)です。彼は1960年代前半にハイパーテキストの着想を得て、1965年の論文で “hypertext” という語を公に提示しました。すべての知識が互いに相互参照できる地球規模の知のネットワークが構想されたのです。彼は「ザナドゥ・プロジェクト(Project Xanadu)」というものをスタートさせまして、このビジョンの普及とシステムの実現のために奔走しました。しかしながら、結果的にザナドゥは World Wide Web のような形で広く普及したシステムにはなりませんでした。しかしながら、ハイパーテキストのビジョンそのものは、今日のワールドワイドウェブに確かに引き継がれています。実際、Tim Berners-Lee が 1989年に CERN で提案した World Wide Web も、インターネット上でハイパーテキスト文書を相互に結び付ける仕組みとして構想されたものでした。こうしてハイパーテキストの発想は、インターネット上のビジネスやコミュニケーションの基盤を構築しているのです。
