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組織の中心と周辺――流通プラットフォームの歴史と所得格差拡大を読み解く経営情報学 #放送大学講義録(経営情報学入門第13回その6)

ーーーー講義録始めーーーー

 

組織の中心と周辺——流通プラットフォームの歴史と所得格差の拡大
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従来の市場の流通構造の中でも、三者間関係としてのプラットフォーム型の構造というものは実はありました。例えば、映画の配給のネットワークを考えてみましょう。この場合、歴史的には、とくにアメリカ映画産業において、多くの主要スタジオが制作・配給・興行を垂直統合した形で、自社の製作した映画を自社の配給ネットワークに乗せる体制を築いてきました。ここでは映画を見る人、そして映画を作る制作主体、それから流通を媒介する配給会社や興行ネットワークという三者間の関係が成立しています。しかしながら、その関係というものは、しばしば垂直統合や強い系列関係を前提として存在していたものです。

自動車産業でも同じような流通のネットワークがありました。これは面白いことに、日本国内では、自動車会社ごとに自社の車を扱うように系列色の強い販売網が構築されていました。これに対して、米国では独立ディーラー制が基本でした。もっとも、米国のディーラーもメーカーと無関係な存在ではなく、フランチャイズ契約や州規制のもとで結ばれた独立事業者として存在してきました。つまり、日本ではメーカー系列の販売網が強く、米国では独立ディーラー制が中心だったという違いがありました。それゆえ、日米貿易摩擦では、日本の流通・販売網の閉鎖性や排他性がしばしば不公正な貿易慣行として問題視されたわけです。

このような流通のネットワークというプラットフォームと、その上で提供される財やサービスというものは、垂直統合による排他的な戦略という形で、インターネット以前の世界でも過去に様々に行われてきたわけです。しかしながら、インターネット上のプラットフォームでは、そういう形で垂直統合をするということなしにロックインが進むわけです。三者間関係のお互いの選択のメカニズムの中でロックインが進みます。そして一度プラットフォームへのロックインが進み、顧客やサービスの利用に対するデータがたまればたまるほど、さらにそこでのサービスの利得が上がる。つまり、情報集積の利得というものが生じてロックインがますます加速される構造というものがあるのです。こうした特徴は、デジタル市場におけるネットワーク効果、データ蓄積、スイッチングコストの問題として理解することができます。

情報ネットワーク社会で企業はどういう構造と戦略を取ってきたのでしょうか。そこでは、利益最適化のための装置としての企業における中心と周辺というものが問題になります。ビジネスをデザインする中心部門と、中心部門が構築したビジネスモデルのための労働を提供する周辺部門を区別することで、周辺の低付加価値労働のコンポーネントを容易に置き換えできる。そのように設計された組織と、そのためのプラットフォームの設計が進みつつあります。そこでは、内部での能力開発、長期雇用、社会的保護が弱い働き方が広がる可能性もあります。OECD は、技術変化のもとで中間層の空洞化や、低品質で不安定な仕事の拡大への懸念を指摘しています。

【図表4:1980年代から2000年代の所得の伸び率(所得階層別比較)】
(縦軸:所得の伸び率または所得シェアの変化、横軸:所得階層。1980年代以降、とくに米国では上位1%の所得シェアが大きく上昇し、中間層や下位層との格差が拡大していることが確認される。ただし、この変化を1993年頃からのインターネット普及だけで説明することはできず、金融化、税制、労働市場制度、グローバル化、技術変化など複数の要因が重なっていると理解する必要がある。)

ここでは、1980年代から2000年代の所得の伸び率ないし所得シェアの変化を見ています。1993年は Web の普及が加速した重要な年ではありますが、その頃に突然コンピューターやマイクロコンピューターが企業に入ってきたわけではありません。企業におけるコンピューター利用やマイクロコンピューター利用はそれ以前から進んでいました。そして1980年代以降、技術革新、グローバル化、制度変化などが重なる中で、所得格差の拡大が進んできました。その中で、米国では上位1パーセントの所得シェアの伸び率が非常に大きかったのに対して、中間層や下位層の伸びは相対的に弱かったことが知られています。ただし、「上位1パーセントが大部分の富を持っていってしまう」と断定するのではなく、上位1パーセントへの集中が顕著に強まったと捉えるほうが正確です。

では、こういう状況というのは、一体何がもたらしたのでしょうか。その一つの答えが組織構造の変革です。先ほど我々が戦略と構造の話について、多角化戦略の話をしました。インターネット時代に固有の戦略とそれに基づく構造というものはどういうものになっているのか。そのことを少し詳しく見ていきたいと思います。ここでは、情報技術そのものだけでなく、それを使って企業がどのように中心業務と周辺業務を再編成したかが重要になります。

例えばある種のフランチャイズ・チェーンというものを考えてもらえばいいのですが、センターが高付加価値、そして現場の店舗というのは低付加価値のコンポーネントというふうに考えます。このビジネスをデザインする中心部門と、中心部門が構築したビジネスモデルのための労働を提供する周辺部門を区別することで、周辺の低付加価値の労働のコンポーネントが容易に置き換え可能になるというそのことが問題になるわけです。この労働マーケットの二極化の中で、知識集約的・創造的・専門的な職種に属する人々と、低賃金で不安定な就業に置かれやすい人々との分断が拡大することがあります。Richard Florida のいう「クリエイティブ・クラス」は前者を指す概念として知られていますが、その対概念として単純に「アンダークラス」を対応させるのは正確ではありません。ここでは、創造的専門職と不安定就業層の分断として捉えるほうが適切です。

従来、働く場としての企業の多くでは、その内部でキャリア・ラダーと呼ばれる経験と能力に基づく昇進の階梯と、その階梯を上昇するための能力開発、これはしばしばケーパビリティ・デベロップメント(capability development)と呼ばれますが、その機会が与えられていました。また、福利厚生のみならず、社会的人間関係のネットワークが企業にはあり、それがそこに所属することで、何らかの利便性が与えられる資本財としての社会関係資本というものをある種のコミュニティとして提供してきたわけです。これに対して、近年の不安定就業やプラットフォーム労働では、社会保障や能力開発、キャリア形成の機会が弱くなりやすいことが OECD や ILO によって指摘されています。

労働サービスを企業に対して取り替え可能なコンポーネントとして提供する考え方というのは、今日クラウドソーシングやギグワークという風にも呼ばれています。労働者がさらに資本財としての自家用車を持って置き換え可能な労働サービスのコンポーネントとなる、そういうシェアリング・エコノミーという名のライドシェアサービスというものも今日広く知られるようになりましたが、こういう一連のサービスは、参入のしやすさや柔軟性を持つ一方で、低賃金、不安定就業、社会保障の弱さ、交渉力の弱さを伴いやすく、低位で不安定な就業層を拡大させるおそれがあります。その中で、創造的・専門的・中核的な仕事に従事する層と、周辺的で代替されやすい仕事に従事する層との分断が進行しつつあるわけです。