ーーーー講義録始めーーーー
未来の社会シナリオ——ウィナー・テイク・オールかサステナブル社会か
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このような新しい現実に対して、特別な課題というものは何でしょうか。巨大プラットフォーム上でロックインされたビジネスモデルがもたらす、多数の低ケーパビリティで置き換え可能な労働のコンポーネントからなる、中央制御によって最適化を行うビジネスモデル。そういうビジネス戦略を変化させ、現場からの創造や能力開発が可能となり、次々に新しいサービスが小規模ですが創発され続ける。高い能力開発力を持ち、超多様なサービスを創出し続ける。そういう産業構造を見出すためには何が求められるのでしょうか。この問題を引き続き考えていきたいと思います。
次の四半世紀の間に、多くの労働者の働き方や企業との関係が大きく変わるのではないかという予測もあります。ただし、それはすべての労働者が企業に所属しなくなるという意味ではなく、雇用、外部委託、プラットフォーム労働、自営的就業などが複合的に広がる可能性として理解するのが適切です。膨大な低賃金・不安定就業層と、ひと握りの高技能・創造的専門職への分断が生じるのではないか。そういうリスクがまさに問われているわけです。この新しい現実に対するビジョンの構築と、新たな社会的課題に対して、企業と労働者、政府、教育、技術者といった様々な社会的なステークホルダーが全体として課題解決のためにどのような仕組みづくりをするか。そのことについて考えていきたいと思います。
今、2つの社会の可能性が見えています。巨大で一様なサービスでロックインされた「ウィナー・テイク・オール社会」、そして超多様で小さなビジネスが新たな需要を創成する「サステナブル社会」。もちろん完全に2つに分かれるわけではないですけれども、ここでは将来を考えるための理想型として、この二つの方向性を考えてみたいと思います。その比率と、この新しい超多様で小さなビジネスが新たな需要を創成するサステナブルな社会についてのビジョン構築、そしてそこに向けての技術の構築というものが大きく問われるわけです。どちらの社会に向けてインターネット・オブ・シングス(IoT:Internet of Things)時代の社会インフラをデザインするのか。将来あり得るべきシナリオを構想し、それを実現する知が必要となるわけです。
日本のみならず、経済成長を達成した社会というものは、需要の成熟化や低付加価値のコモディティ財をめぐる世界的競争の中で、プラットフォーム型の独占や、能力開発の乏しい置き換え可能な労働の拡大、中間層への圧力という問題に直面しているわけです。この危機の背後にある構造を読み解き、内需の領域で超多様なサービスのイノベーションを可能とすることで、我々の社会を新しいモード、超多様性モードへと変化させることは可能でしょうか。ここでいう中間階級の危機とは、一様な崩壊を意味するのではなく、格差拡大や中間層への圧力が強まっているという意味で理解する必要があります。
どんな危機が具体的にあるのか、仮想の例を通じて考えてみましょう。ライフログなどの巨大な集積を持つプラットフォーム企業が、それを利活用したクロスセリング戦略として、車や交通手段の提供サービスや生活購買代理サービスを大規模でロックインされた形で提供するシナリオが見えてきつつあります。ここでは仮想の企業、「グーゾン」という企業を考えてみましょう。
【グーゾン・スーパーマーケットシナリオ】
「今ダイエットに挑戦しているあなたへ」「4人家族のあなたへ」「スペアリブの好きなあなたへ」「今週誕生日のあなたへ」「今週グルメ本を読んだあなたへ」「今週海外から戻ってきたあなたへ」「今週外食も多かったあなたへ」。こういう個人情報というものは、すべてこのプラットフォームが収集しているというふうに考えてください。現在の SNS 上でもこういう情報が微妙に収集されていて、いろんなレコメンデーションが出てきます。こういう個人情報に基づいて、「あなたのライフスタイルに合った来週のメニューをご提案します。必要なら国産やメイドのサービスも、あるいは全国・日本でも注文を統合し、バイイングパワー(buying power)で低価格と加工サービスまで提供します。Every Day(エブリ・デイ)ではなくて、Every Minute(エブリ・ミニッツ)の一番安いプライス。あなたはそれを近所のスーパーマーケットで受け取ることも宅配で受け取ることも自由にできます」。こういうサービスが容易に出現することは予測できるわけです。
【グーゾン・オート・ウィズ・サービスシナリオ】
「月曜日はデートで素敵なスポーツカーに乗りたいあなたへ」「燃費のいい環境に優しい車に乗りたいあなたへ」「運転を頼みたいあなたへ」「火曜は職場へマウンテンバイクで通いたいあなたへ」「週末は親戚と海に行く宿の予約をしているあなたへ」「キャンピングカーを検索したことがありますね」。一連のオートモビルサービスに関しても、こういう個人情報に基づいたレコメンデーション、あるいはサービスの提供が出てくるとすると、どうなんでしょうか。玄関まで車を「デリバリー&ピックアップ」、あるいはステーションからの送迎サービス。このようなサービスの中では、車を所有する必要はありません。ライフスタイル・ライフステージでトータルに自動車からマウンテンバイクまでライフサポートし、宿の予約もします。こうしたサービスというものは、従来のモノを持つサービスから、いわゆるサービスそれ自身を提供するサービスへと変化しつつある時代の流れの中で出現しうることが予測されます。さらにもっと言えばですね、「ホール・ライフ・サービス」、つまりあなたの年代、あるいは収入・家族構成に基づいて、すべての必要なものやサービスをサブスクリプション、つまり貸し出す形で提供するようなサービスさえ、大きな巨大なプラットフォームとして出てくる可能性があるわけです。
本日の話を少し振り返ってみてみましょう。まず、第1次産業革命、第2次産業革命、第3次産業革命という形で、我々の世界は大きく変化してきました。そこではまず機械化があって、水力・蒸気力そういうものが新しいパワーとして我々の世界に登場したのです。それが次に大量生産の組み立てラインや電力が供給されることで、大きく世界がまた変わってきます。さらにコンピューターの登場とオートメーションによって、今日我々が知るような工場というものができ上がるわけです。さらに現在問題になっている第4次産業革命では、インターネットであらゆるものがつながるというだけでなく、IoT、AI、クラウド、データ連携などを通じて、サイバーフィジカルシステムが構築され、物理世界とデジタル世界が統合されることで、それがさらに我々の社会を大きく変えていくだろうということが予想されているわけです。その中でこの講義では、情報社会と組織、働き方の変化というものに着目しています。
先ほど申しましたように、デジタル・デバイドという概念、つまりコンピューターを使えるリテラシーのある人とない人の間のデバイドというのは、少なくとも初期のような単純なアクセス格差としては目立ちにくくなっている面があります。しかしながら、我々が先ほど説明したように、新たなデバイド——それは創造的・専門的な高技能職と、低賃金で不安定な就業に置かれやすい人々との分断とも言えますし、あるいは組織構造における中心と周辺のデバイドというふうに言うことができるでしょう——まだ十分に概念化されていない新たなデバイドが生じつつある。つまり見えない現実が今ここにあり、それが拡大しようとしている。そのことについて、私どもは分析を続けなければならないわけです。なお、従来型のデジタル・デバイドも完全に解消されたわけではなく、年齢、教育、所得による格差は依然として残っています。
しかしながら、これは経営科学という科学の中では、実は大きな問題を提起することになります。科学というものはすでに起きた出来事というものを正確に記述する、あるいはモデルを作るということを得意にしています。しかしながら、我々がやらなければならないことは、この大きなスパイラル状の変化の中で、これから起きるであろう出来事、そこに向けての強力なロックイン、あるいは中心と周辺のデバイドそういうものを読み解いて、それに対するオルタナティブなシナリオというものを明確にして、技術開発、あるいは政策を含めて考えていく、あるいは社会的に実践していくということが課題になっているからです。これは狭い意味での自然科学ではありません。しかし、将来シナリオを構想し、それに基づいて制度や技術の方向を考えることもまた、経営情報学にとって重要な知の営みです。先ほどテッド・ネルソンを引用させていただきましたが、テッド・ネルソン自身もワールドワイドウェブのベースとなるようなハイパーテキスト概念を出したのですが、それはあまりにも早い時期の先駆的構想でした。そして、バベッジの解析機関に至っては、当時実機としては完成しませんでしたが、後世から見れば今日のコンピューターの先駆的構想として理解されています。我々は未来に対してビジョンを描くということ自身が学問ではあっても、物理的な科学そのものとは異なる。そういうような知の在り方そのものが今現在問われているというふうに言うこともできるでしょう。
先ほどチャンドラーの「組織は戦略に従う」という名言を引用させていただいたんですが、では、現在どのような戦略がインターネットのプラットフォーム上で色々試されているか。そのことが問われる必要があるわけです。すでにスポーク&ハブモデル、ロングテールモデル、フリーモデルと色々な戦略に基づいた組織構造が実践されてきたわけなんですけれども、すでに申したように、プラットフォーム型の産業構造、その中での中心と周辺の分断、あるいはコンポーネント型のビジネスモデルと言われるように、周辺部のコンポーネントが低付加価値としていつでも取り替えられるように出来上がる。結果として、そこでは労働者のケーパビリティ・デベロップメントが弱くなりやすい、そういう組織構造というものが、実は「最適化」という名前の下で、そういう戦略の下で、我々の社会にどんどん出現しつつある。そのこと自身を、私どもはこれから読み解いていきたいというふうに考えています。
先ほど「グーゾン」という仮想企業の話をしましたが、プラットフォームという観点から立った時に、もちろんプラットフォームというものは、別に問題があるだけではなくて、非常に素晴らしいものでもあります。巨大なプラットフォームの上でたくさんの業者さんが従来できなかった、あるいは従来の物理的な流通の中では不可能だった、そういうサービスを提供することもできるようになっています。その意味では、プラットフォーム型の産業構造というものは、戦略として必然的に出るべきものだと思います。ただ、その一方で、例えば巨大プラットフォームの企業の中では、それをデザインするクリエイティブな人たちと、それから倉庫の現場で働くいつでも交換可能なコンポーネントとしての労働者の間に非常に大きなデバイドがあって、そこの現場の方々がセンター側へ、つまり高付加価値の中核的業務へとキャリア・ラダーの中で移行しにくいという問題が生じうるわけです。我々はそういう意味で、戦略最適化の戦略というもののあり方自身をいわば丁寧に読み解いて、人の働き方に関する最適化というものは何であるか、だからビジネスそのものについての最適化というのは何であるのか、そういうことを制度装置としてきちんと考えていくことが重要だというふうに考えています。
本日は次回の第14回へと続く問題提起をいたしました。次回はこれを具体的にインターネット・オブ・シングス(IoT)というものを中心にしながら読み解いていく作業をやろうと思います。本日はどうもありがとうございました。
