ーーーー講義録始めーーーー
インダストリー4.0と2つの産業構造シナリオ
════════════════════════════════════════
■ インダストリー4.0(Industry 4.0)とは
次に、IoTに関して、インダストリー4.0(Industry 4.0)という構想について少し見ていきましょう。ドイツを中心とする欧州では、インダストリー4.0という構想が、情報通信技術を用いて機械やプロセスを知能的にネットワーク化し、製造業のデジタル変革を進めるものとして提唱されてきました。そこでは、サイバーフィジカルシステム、IoT、データ連携、自動化、相互運用性などが重視されています。したがって、インダストリー4.0は、トレーサビリティのあるものづくりを含みつつも、より広く、製造システム全体の高度化をめざす構想として理解するのが適切です。
今後のIoT社会では、都市・ビル・工場・交通・地域・企業・エネルギー等、様々なサービスが、その背後にあるサプライチェーンやネットワークと結びつきながら構築されていくことになります。その個々のサービスを支えるのは、企業としてのビジネスプロセスになるわけです。そして、その背後に、これらのいろいろなサービスに提供されるものを作る工場というものがあります。そして工場のシステムは、そこでの生産計画・実行管理、それから工作機械などの制御、そしてそれらを運用する工場の現場から成り立っています。ここで重要なのは、Industry 4.0 が単なるクラウド化ではなく、製造現場、制御、データ、経営管理を横断する統合的な構想である、という点です。
■ シナリオ1:巨大クラウドプラットフォームへのロックイン型
こういうシステムに対するIoT化に関しては、2つの産業構造のシナリオ――戦略から組織構造に至るシナリオが考えられます。ここで述べる2つのシナリオは、Industry 4.0 の公式な分類ではなく、講義上の将来像の整理です。
一つ目は、巨大なクラウドプラットフォームの上でロックインするようなシナリオです。そこでは企業などの組織単位での製品やサービスは、トップダウンにデザインされます。そして、製品やサービス生産のための工場の最適化が行われ、そのための生産管理とデータ収集に最適化したIoTのシステムが、特定の巨大プラットフォームの上で運用されるようになる可能性があります。その場合、現場が置き換え可能なコンポーネントとして扱われ、現場の自律的改善や能力形成が弱まる設計が採られるおそれもあります。ただし、これは Industry 4.0 そのものの必然ではなく、プラットフォーム設計次第で生じうる一つの帰結として理解する必要があります。
■ シナリオ2:分散型・オープンプラットフォーム型
もう一つの可能なシナリオが、多様で小さなビジネスが次々に生まれて、特定のプラットフォームに過度にロックインされない、というシナリオです。サービス単位・製品単位での生産プロセス・サービスプロセスを、小規模分散組織のステークホルダーがデザインする。大きな企業単位のマネジメントではなくて、サービス単位・製品単位でのマネジメントが中心になる――そういう分散組織が生まれてくるかもしれません。そこでは、サービスや製品の生産が小ロットでフレキシブル、かつ頻繁な組み替えが可能となるような生産管理システムと、そのためのデータ収集、そして現場での利活用が行われるようなIoTシステムがデザインされ、実装されることが求められます。Industry 4.0 や smart manufacturing の文脈でも、柔軟性、効率性、リアルタイム対応は重要な目的とされています。
そして結果として、ボトムアップなオープンイノベーションを可能とするような現場と、そこでの能力開発が進んでくる――そういう現場の構造がデザインされるようになるかもしれません。ただし、ここでいうオープンイノベーションとは、単に現場が自律的であることだけではなく、企業内外の知識や技術の流入・流出を通じて、イノベーションを加速することを意味します。したがって、このシナリオが真にオープンイノベーション型であるためには、組織の境界を越えた知識連携や協働の仕組みも必要となります。
■ 巨大プラットフォームと「コンビニ化」の危機
巨大な情報プラットフォームに様々な組織が参加するIoTは、設計のされ方によっては、プラットフォームがロックインを強め、工場をコンビニエンスストアのように、現場からの改善が起きにくいトップダウンに最適化されたシステムへと近づけてしまう恐れがあります。しかし、Industry 4.0 自体は、必ずしもそのような固定的・硬直的システムだけを目指すものではなく、むしろ柔軟性、適応性、効率性の向上も重視しています。したがって、問題は Industry 4.0 そのものというより、どのようなプラットフォーム設計・組織設計・能力形成の仕組みを採るかにあります。
私どもが構想する必要があるのは、今よりはるかにたくさんの人々が参加できて、色々なものやサービスを作ることもできる、IoT化されたビジネスプロセス――そしてそこで多様な需要創出と付加価値の広い配分を可能とし、人々の能力改善につながる、ボトムアップで絶えざる進化と改善を可能とする――そういう世界を実現するオープンプラットフォームではないでしょうか。この部分は、事実の記述というより、望ましい将来像に関する規範的提案として読むのが適切です。


