ーーーー講義録始めーーーー
日本企業における情報技術活用の変遷
――企業情報化協会名誉会長・小縣方樹氏インタビュー(前編)
═══════════════════════════════════════
それでは早速ですが、ここで公益社団法人企業情報化協会名誉会長の小縣方樹さんにお聞きしたインタビューをご覧ください。日本企業における情報技術活用の変遷と、「情
報で経営する」という視点に加えて、「情報を経営する」という視点が重要になっている現状について、具体例を交えてお話しいただいています。小縣氏は、同協会の会長を2018年から2022年まで務め、2022年に名誉会長へ就任しています。
■ インタビュー(前編):情報技術活用の発展プロセス
――本日はよろしくお願いいたします。小縣さんは、公益社団法人企業情報化協会の会長・名誉会長として、日本企業の経営と情報技術の活用との関係を長くご覧になってこられたかと思います。
はい。
――それでは、その発展プロセスは大きく見るとどのようにまとめることができますでしょうか。ご自身のご経験も踏まえてお話しください。
わかりました。日本企業の経営と情報技術の活用の変遷を語る上では、経営情報学で言うところの「組織を広い意味での情報処理システムと捉える」という考え方に私は賛成です。その観点から申し上げますと、企業経営と情報技術の活用は、まず1950年代から1960年代初頭にかけて、主として大型計算機を用いた事務処理やデータ処理の段階から始まったと見ることができます。その後、通信技術の発達に伴って、オンラインで統合的に処理する形態へと移行していったわけですね。企業の情報システムは、初期にはバックオフィス業務や定型処理を中心に発展し、のちに管理や意思決定、さらには戦略の支援へと役割を広げていきました。
1960年代には、アメリカで発展した経営情報システム、すなわちMIS(Management Information System)の考え方が広まりました。さらに1970年代には、経営の意思決定を支援するDSS(Decision Support System)が注目されるようになり、1980年代には、企業の競争戦略や競争優位を支えるSIS(Strategic Information System)が重要なテーマになりました。したがって、MIS、DSS、SISは同じではなく、MISは管理活動を支える情報提供、DSSは意思決定支援、SISは戦略支援というように、段階的に重点が広がってきたと理解するとよいでしょう。こうした流れの中で、従来は情報システム部門の専門家が中心であったシステムの開発や活用にも、エンドユーザー部門がより深く関わるようになっていったのです。
1980年代から1990年代にかけては、パーソナルコンピュータの普及を背景に、特定機能のサーバーとLANで結ばれた多数の端末から成るクライアント・サーバー・システムが広がりました。また、1990年代にはインターネットの商用利用が進み、企業の情報システムは企業内の閉じた環境から、企業外や国外を含むネットワークへと接続範囲を拡大していきました。こうして、情報システムは社内事務処理の道具から、企業活動全体をつなぐ基盤へと変化していったわけです。
その後、2000年代後半以降になりますと、クラウド・コンピューティングが広がり、ハードウェアを自社で保有することだけではなく、ネットワーク越しにソフトウェアや計算資源を利用する形態が急速に普及してきました。さらに2010年代以降は、単なるIT化ではなく、事業や業務、顧客接点そのものを変革するDX(デジタルトランスフォーメーション)が重要な経営課題として位置づけられるようになってきました。こうした変化は、情報技術が単なる業務効率化の手段ではなく、企業の価値創造や競争力そのものを左右する要素になったことを示していると思います。
これらを情報化の発展段階として申し上げますと、まず単なるデータ処理の段階があり、次に部門管理のための個別システムの段階があり、その後、企業内でシステムが統合される総合的なシステムの段階へと進んできました。さらに、企業活動のグローバル化やネットワーク化に伴って、情報システムの連携範囲も企業内から企業間、さらには国際的なネットワークへと拡大してきたわけです。この間、コンピュータの処理性能やネットワークの通信性能が大きく向上してきたことは、こうした変化を支える重要な条件だったと言えるでしょう。

この表は、情報技術の発展を厳密な単線的発展としてではなく、主たる特徴が重なり合いながら移行してきた流れとして整理したものです。MIS、DSS、SIS、クライアント・サーバー、インターネット、クラウド、DXは完全に切り替わるのではなく、前の段階を引き継ぎながら重層的に展開してきたと理解するのが適切です。
■ JR東日本を例に
今申し上げたようなことを、JR東日本の経営を例にご説明するとわかりやすいかと思います。
JR東日本は、1987年4月1日の日本国有鉄道の分割民営化によって発足した会社です。鉄道事業に加えて、駅を拠点とする生活サービス事業なども展開してきました。経営の最重要課題が安全であることは言うまでもありませんが、その安全性の確保、運行管理、座席予約、販売、顧客サービス、経営管理など、多様な領域でICTの活用が進められてきました。
その代表例の一つがMARS、いわゆるマルスです。これはJRグループの座席予約・販売システムであり、旧国鉄以来、長年にわたって進化してきた日本最大規模のオンライン・リアルタイム・システムの一つです。1959年に試作機MARS-1が完成し、1960年には世界初の鉄道座席予約システムとして運用が始まりました。現在もJRグループの予約・発券の基盤として使われています。したがって、MARSは単なる予約端末ではなく、日本の交通インフラを支える大規模情報システムの代表例として理解することができます。
※MARS(マルス)は、JRグループの座席予約・販売システムの総称です。JRシステムの公式資料では、旧国鉄以来半世紀以上にわたり進化してきたオンライン・リアルタイム・システムとして説明されています。
JR東日本では、このような鉄道の基幹システムにとどまらず、安全、効率化、コスト管理、お客さまサービス、新たな生活サービスの創出など、経営の幅広い分野にICTが活用されてきました。近年の統合報告書でも、DXや新技術の活用、データ基盤の整備、デジタルツインや都市OSの検討などが示されており、情報技術の活用が単なる業務支援を超えて、事業変革やサービス変革の基盤になっていることが分かります。こうした点は、まさに「情報で経営する」だけでなく、「情報を経営する」段階へ進んでいることを示していると言えるでしょう。
【キーワード】
情報化の発展段階、MIS、DSS、SIS、クライアント・サーバー・システム、インターネット、クラウドサービス、DX(デジタルトランスフォーメーション)、MARS(マルス)、JR東日本
