ーーーー講義録始めーーーー
トランスレーショナル・アプローチと講義の全体構成
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先ほど述べましたように、ICTが飛躍的に発展し続けている今日、組織において、いかにICTや情報によって効率的・効果的な経営活動を行うかは、企業・組織の存続や発展に関わる根幹の課題です。
そのためにも、これまでに構築されてきた理論やモデルを活用して、組織の諸活動や、組織とこれを取り巻く環境との相互作用を分析・解明することは、現象を説明するうえで不可欠な課題となります。
一方、近年のICTの劇的な進展は、ICTやそれがもたらす情報が、もはや経営の手段であるだけでなく、その取り扱いそのものが経営であるという現象も生み出しています。したがって、今日では、このような現象を理解し、その実践的知見からさらに理論やモデルの構築・再構築を試みることも、この学問領域のもう一つの重要な課題だと言えます。
■ トランスレーショナル・アプローチとは
このように、理論やモデルと実践とを相互作用させながら相互に発展させていくために、経営情報学入門では、開設時よりトランスレーショナル・アプローチという接近方法を採用しています。ただし、この用語は本来、医学・生命科学分野におけるトランスレーショナル・リサーチの発想に由来するものであり、経営情報学ではそれを援用して、理論と実践の往還を重視する接近方法として用いていると理解するのが適切です。医学分野では、トランスレーショナル・リサーチは、基礎研究から臨床研究、さらに実際の医療や地域社会への応用へと知見を橋渡しし、その結果を再び研究へ返す営みとして説明されています。
経営情報学においても、このトランスレーショナル・アプローチは、本講義では循環的なプロセスとして捉えられています。すなわち、学際的な理論やモデルを実践レベルで応用すると同時に、実践で得られた知見を理論やモデルへフィードバックし、進化・発展させるというループを繰り返していくわけです。現代のトランスレーショナル研究が、単線的な移転ではなく、複数段階を往還する連続体として理解されていることとも、この点は整合的です。
【図:トランスレーショナル・アプローチの循環プロセス】

理論やモデルを実践に生かすためには、それらを現場の状況や課題に応じて再文脈化し、具体的な組織の条件に合わせて解釈し直すことが求められます。逆に、実践で得られた知見をより一般的な概念やモデルに高めていくためには、個別事例に固有の条件から一定程度距離を取り、抽象化・一般化することが必要になります。サービス研究や組織研究においても、再コンテキスト化と脱コンテキスト化、あるいは再文脈化と抽象化の往還が重要な論点として扱われています。したがって、本講義におけるトランスレーショナル・アプローチは、医学由来の橋渡しの発想と、組織・サービス研究における文脈化/脱文脈化の発想とを組み合わせた教育上の整理として理解するのが適切です。
この両者は車の両輪のように、経営情報学の発展のために不可欠なものです。理論だけでは激変する現場の具体性を捉えきれず、実践だけでは個別事象に埋没して一般化が難しくなるからです。理論と実践を往還させることによってはじめて、経営情報学は説明力と実践力の双方を高めることができます。
■ 講義の全体構成
経営情報学入門では、トランスレーショナル・アプローチを採用するにあたり、講義の内容を大きく二つの領域に整理しています。これは外部に標準化された区分というより、本講義における学習の見通しをよくするための講義設計上の整理です。
【領域1】理論から実践へ:現象を説明する(第2回~第6回)
ここで扱う理論やモデルは、組織の情報処理に関するさまざまな現象を説明するための基礎的な枠組みとして位置づけられます。
第2回 組織と情報処理
→ 情報処理システムとしての組織の根幹的な機能と、組織をこのように捉える理論的根拠について学習します。
第3回 組織のコミュニケーション
→ ICTによるコミュニケーション、とりわけデジタルメディアを通じた組織内外の情報伝達について学びます。
第4回 経営戦略と情報活用
→ 人とICTが相互に補完し合う情報システムの戦略的活用について学習します。
第5回 組織における知識の創造と活用
→ 知識を創造し活用する理論的根拠と、その方法について学びます。
第6回 経営情報システムと組織変革
→ 情報システムがイネーブラーとなる組織変革について学習します。
【領域2】実践から理論へ:現象を理解する(第7回~第14回)
こちらでは、実際の情報システムや情報活用の具体的事例を通して、そこから理論的に何が理解できるのかを考えていきます。
第7回 経営情報システムの基礎
→ 伝票や在庫を管理する仕組みなど、組織の基本的業務を支える情報システムについて学習します。
第8回 経営情報システムの進展
→ 生産や供給の高度化を支える情報システムの発展について学びます。
第9回 経営情報システムの開発と管理
→ 経営情報システムの開発プロセスと、情報化投資を行う際の評価について学習します。
第10回 経営情報におけるサイバーセキュリティ
→ 情報資産を安全に活用するための基本的な取り組みを学びます。
第11回 ネットビジネスの展開
→ 新しいビジネスモデルの実践的可能性について学習します。
第12回 会計情報の入手と利用
→ 企業成果を知るための会計情報の入手と活用について学びます。
第13回 情報活用と社会
→ 組織の情報処理活動が社会に与えてきた影響と、今後の実践的課題や可能性について学習します。
第14回 人と技術の融合
→ ネットワーク社会における人と技術の関係、そして巨大な社会的複合体としての情報社会の実態について学びます。
もちろん、この二つの領域は固定的に切り離されるものではなく、循環し、スパイラルに展開するものです。激変する現象を理解することから理論・モデルを改めて構築・再構築し、それによってまた現象が説明されるという往還が生じます。この講義では、トランスレーショナル・アプローチを用いて、その基本となる二つの領域を検討することで、経営情報学を学習するための視座を与えることを試みています。理論から実践へ、実践から理論へという二方向の学習を往復することによって、経営情報学の学際性と実践性の両方を理解することが目指されているのです。
【キーワード】
トランスレーショナル・アプローチ、理論から実践へ、実践から理論へ、再文脈化、抽象化、一般化、循環・スパイラル、イネーブラー
