ーーーー講義録始めーーーー
ポーターの競争戦略論:5フォースと基本戦略、バリューチェーン
1970年代後半になりますと、先進国の多くでは、石油ショックなどを背景に、スタグフレーションと呼ばれるインフレと景気停滞の同時進行が大きな問題となりました。1970年代の石油ショックは、先進国に高く持続的なインフレをもたらしたとされており、それまでの高成長を前提にした経営環境は揺らいでいきます。成長市場を当然視しにくくなり、規制緩和・自由化・国際競争の進展なども重なって、企業にとっては、単にどのように多く稼いで成長するかだけでなく、他社との競争にいかにして勝ち抜くのか、あるいはどうすれば競争の少ない市場でより高い収益を上げていくことができるのかといったことが、経営上の重要な課題となってきました。
こうした状況のもと、1979年に発表された論文と1980年に出版された1冊の本が、その後の経営戦略論を大きく変えることになります。マイケル・ポーター(Michael E. Porter)は、1979年に Harvard Business Review に “How Competitive Forces Shape Strategy” を発表し、さらに1980年に『競争の戦略(Competitive Strategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors)』を刊行しました。この著作は、業界構造と競争要因を分析し、企業がどのように競争上の地位を築くかを考えるうえで、経営戦略論に大きな影響を与えた代表的著作です。
ポーターは、競争ということに着目し、競争で勝つための戦略、つまり競争戦略を提唱します。ポーターの考え方において、戦略形成の本質は競争に対処することであり、競争を同業他社との直接的な競争だけに狭く捉えるのではなく、業界の構造全体から理解する必要があります。つまり、自社が置かれている、あるいはこれから事業展開しようとしている業界の競争を決める要因を分析し、それに応じた戦略を取ることが重要であると主張したわけです。
我々は競争と言いますと、同じ業界のライバル社との関係のみを考えがちです。けれども、ポーターは、競争を決める業界の要因が5つあると言います。それが5つの競争要因、ファイブ・フォース・フレームワーク(Five Forces Framework)と呼ばれるものです。HBSの解説でも、ファイブ・フォースは、業界で働く競争要因を理解し、経済的価値が業界内の主体の間でどのように配分されるのかを考えるための枠組みと説明されています。
【図4:ポーターのファイブ・フォース・フレームワーク】
| 競争要因 | 内容 |
|---|---|
| 新規参入者の脅威 | 新しい企業が業界に入り、価格・費用・投資水準に圧力をかける可能性 |
| 売り手の交渉力 | 供給業者が価格や取引条件を有利にし、業界の収益性を圧迫する可能性 |
| 買い手の交渉力 | 顧客が価格引下げやサービス向上を要求し、価値を自分側に取り込む可能性 |
| 代替品・代替サービスの脅威 | 異なる製品・サービスが同じ基本的ニーズを満たし、既存業界の収益性を下げる可能性 |
| 業界内競合他社との敵対関係 | 既存企業間の価格競争・広告競争・サービス競争などが収益性を下げる可能性 |
要因の1つ目は「新規参入者の脅威」です。その業界に新しい別の企業が参入して、市場のシェアを奪っていく脅威を言います。新規参入は、新しい供給能力をもたらし、価格やコストに圧力をかけるため、業界の利益可能性を制約することがあります。要因の2つ目は「業界内競合他社との敵対関係」で、各企業が激しく対立している業界では、価格競争や販売促進費の増大などによって、各企業が多くの利潤を得ることは難しくなります。3つ目は「代替品・代替サービスの脅威」で、今の市場にある製品・サービスとは違う形で、同じ基本的なニーズを満たす商品・サービスが出現する脅威を言います。4つ目は「買い手の交渉力」です。買い手側が強いと、価格を下げるよう求められたり、同じ価格でより多くのサービスを求められたりしますので、利益は結果的に小さくなります。最後5つ目は「売り手の交渉力」です。仕入れ先が強いと、高い価格や不利な取引条件を受け入れなければならないことになり、これもまた利益を圧迫することになるわけです。
ポーターは、このフレームワークを使って業界を分析することで、自社が置かれている業界の構造を理解し、競争の最重要要因を特定した上で、競争戦略を策定することを提唱いたしました。HBSの整理では、業界構造と企業の業界内での相対的位置が、企業の収益性を左右する基本的要因であると説明されています。では、その競争戦略の基本的な型を見ていきましょう。
ポーターは、競争戦略とは、業界で防衛可能な地位を作り、5つの競争要因にうまく対処し、企業の投資収益を高めるための攻撃的または防衛的な行動であると考えました。そして具体的には、競争優位の基本型として「低コスト」と「差別化」があり、それを競争範囲の広さと組み合わせることで、「コスト・リーダーシップ」「差別化」「集中」という3つの基本戦略が導かれます。集中戦略は、さらに「コスト集中」と「差別化集中」という2つに分かれます。
コスト・リーダーシップとは、自社の属する業界において、規模の経済性の追求や経験曲線効果、あるいは独自の技術や他社より有利な原材料の確保などによって、他社と比べて低いコストの地位を確立するという戦略です。低いコストで作ることができるのであれば、よそより安く売ってシェアを獲得することができますし、あるいは業界平均に近い価格で売ったとしても、より多くの利益を得ることができるわけです。
差別化は、製品・サービスの品質や性能、ブランド、デザイン、技術、サービス、流通など、買い手が重要と考える次元で他社とは異なる独自性を確立する戦略です。差別化に成功すれば、顧客はその独自性に価値を認め、よそよりも高い価格であっても購入する可能性があります。その結果、企業はプレミアム価格を得ることができ、ブランドや顧客ロイヤリティを通じて競争上の地位を確立することになります。
集中は、特定の市場セグメント、例えば特定の地域・顧客・製品などにターゲットを絞り込む戦略です。この戦略は、市場を絞った上でコスト優位を追求する「コスト集中」と、差別化によって地位を確立する「差別化集中」という2つに分かれます。集中戦略では、広い市場全体を相手にするのではなく、特定のセグメントのニーズやコスト構造に合わせて、自社の活動を調整することが重要になります。
ポーターの議論の最後に、価値連鎖、つまりバリューチェーン(Value Chain)に触れておきます。バリューチェーンは、1980年の『競争の戦略』ではなく、主に1985年の『競争優位の戦略(Competitive Advantage: Creating and Sustaining Superior Performance)』で体系化された概念です。価値連鎖は、企業のすべての活動が競争優位にどこでどのように貢献するのかを体系的に分析する手法です。HBSの解説では、バリューチェーンは、企業を戦略的に重要な活動へと分解し、より高い価格またはより低いコストにつながる競争優位の源泉を探るための道具であると説明されています。
企業の活動は、例えば原材料や部品を受け入れ、保管し、生産に回すところから、製品・サービスを作り、出荷し、販売し、顧客にサービスを提供するところまで、いくつもの活動の連鎖として捉えることができます。ポーターのバリューチェーンでは、主活動は、購買物流・入荷物流(Inbound Logistics)、製造・オペレーション(Operations)、出荷物流(Outbound Logistics)、マーケティング・販売(Marketing and Sales)、サービス(Service)の5つに区分されます。そして、これらの主活動を支える支援活動として、調達活動(Procurement)、技術開発(Technology Development)、人的資源管理(Human Resource Management)、全般管理・企業インフラストラクチャー(Firm Infrastructure)の4つが挙げられます。
【図5:ポーターのバリューチェーン(価値連鎖)】
| 区分 | 活動 | 内容 |
|---|---|---|
| 支援活動 | 全般管理・企業インフラストラクチャー | 財務、法務、企画、品質管理、一般管理など、企業全体を支える活動 |
| 支援活動 | 人的資源管理 | 採用、教育、訓練、評価、報酬、配置など、人材に関わる活動 |
| 支援活動 | 技術開発 | 製品・工程・システム・知識・技術に関わる開発活動 |
| 支援活動 | 調達活動 | 原材料、設備、サービスなど、企業活動に必要な投入物を取得する活動 |
| 主活動 | 購買物流・入荷物流 | 原材料・部品・在庫などを受け入れ、保管し、社内に流す活動 |
| 主活動 | 製造・オペレーション | インプットを製品・サービスへ変換する活動 |
| 主活動 | 出荷物流 | 完成品・サービスを保管し、顧客や流通経路へ届ける活動 |
| 主活動 | マーケティング・販売 | 顧客に製品・サービスを知らせ、購買を促し、販売を実現する活動 |
| 主活動 | サービス | 販売後に製品・サービスの価値を維持・向上させる活動 |
ポーターは、この個々の単位の活動が価値を生み出すものというふうに考えるわけです。価値連鎖分析は、企業を一旦この個別の価値活動に分解し、それぞれの付加価値とコストを把握して、各活動が最終的な価値にどのように貢献しているのか、その関係と構造を明らかにすることで、競争優位の源泉がないかということを探ろうというものです。つまり、競争優位は、企業全体を漠然と見ているだけでは分からず、どの活動でコストを下げられるのか、どの活動で顧客にとって独自の価値を生み出せるのかを分析する必要があるということです。
ポーターは市場の分析を重視し、その機会と脅威を捉えて有利な地位、すなわちポジションを占めることで競争優位を獲得・維持しようという考え方を基本といたします。このような戦略論の考え方を「ポジショニング・ビュー(市場ポジショニング・ビュー)」というふうに言います。HBSの説明でも、戦略ポジショニングとは、企業がどのような価値を創造し、それを競合とは異なる仕方でどのように創造するかについての選択を反映するものであり、それは最終的にプレミアム価格または低コストにつながるとされています。
