ーーーー講義録始めーーーー
SISの終焉、BPRの台頭、そしてeビジネスの展開
1990年代になり、しばらく経ちますと、戦略的情報システム(SIS)への熱は次第に冷めていきました。日本では、いわゆるバブル崩壊後の景気停滞も、企業の情報システム投資に対する姿勢を慎重にさせる一因となりました。ただし、SISへの期待が弱まった理由は、それだけではありません。当時、アメリカを中心とする議論でも、情報技術への投資が本当に持続的な競争優位を生むのかという懐疑が強まっていきました。情報技術を用いた戦略的な仕組みは、一時的には優位をもたらしても、競争相手に模倣されるとその優位は急速に失われる可能性がある、という問題が指摘されるようになったのです。
その理由として様々なことが考えられますが、1つは、SISで成功事例として挙げられてきた企業の多くは、最初から意図して戦略実現の手段としてシステム構築がされたわけではなくて、自律的あるいは結果的に戦略的効果を持つようになったに過ぎないのではないか、いわゆる後付けでSISとして評価をしているに過ぎないのではないかとの疑問があります。さらには、事例で取り上げられた情報システムが一時的には競争優位を獲得することに成功したとしても、その後それを持続的に維持できていないことが明らかとなります。情報システムそのものは、いったん有効性が知られれば競争相手が類似システムを開発したり購入したりすることができるため、技術だけで長期的な差別化を保つことは難しかったのです。
情報技術をうまく使うことで戦略的に優位に立つことができるという可能性があるということは認識されましたけれども、折しも1995年前後を境としてインターネットの商業利用が急速に普及し、それまでのクローズドな情報システムによって得られた囲い込みの優位性は相対的に弱まっていきました。アメリカでは、NSFNETが1995年に停止され、商用インターネットサービスの拡大が進みました。また、NetscapeのIPOやAmazon・eBayなどの登場は、主流の企業をWeb商取引へ向かわせる大きな契機となりました。
こうしてSISのブームとしての議論は終息していきますが、その後も経営戦略と情報技術の利用に関する議論は続いていきます。SISの議論を通じて、情報システムを独立して論ずるということの限界が露呈いたしました。企業が情報技術の利用を通じて成功する場合には、単なるシステム構築や技術導入だけではなく、業務やその組織、そのための組織改革あるいはプロセスの改革を伴わなければいけないということが分かったのです。情報技術は重要な道具ですが、それだけで経営成果を生むわけではなく、業務プロセス、人材、組織構造、意思決定の仕組みと結びついて初めて力を発揮するという認識が強まっていきました。
さらに、アバナシー=アッターバック(Abernathy-Utterback)のイノベーション・モデルに示される、製品イノベーションからプロセス・イノベーションへと重心が移っていく見方、あるいは1980年代末から90年代初頭にBCGのストーク(George Stalk)やハウト(Thomas Hout)らによって提唱されたタイム・ベース競争(Time-Based Competition)、ダベンポート(Thomas Davenport)のプロセス・イノベーション、これらはいずれも業務プロセスの持つ戦略的な意味というものを示唆いたしました。Stalk and Hout の Competing Against Time: How Time-Based Competition Is Reshaping Global Markets は1990年に刊行され、Davenport の Process Innovation: Reengineering Work Through Information Technology は1993年に刊行されています。
これらのことは、環境変化が激しいダイナミックな市場において、企業戦略の構成要素を製品・市場だけで見るのではなく、ビジネスプロセスにも注目する必要があるという認識をもたらしました。製品や市場の選択だけではなく、どのように開発し、どのように調達し、どのように生産し、どのように顧客へ届け、どのようにサービスを提供するのかという一連のプロセスが、競争力を左右するようになったのです。プロセスの集まりは、やがて企業のケイパビリティ、すなわち組織として実行できる能力にもつながります。このように、プロセスの戦略的な重要性が高まっていったわけです。
そうした状況下で提唱されたのが、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング:Business Process Reengineering)です。BPRは、1993年にマイケル・ハマー(Michael Hammer)とジェームズ・チャンピー(James Champy)の共著『リエンジニアリング革命(Reengineering the Corporation)』が刊行されたことで広く知られるようになりました。BPRは、単なる業務改善ではなく、企業の仕事の進め方そのものを根本から見直そうとする考え方でした。
彼らは、BPRとは「コスト、品質、サービス、スピードといった重要な業績指標において劇的な改善を達成するために、業務プロセスを根本的に再考し、抜本的に再設計すること」であると定義しました。ここで重要なのは、「根本的」「抜本的」「劇的」という3つの言葉です。つまり、既存の業務を少しだけ改善するのではなく、そもそもなぜその仕事をしているのか、その仕事は本当に必要なのか、どのようなプロセスであれば顧客価値や経営成果を高められるのかを、ゼロに近いところから考え直すということです。情報技術は、この大きな再設計を可能にする重要な実現手段として位置づけられました。
こうして90年代中頃にBPRはブームとなりますが、しかしながら、やがてBPRに対する批判も強まっていきます。リエンジニアリング活動の70パーセントは失敗した、といった言い方が広く流通しました。ただし、この70パーセントという数値については、後年の研究で、その出所や実証的根拠が十分ではないと批判されています。Mark Hughes の2011年論文は、組織変革の70%失敗説について、十分に妥当で信頼できる実証的証拠がないと指摘しています。したがって、BPRの失敗率を単純に70%と断定するよりも、BPRは大きな期待を集めた一方で、急激な業務プロセスと組織の変革が混乱や多大なコストをもたらす場合があり、その結果として1990年代末には批判的に見られるようになった、と理解する方が正確です。
一方で、1990年代中頃からインターネットの商業利用が本格化し、インターネットをビジネスプロセスやビジネスモデルそのものとして利用するビジネスや企業が増加します。いわゆるeビジネスとその環境の進展です。IBMは1990年代後半、インターネットを企業の収益モデルや顧客サービスを変える基盤として捉え、「e-business」という言葉を中心に大規模なマーケティングを展開しました。ここで重要なのは、eビジネスが単にWebサイトを持つことではなく、販売、調達、顧客対応、決済、物流、社内業務などのプロセスをネットワーク上で再構成する動きだったという点です。
電子商取引(eコマース)も、企業間(BtoB)、企業と消費者・顧客間(BtoC)、さらに政府や自治体等との間(BtoG)、さらに消費者同士・顧客同士(CtoC)など、様々なコミュニケーション・ネットワークを前提として実現されるようになってきました。なお、eコマースは主として電子的な取引を指すのに対して、eビジネスは取引だけでなく、企業活動全体、すなわち業務プロセスや顧客関係、企業間連携を含む、より広い概念として理解することができます。
ビジネスプロセスの革新もまた、様々な情報ネットワークによるシステムを前提として進められています。原材料や部品の調達から最終顧客までの製品やサービスの流れ・プロセスを1つの供給の連鎖(サプライチェーン)として考え、その連鎖の全体最適を実現するため、構成企業間で取り交わす情報をベースに製品やサービスの流れを統合的に管理するSCM(サプライチェーン・マネジメント:Supply Chain Management)が代表例です。CSCMPの定義でも、SCMは調達、転換、物流管理に関わる活動の計画・管理に加え、供給業者、仲介業者、第三者サービス提供者、顧客との調整・協働を含むものとされています。
また、詳細な顧客データベースによって顧客との長期的な関係維持や強化を行うCRM(顧客関係管理:Customer Relationship Management)も重要です。CRMは、顧客との相互作用を管理・分析・改善し、顧客満足、ロイヤルティ、事業成果の向上を目指す製品・サービス群として説明されます。さらに、経営資源を統合管理し、全体の視点から業務プロセスの最適化を図るERP(統合基幹業務システム:Enterprise Resource Planning)も重要です。ERPは、企業の機能・プロセス・ワークフローを自動化と統合によって管理・合理化する業務管理ソフトウェアであり、1990年代にGartnerが用語を広めたものとされています。
さらに、大量のデータを意思決定に使える形で蓄積するデータウェアハウスも、eビジネス時代の情報活用を支える仕組みとして重要になりました。ただし、データウェアハウスそれ自体は、大量のデータから要素間の関係性を導く分析手法そのものではありません。Inmonの定義では、データウェアハウスは、意思決定支援のために主題別・統合的・時系列的・非揮発的に構成されたデータの集合です。そこに蓄積されたデータを用いて、OLAPやデータマイニング、BIなどの分析が行われると理解するとよいでしょう。
経営学者のキーン(Peter Keen)とマクドナルド(Mark McDonald)は、そうしたeビジネス環境であっても、競争上の差異を生み出すのは、ウェブサイトなど情報技術そのものではなく、プロセスであると説いています。彼らの『The eProcess Edge』では、オンライン・ビジネスが成功するには、顧客との関係をどう構築・強化するか、内部能力をどう調達・適用するか、広い価値ネットワークをどう活用するかが重要であり、それらを具体化するものがビジネスプロセスであると説明されています。
このように、プロセスを中心に情報と情報技術の戦略的な利用を考える背景には、企業の情報システムを捉える視点の変化があり、情報技術と人間が相互に補完し合うことで初めて情報システムもまた十分に機能を発揮するものだという認識が広がってきているのです。また、情報通信技術はそれだけでは長期的な差別化は実現できず、競争優位を維持することもできません。情報技術はコモディティ化と標準化を伴って模倣が容易であるがゆえに、情報技術それだけでは持続的な競争優位の源泉にはなり得ないのです。だからこそ、情報技術をどのようなプロセスに組み込み、どのような組織能力として定着させ、どのような顧客価値に結びつけるのかが、経営情報学にとって重要な問いとなるのです。
【図8:SISからBPR、eビジネスへの展開】
| 時期 | 中心テーマ | 情報技術の見方 | 経営上の焦点 |
|---|---|---|---|
| 1980年代前半〜中頃 | SISの登場 | 情報システムは競争優位を生む戦略的武器になり得る | 競争優位、囲い込み、差別化、コスト低減 |
| 1990年代前半 | SISへの懐疑 | 技術だけでは模倣されやすく、優位が持続しにくい | 技術導入だけでなく組織・業務との結合 |
| 1990年代中頃 | BPRの台頭 | ITは業務プロセス再設計の実現手段 | プロセスの根本的再考、抜本的再設計 |
| 1990年代中頃〜後半 | 商用インターネットの拡大 | ネットワークが企業間・顧客接点を再構成する基盤になる | eコマース、eビジネス、Web商取引 |
| 1990年代後半以降 | プロセス統合型システム | ITは企業内外のプロセスを統合する基盤になる | SCM、CRM、ERP、データウェアハウス、BI |
